深夜に出歩くもんじゃない【KAC2023参加作品】

卯月白華

目の錯覚って素敵だ

 ふと、ウサギのぬいぐるみの耳が、両方ピンッと立っている事に気がつく。

 思わず凝視してしまった私に、ギザギザの凶暴な牙を見せて、ウサギのぬいぐるみが笑う。

 それはそれは嬉しそうに。

 見つけてもらえた、そう言っている様で、鳥肌と寒気が止まらない。

 全て目の錯覚で忘れられたら素敵だろう。

 そう強く誘惑されていたにも関わらず、赤く澱むぬいぐるみの瞳を見た瞬間、忘れようと思っていた記憶が蘇った。


 あれは中学に上がる前の春休み。

 桜の香りに誘われて、こっそり深夜に家を抜け出した。

 そんなに寒くもない気持ちの良い夜だったから、桜を探して散歩を楽しんでいた、あの日の自分はなんて愚かだったんだろう。

 川沿いだった。

 桜並木を深夜歩いていた。

 月が出ていないのに、モノを見るのに苦労しないことにも無頓着で。

 不思議と誰とも遭遇せず、その事に疑問も抱かず、深夜の道を桜を見ながら歩いていて――――ウサギのぬいぐるみと手を繋いで歩く少女を、見た。

 何故、見つけてしまったんだろう。

 何故、目で追ってしまったんだろう。

 なぜ――――あの時のアレが目の前のぬいぐるみだと気がついたんだろう。


 息を整えないと。

 ぬいぐるみと歩いていたあの子。

 そう、自分で歩いていた。

 それだけじゃない。

 それだけだったら、まだ良かった。

「ああ、もう一人って言うのは、ちょっと春休みに縁があった子。四月から同じ鳳雛ほうすうに通ってるんだって。クラス違うから普通科じゃないかな。高等部からだし。確か名前はいずみすももって言ったっけ? その子がちょっと困ってたからさっき助けたんだけど、そしたらなんでか兎内とないさんがいて――――」

真彩まあや! ちゃんと真彩って呼んで!! それに、ソウちゃんを狙ってあの子助けてって言ったんだから!!!」

 突然、話していた射矢いるやさんの声を遮り、兎内さんが大声を出すものだから面食らって、どうにかぬいぐるみから視線を逸らす。

 逸らす直前、ぬいぐるみが私と目が合って何だか凄く喜んでいる気がするのは、気の所為。

 気の所為だから!

 あの夜ぬいぐるみと歩いていたのは、どう考えても目の前の兎内さんじゃない別人だとか、ウサギのぬいぐるみが……人を――――

 だから、あれは、目の錯覚。

 誰が何と言おうとも、錯覚で幻。

 そう何度も何度も言い聞かせながら、温くなってしまったミルクティーを口にした。

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深夜に出歩くもんじゃない【KAC2023参加作品】 卯月白華 @syoubu

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