第23話 抱いていいよ

 私に触れる彼の手はとても冷たい。それは私の体がほてっているからだけではないのだろう。

 口づけをしながら器用に脱がされる。上半身はお互い裸だ。彼は私の耳に口元を近づけた。


「……君が許可をしても、触れるべきじゃないことくらい、僕はわかっているんだ」


 切ない声だ。迷っている。葛藤している。

 私は彼の背中を撫でた。私とは違う、筋肉質の肌の感触。


「抱いていいよ」


 私は促したが、彼は首を横に振る。


「怖い思いをしたから、誰かと繋がりを求めてしまうんだよ。それを知りながら乗じるのは、いけないことだ」

「そう諭して私を止めたのは、あの日の夜も、ですよね?」


 私の問いに、彼は首を縦に振って肯定した。


「そうだよ。確認はしないといけない。僕は君と契約をした。だから、君から求められたら抗えない」


 告げて、私の耳を軽く食む。

 与えられる刺激で背中がゾクゾクする。


「ん……」


 互いの肌が触れ合うと心地がいい。もっと感じていたいと願ってしまう。


「気持ちよくなれそうかな?」

「最後までシてくれないの?」

「僕に願わないで。命じちゃダメだよ」

「あなたの回復に必要な分を、ちゃんと私から奪ってよ」


 これでも精一杯言葉を選んだつもりだ。

 抱いてほしいなんて婉曲的な表現でも、挿れてほしいという直接的な表現でもない。私が彼に身体を差し出す理由を、できるだけ正確に伝えようと努力した。

 私の言葉に、彼は私の顔をじっと見て苦笑した。


「そんなことをしたら、君が君ではなくなってしまうよ」


 頭を撫でて、口づけをされる。軽く触れる優しいキス。


「そ、それは……ちょっと困る」

「ちょっとだけなのかい?」


 彼はおどけて笑った。

 私は真面目に考える。


「だって、あのとき、死んでるはずだったから、私」


 死ぬと思った。一昨日の夜、帰宅途中で刺されて人生を終えていたとしてもおかしくはない。

 でも、私は命拾いをした。五体満足な状態で今あるのは、私があらゆる事象を捻じ曲げて彼を喚んだからだ。


「死なせないよ」


 肩口から耳の下にかけて舐められる。身体が甘く震えた。そんな優しい刺激では焦れてしまうところだけれど、これはこれでたまらない。


「僕が君を助けるから」

「なんで? 義務ではないのに」

「運命だからだよ」


 深く口づけられる。話はこれでおしまいだと宣言するようなねっとりとした口づけに、私の意識は蕩けてしまう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 身体が気怠い。

 そっと目を開けると、カーテンの隙間から見えた外は薄暗くなっていた。

 結構寝ちゃったな……

 彼は自身の愛情を示してくれたと思う。快感を最大限に引き出すための前戯、私を気遣いながらの挿入。その後は心地よく眠ってしまった。思い出すだけで熱が蘇る。

 ああ、だめだめ。求めたら、彼の迷惑になってしまう……

 物足りなかったわけではないのだ。あの官能の時間が快すぎて、おかわりしたくなってしまうだけで。


「むむ……」


 性欲解消のために都合のいい男を生み出した女になるのは考えものだ。言動は慎重にせねば。

 さて。

 起き上がるにしても、彼に抱きしめられた状態である。服はお互い身につけていない。素っ裸だ。

 彼は目を閉じているので眠っているのだろう。神様に眠りがどの程度必要なのか私は知らないが、瞼は閉じているし呼吸も穏やかであるところからするに眠っているところだと思う。起こしていいのかわからないし、寝顔を見る機会もそうなさそうなのでじっと観察することにした。

 ……好みの顔をしてるんだよねえ。

 ふわふわの髪、長い睫毛。男性にしてはかなり色白で艶々の肌。髭は生えているように見えないし、実際に触れてもすべすべとしている。唇は羨ましいくらいぷるんとしているし、口は大きめなのである意味そこに男らしさを感じる。

 神様さんの姿は甘崎くんに似せたって話だけど、私が甘崎くんに惹かれたのは誰かに似てると思ったからなんだよね。

 誰かに似ている――直感的にそう感じて甘崎くんのことを推すようになった。その誰かは、元恋人のケイスケでもなければ、推しアイドルでもない。

 というか、誰に似ていると思ったんだろう?

 見覚えのある好意的に感じる顔が、甘崎くんだ。神様さんと似てるといえば似ているけど。

 神様さんは私の小さな頃を知っているって告げた。ならば私も彼を知っているということだろうか。神様さんに似ているから、甘崎くんに好意を抱いているの?

 ここまでくると、卵が先か鶏が先かという話になりそうだ。寝起きに考えることじゃない気がした。


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