第4話 消えた御守り
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今は彼がお風呂中である。人の身を得ている状態なので、身を清めることはしたほうがいいらしい。
しかしまあ、なんかすごいことになってるな……
お風呂に入って気がついたのだが、体のあちこちにキスマークが残っていた。なにか呪いでもかけられているんじゃないかと疑うくらいあちこちに痕があって、私は憂鬱になる。肌を見せるような相手はもういないので気にする必要はないにせよ、昨夜の記憶が朧げなので頭が痛い。
痕を隠せるような露出が低い服を選んで身につけていると、彼がひょこっと顔を出した。さっき私が使ったタオルを彼は借りている。
「外に食べにいくんだっけ?」
「そうですよ。外食するか買って帰るかしないと、カップ麺すらこの家にはないので」
「今ここで大きな災害が起きたらまずいんじゃないかい?」
「避難所はこの裏の体育館なので問題ないですよ」
「そうなんだ」
彼はタオルで全身を拭くと、手をポンっと合わせて服に着替えた。それ、すごく便利だな。
さっきの和装ではなく、清潔感のあるちょっとだけオシャレな感じのシャツとスラックス姿に、私はちょっと惚れた。和装も好みではあるのだが、彼の髪色やふんわりした癖毛を思うとこちらの方がピッタリくる。格好いい。
「君に合わせるなら、服はこんな感じかな。どう?」
「すっごく素敵ですけど、すごく目立つような気が。ナンパされたりスカウトされそうな感じです」
「うーん。それは面倒だけど、人払いすれば大丈夫かな。君のお陰でいろいろできるし、問題ないよ」
彼はにこっと笑った。可愛く見えるのは服が変わったからだけだろうか。
「くっついて来るつもりなんですね」
「君のことをもっと知りたいしね」
当然のように一緒に外出をするつもりらしい彼にツッコミを入れると、ニコニコされた。敵意はないし、私を知りたいという言葉にも嘘はないように見えた。
「神様さんは食べられないものってあります? 私、行きつけの店に行くつもりでいるんですが、メニューに偏りがあるので」
「僕は水かお酒があれば充分かな。あとは、君がいればいい」
君がいればいい、のあとにぺろっと唇を舐める。その仕草にドキリとした。
記憶がとぶくらいのことをしたってことか……いちいち変な反応をするなよ、私。
はあ、と大きくため息をつく。あまりしょうもないやり取りをするのはやめようと誓い、放置されたままだった鞄を手に取った。
「……あれ?」
職場に持って行っているショルダーバッグに傷がついている。お気に入りのピンクの鞄だったのに、結構目立つ擦り傷だ。そのこと自体にはもちろんショックだったものの、その中に入れていたはずの御守りが見当たらない。
「どうかしたのかい?」
私があからさまに焦っているので、彼も気になったらしい。私の手元を覗いて心配してくれる。
「御守りが見当たらなくて」
実家から送ってもらっているのはお札だけではなく御守りもだった。外出時には出来るだけ身につけているようにと言われた梅の花があしらわれた白っぽい御守り。鞄を替えるなら御守りを移動させないといけないと思ったのに、いつもの場所にないのだった。
「おかしいな。普段は絶対に開けないポケットに入れているから落とすはずがないのに」
ショルダーバッグのあらゆるポケットを覗いてみるものの、やはり見つからないのだった。
「それはないと困るものなのかい?」
「持ち歩いていないと、あなたみたいなものに魅入られちゃうんですよ。面倒じゃないですか」
「じゃあ、僕がいるからなくても大丈夫じゃないかな」
「増えたら碌なことにならないでしょ」
「僕は独占欲の強い神様だから、他のものを寄せ付けたりさせないよ」
その発言に私は手を止めて彼を見やった。
「それはそれでちょっと……」
「ありゃ」
彼なりの励ましのつもりだったらしい。彼は苦笑した。
「むむ……こうなったら出前でも頼みますか」
ショルダーバッグから取り出したスマホを見る。すぐに返信が必要になるような通知はなかった。
「一歩も外に出ないつもりなのかい?」
「私の行きつけの店、出前もしてるんでとりあえずそれでしのごうかと」
私はスマホの時計を見やる。十時前。昼食の混雑時間帯に被らなければ、きっと届けてくれるだろう。行きつけの店というだけあって常連なわけで、それ以外の理由でも私のわがままをある程度は聞いてもらえる見込みがあった。
「君がそれでいいなら、僕は構わないよ」
私が一時しのぎだと強調したからか、彼は素直に応じてくれた。その上で、彼は部屋全体を見て肩をすくめる。
「でも、それならそれで少し掃除をしたほうがいいかもしれないね」
「出前を待っている間に掃除と洗濯を済ませますよ」
「僕も手伝うね」
「無理のない範囲で、よろしくお願いします」
「任せて」
なんで神様が家の片付けを手伝うのか意味不明ではあるが、部屋が散らかっていてベッドの上以外に座る場所もままならない状況なのは事実だ。手伝いたいという彼の気持ちはありがたく利用させてもらおう。
「じゃあ、まずはサクッと出前を頼んじゃいますね。ちょっとお待ちください」
私はスマホを操作してメッセージアプリを立ち上げる。ちょこっと事情を書いて状況を説明しつつ、私はブランチの注文を送ったのだった。
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