第四夜:狼の遠吠え(3)やはり奴らを殲滅すべきなのだ

 教会の会議室では、毎月一回の定例会議が行われている。

 会議には教会の最高指導者である——長老、神民を率いるソップティムたち、そして、後方支援を担当する執事たちが出席している。

 これらの人員の他に、会議室には四つのスクリーンが設置されていて、四名の修道士とシスターが映されている。彼らは首都区以外の地域の支部を管轄している責任者。

「……以上が内務部からの報告です」内務部執事のシスター・アンジェラの報告が終わると、「全ての後方支援部門の報告は以上。何か質問がありませんであれば、只今ソップティムの皆さんに発言の番を返します」と言った。

 誰からも異議がなかったので、続いて予言者のソップティムであるシスター・デボラが報告した。

「狼王はまだ生きてます」

 細長い目をしたデボラは無駄話をしなくて、初めから本題に入った。ヘリコプターが川に墜落した時の犠牲者たちの個人データがデボラのそばにあるスクリーンに映し出された。

「事故の死者は全て身元が確認されました。その中に容疑者だと思われていた遺体も乗組員のものでした。臨時の配属だったため、当初は犠牲者に含まれていませんでした。

 現場では他の人物の遺体や残骸が発見されていないため、狼王はまだ生きている可能性が高いです。しかし、いくら人狼でも上空からの墜落の衝撃は軽くはなかった以上、狼王も負傷している可能性があります。恐らくこれは現在、彼が行方をくらましている理由です」

「私たちは狼王を絶対に野放しにしてはいけません。必ずや殉職したフィリポ修道士や他の仲間の仇を討ってみせます」

 男性ハンターの一人が沈痛な面持ちで言うと、フィリポがチャリティディナーの会場で狼王に殺された後、ハンターたちは新たなソップティムを選出していなかったので、二番手である彼が代理として出席していたのだ。

「この狼王は一体どこから現れるのですか?」外務部執事が尋ねた。「予言者はもう見つけているのですか?」

「現在、鋭意調査中です」とデボラが回答した。「現在、いくつか情報を得ていますが、全て確認中です」

「この最低最悪な畜生を見つけ出した後、絶対に八つ裂きにしてみせます!」

 トーマスは恨みがこもった口調で言った。彼は騎士のソップティムであり、この前、ナイトクラブ「クレイジーウルフ」での人狼退治任務にも参加していた。

「我々は初めからこの人間性がない野獣どもを容赦すべきではなかった。やはり奴らを殲滅すべきなのだ!」

「トーマス、そんなことを言わないで」アンジェラは反対の意見だった。「人間はミラーズホロウの先住民ですけれど、人狼はもう数百年前からこの地に来ていますよ。彼らは私たちと同様、この地で暮らす権利がありますわ」

「そんな戯言、俺の妹一家の前で言ってみろよ!」トーマスは怒りをあらわにしてアンジェラに吼えた。「妹は早くも人狼のせいで死んだ。昨晚は妹の夫が人狼に殺され、息子も重傷になった!甥の歩青雲はまだ高校生で、姪は今年まだ五歳だ。幼い子供たちが両親のいない孤児になったんだぞ!」

「あなたの気持ちが分かりますわ。私の両親も人狼に殺されましたから。ですけど、それでも――」

「とにかく、人狼は全員死すべきなのだ!」トーマスは立ち上がって力強くテーブルを叩くと、会議室にいる全員が驚いたように見えた。「俺に人狼を全部殺すなとかくだらないことをほざくなら、俺も容赦はせんぞ!」

「トーマス、いい加減にせんか。まだ会議中じゃ。態度が目に余るぞ!」

 長老に厳しく叱責され、トーマスは怒りを我慢して席に座った。

 教会のトップである長老の名はアレクサンダー神父、七十歳近くの老人だ。彫りの深い目と突き出た鷲鼻は、底の知れなさを感じさせた。

「では……さっきの話し合いの続きをしましょうか」執事の一人が場を和ませて「この狼王は確かに行方がわかりませんが、公然として人間社会に現れたわけですから、多少なりとも手がかりを残すのではないでしょうか?」と言った。

「我々がさっそく手にした情報によると、狼王は『闇市』に出現したことがあり、何やら頼み事をしていたようです」とデボラが回答した。「しかし、それがもう二か月前のことだ。ヘリ墜落事故以来、狼王の情報が一切ありません」

「その、闇市というのは人肉を販売しているアンダーグラウンド市場のことでしょうか?実際、そんな市場が本当にあるのか疑わしいのですが」魔女のソップティムが眉をしかめながら、「その情報は信用できるのでしょうか?」と疑問を口にした。

「その情報提供者は人狼です。もちろん、人間から見ても人狼から見ても、狡猾な奴でしょう」デボラがそう言った。「しかし、彼が提供する情報は常に間違いがありません」

「いずれにせよ、我々はこの『狼王』を見つけ出し、殺さねばならん」長老が低い声で宣言した。「たかが人狼が王を名乗り、覇を唱えんとしておる。ならば、我ら神民が奴に思い知らせるのだ、人類こそ真の支配者であることを!」


*****


 会議終了後、神民たちは次々と会議室を後にした。アンジェラも去ろうとしたそのとき、長老から呼び止められた。

「アンジェラよ、話がある……ゴホッ、ゴホッ……」

 話の途中で、長老は突如咳をしたので、アンジェラは急いでハンカチを手渡し、背中を軽くさすった。

「長老、大丈夫ですか?」アンジェラが心配そうに訊いた。

 長老がハンカチで口を押えながら何回か咳をすると、ハンカチが血で染まり、アンジェラは思わず驚いて声を上げた。

「長老、ご容体が……」

「ああ、悪化しておる」長老は淡々と話を続けた。「医師によると、残された時間は長くないようじゃ。儂も確かに天に召される時が来る予感がしておるよ」

 アンジェラは内心とても辛く、うなだれたまま何も喋らなかった。彼女にとって、長老は父であり師と呼べる存在だからだ。

「儂の魂が天国に旅立った後、お主が次期長老じゃ」長老はアンジェラの目をじっと見ながら、厳粛な口調で言った。「教会と神民はお主に託すぞ。これからは、お主がミラーズシティを守るのじゃ」

 アンジェラはこの重責に対してためらいを感じながら、「ですが……私は既に第一線から退いています。それに、教会には私よりもベテランの神民も多くいますし……」と言った。

「経歴が全てではない。教会には神民が数多くおるが、お主が一番優秀じゃ」長老はアンジェラの能力を評価した。「そして、お主だけが『雪狼セツロウ』の秘密を知っておる。うまく利用すれば、必ずや人狼勢力に大きな打撃を与えることができよう」

 雪狼の二文字を聞いてアンジェラは驚いて、表情が固まった。

「狼王を自称する人狼が現れれば、ミラーズシティでは必ずや一連の人命にかかわる事件が起きるじゃろう。最悪、戦争すら起こりうるのじゃ」長老は自分の懸念を話した。「幸い、教会は先代長老の時代から水面下で予備軍を育成しておる。万が一、最悪の事態が起きたら、彼らの助けを得ることができるじゃろう」

 アンジェラは少しの沈黙の後、ゆっくりと心情を吐露した。

「長老、申し訳ありません。私はまだ教会全体を引っ張っていく自信がありません。実は、あの日以降、私は退役するつもりでした。今、私がまだ教会に籍を置いているのは、全て千陽と阿樹のためです。二人が成人になった後、私は修道院に入るつもりです。神にお仕えすることに専念し、俗世間から離れます」

 長老は嘆息して、「あの事件はもう何年も前の話じゃ。お主はまだ許すことができんのか?」と言った。

「あれからそろそろ十年が経ちますが、私にとっては……まるで昨日今日のような出来事です」アンジェラは小声で言った。「あの夜に起こった事は、少しも忘れたことはありません」

「ところで、あやつは元気か?何か異変はないか?」長老が尋ねた。

「変わりありません」長老は名指ししていなかったが、アンジェラは彼が誰のことを聞いているか分かっていた。「彼は……自分の正体について一生気が付かないと思います」

「彼が最終的にどうなるかはまだ未知数じゃ。まだ断定できんぞ」長老は静かに言った。「お主は今までと同じように、引き続き彼の状況を注意深く監視し、決して気を緩めるではないぞ」

 アンジェラは無言でうつむいた。

「お主……儂を恨んでおるか?」長老が尋ねた。

「いいえ、恨んでいません」アンジェラが首を横に振ると、悲しそうな声で「恨んでいるのは……自分自身だけです」と言った。

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