第2話 リノとエール

「はわわ……。なんて大きくて煌びやかな建物なんだろう……。私なんかがここにいていいのかな……」


 あまりにも、あまりにも盛大で圧倒される建物に、私は思わず美しさとかけ離れた自虐的な言葉を口にしてしまう。

 けれど、そうせざるを得ないくらいに煌びやかなのだから、仕方ない。今まで見たこと無い美しいものに囲まれながら生活していくことを想像するとなおさら。

 なんてたって、今目の前にある建物は学園の寮なのだから。

 圧巻されて立ち止まる私の両脇をすり抜けて、続々と寮の中に入っていく美人さん。

 あっち見てもこっち見ても、美美美。美人、美少女。何から何まで美しさに溢れた空間に、圧巻超えて緊張がほぐれていく自分がいる。

 気づけば、胸のペンダントに手を伸ばしていた。


「ううん、ダメだよね私なんかなんて。美しさを極めようとしてるのに、美しくない考え方しないようにしなきゃ」


 何がどうであろうと、今から私も寮生なのだ。美しい空間の一部なのだ。だったら、私も美しくあるようにしないと、空間が乱れてしまう。


「そうですよね、女神様」

 美の女神の一柱、ネーベル様の恩恵を強く受けれるように、ペンダントを握っていた両手をお腹に添えていく。

 ペンダントの熱を身体の中に取り込むように。女神様の美しさを、お腹を通して全身に巡らせる。

 私も美しいのだと、自分に本気で言い聞かせる。


 そもそも、この世に美しくない人はいない。

 美しきこそ平和という世界共通認識があるから。仮に美しくない子が産まれても、美しくなれるように術式が組まれる。

 この世界にとって、美しいというのはごくごく、普通のこと。

 それでも純正の美しさというのは誰もが憧れるもの。それは顔や所作だけではなく、内面的、及び生活面での美しさまでも含む。

 時々、脅迫的なまでの美しさの圧に疲れる時もあるけれど、美しさが平和を維持しているとなれば、誇らしくも思える。

 自分一人でも世界貢献ができているのだ、と。


「分かってたけど、お部屋も凄いなぁ……」

 油断したころにさらなる圧倒。

 華美なシャンデリアに、宝石がちりばめられた窓ガラス。

 ───そんな煌びやかで豪華なお部屋では無いけれど、凄いと口にせずにはいられなかった。それほどまでに、部屋の至る所に美意識が埋め込まれていたから。

 たとえば、ベッドシーツ。あまりにも洗練された綺麗な佇まいに、私は圧巻せずにはいられなかった。ベッドに腰掛けてシワを作るのすら、いたたまれる。

 そんな、ヴァルガント学園の洗礼を受けていると部屋の奥から一人の少女。


「あ、あなたが相部屋の人ですか?」


 心配そうに見つめる水色ショートヘアの少女。私と同じくらいか、一回り小さな身体の彼女に私はつい本音が零れてしまった。


「かわいい……」

「あ、あはは。どうもありがとうございます。あなたもかわいいですよ?」

「はぇ!?」


 一瞬、何を言われているのだろうかと思った。かわいいなんて、いつ以来だろうか。

 思わず、私以外の人に言っているのではないかと疑ってしまう。

 けれど、部屋にいるのは確かに私と水色の少女。


「あなた以外いないでしょ? ほら、キョロキョロしないで? せっかくの可愛さが台無しよ?」

「いや、その、かわいいって言われ慣れてなくて……」

「ぷ───」

「ぷ?」


 突如として、緊張気味だった彼女の表情が一変。おどろおどろしかったのが、急に明るみを帯びてきているではないか。

 一体それが何かを知るのに、そんなに時間はかからなかった。


「あっはははっ!」

「え? え??」

「もー、緊張して損したよ〜! あなた、面白すぎ。この学園に入学するのにかわいいが慣れてないなんて、滅多にいないよ?」

「ちょっとした田舎に住んでたから……」

「なるほどね。それは確かに、言われ慣れてなくても仕方ないかもね」


 どうやら、学園では当たり前の常識に困惑している自分の様子に、緊張が転じて大きな笑いのツボを誘ってしまったようだ。

 申し訳ないと思う反面、本音でかわいいと口にしてくれていたことがとてもうれしくてたまらなかった。

 地元じゃ、滅多に言われなかったから。


「あ、自己紹介忘れてたね。新一年、エール・ヴァンエッタよ」

「リノ・グラッセです。新一年同士仲良くしてね……?」

「もちろん。せっかくの相部屋なんだからさ。あ、私のことはエールでいいからね?」

「私も、リノで!」

「よろしくね、リノ」

「こっちこそ、エール」


 改めて顔を合わせる私と水色の少女、改めエール。

 正直、この学園のことは美を極める学園という以外あまり知らないけれど、それでもこれからエールと一緒ならどうにかなってしまいそう。

 それほどまでに、彼女と相部屋になれたことが運命的にも思えた。



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