ミモザ

西しまこ

第1話

 庭に植えてあったミモザがいつの間にか消えていた。

 いまくらいの季節、きれいな黄色い花を見せていたのに。ぽわぽわした花が好きだった。いつの間になくなったのだろう?


 わたしは紅茶を一口飲んだ。

 スマホで時間を確認する。もうすぐ彼が来る頃だ。玄関のチャイムが鳴り、わたしは嬉しい気持ちを隠して玄関に向かう。


「史歩」

「匡」

 玄関を閉めるのももどかしく、キスをする。たすく、だいすき。

 絡まる舌、まさぐる手。たすく、だいすき。

 リビングに移動し、そのままソファに倒れる。はやくはやくきて。たすく、だいすき。

 彼のにおい、彼の息遣い、彼の手触り。何もかも全て味わいたい。

 電気が走って頭が真っ白になって涙が出る。彼の頭を抱えて、もう何も考えられない。


「で、ダンナはどうなの?」

 服装をだらしなくしたまま、匡は言う。

 わたしは服装を整えながら「別にふつうよ」と応える。それから、匡にキスをして匡にまたがる。何度も確かめる、彼の味。次までに忘れないように。

「史歩。もう時間ないよ」「もう少しだけ。キスだけでいいから」

 柔らかい舌、絡まる唾液。あなたがすき。あなたしかすきじゃない。

「史歩」

 ふいに荒々しくなる、匡の手。わたしのことを知り尽くしている、その手。


 匡とはずっと長くつきあっていた。ずっと。

 匡に他に好きなひとが出来て、別れた。わたしはあまりにもさみしくて、すぐに結婚した。わたしを好きなひとを見つけて。

 だけど、偶然匡に会って、わたしが好きなのはこのひとだけなんだと、涙が出た。匡とお茶をして別れたら、涙が出て止まらなかった。心臓がぎゅっと掴まれた。

 彼の顔がすき。彼の話し方がすき。彼の眼差しがすき。彼の指がすき。彼の声がすき。声を聞いただけで、わたしの脳味噌は蕩けてしまう。

 すぐに電話をしてまた会う日を決めた。以来、わたしたちはときどき会って、気持ちと軀を確かめあっている。


 匡はあのときの彼女とは別れて、別の彼女がいるらしい。わたしには夫がいる。不倫?

 不倫じゃない。これは純愛。

 夫ともセックスする。そんなの簡単。こころを遠くへ飛ばしておけばいい。それだけ。

 夫は娘の父親で、それ以上でもそれ以下でもない。

 あなたしかすきじゃない、たすく。


 ミモザがわたしたちを見ている気がした。

 そうだ。ミモザを切ってしまったのは、わたしだった。

 あの、かわいい黄色に責められている気がした。だけど、純愛なの。純愛なのよ。



   了



一話完結です。

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☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

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