45:容疑者が、落ち着き慌てない者から追いつめられた獣になったことに立ち会う。

 もし王平安がこの時弁護士に会うことを要求し、これ以上質問に答えなかったら、もちろん殺人の容疑で一時勾留されるが、ぎりぎり損切りができる。

 しかし、何思の準備は本当に整いすぎて、彼の返答を聞く必要も全くない。再び書類を取り出し、彼の目の前に押しつけた。「あなたが買ったビタミンEのカプセル剤は、およそ四か月から半年まで飲める。我々が卜東延の会社で残りのカプセル剤を見つけ出したが、その上の製造番号はあなたが買ったカプセル剤と一致している。あなたは卜東延本人ないし人物相関図の中で、唯一この製造番号のビタミンEのカプセル剤を買った人だ。どうしてあなたが買ったカプセル剤が卜東延の手元から出てきたのか、説明していただけませんか?」

 王平安は今この時もう顔の上の冷静さを維持できず、顔がさっと蒼白くなり、額に冷汗が出た。この表情を蘇小雅は前にも見たことがある。この前彼らがキッチンカーで実験した時にだ。だが、あの時、王平安の内心と外面的表現は一致していなかった。今はついに内外が一致した。

 王平安は慌てながらも冷静を保つふりをし、目の前の、態度は穏やかだが次々と敗退に追い詰めてきた何思を見つめ、咳払いをして答えた。「たとえ……たとえカプセル剤は俺が送ったものだとして、これが何かを示すというのか?あなたたちも卜東延に会っただろ。あのビッチ、いつも派手な格好して、男を誘惑する!奥さんがいるのに!初めも彼のほうからやって来て俺に挿れさせてくれたんだ!彼にカプセル剤を送ったのは、自分をよくケアしてほしいだけだ。彼は見た目が良く見えるけど、もうすぐ四十歳になる老いぼれなんだから、肌が若者のようにすべすべしちゃいない!彼自身はふしだらで、俺はただ小さいプレゼントを送っただけ、ここ数年の売春の代金としてな!」

「あなたは、ここ一年来、卜東延の体にますます青あざが出やすくなったのに気づいたはずだろう?あなたも彼の体に自分の跡を残すのを楽しんでいたみたいだ」今度、何思が取り出したのは、卜東延の体の青あざの写真だ。手の跡がはっきりとなぞられていた。特に左手の跡は、その中に一つの明らかな傷跡がある。

 王平安は火傷をしたみたいに、神経質に左の肩を震わすと、左手を握りしめて机の下に隠した。いわゆる『問うに落ちず語るに落ちる』は、たぶんこのような状況のことだろう。

「我々は次のように推測してもいいだろう。あなたは自分が以前勉強した専門を活かして、卜東延に内出血の症状があることに気づいた。薬か食中毒によるもののはずだ。あなたは、誰かが故意に卜東延を狙ったのか、あるいは単に卜東延の運が悪く、自ら特殊な飲食物に触れすぎただけなのかわからない。このような内出血の症状は薬によるものならば、進むのが非常に早く、進行の時間はこんなに長くかからない。本来あなたはただ高みの見物をするつもりだったのかもしれない。あなたの言説によると、あなたと卜東延はただ不倫の関係で、他の感情のもつれはなく、遊んでいただけで、いつでも彼を捨ててよかった。確かに、あなたたちの関係の中で、最初はあなたのほうが優勢だっただろう。会う時間と場所はどちらもあなたが決めた。新美ホテルの呉さんは、ホテルに二十年ほど勤め、彼女が仕事を始めた時から、あなたがいつも違う男をあいびきに連れて行くのを見てきた。その上、あなたの妻は今回以外にもさらに、以前も一度あなたのあとをつけてホテルに行き、あなたの不倫を発見した……それは、その後彼女が求愛の手紙を書いたあの人だろう?」

「あなたたちには証拠がない……呉さんとか、あなたが言ってる人が誰なのか俺は全く知らない……」王平安の顔色は蒼白かったのがだんだんと赤く腫れ上がり、呼吸が少し荒くなったが、口ぶりには先ほどの落ち着きと余裕が完全になくなっていた。

 何思も王平安の弁解を相手にしなかった。彼が自分の口を制御しないかぎり、ぼろはさらに多く出るだろう。

「まさか。我々は、あなたが支払いをするところや呉さんと話している録画を持っている。あなたは自分の顔を包んでいたけれど、『歩行分析』って知ってる?簡単に言うと、それぞれ人の歩き方は唯一無二のもので、訓練を受けた軍人であっても、骨格や筋肉の違いで歩き方は異なる。そのため、歩行分析によって我々は画面に写っている男があなたかどうかを照合できるのさ」何思は言いながら、それに応じて防犯カメラの映像を投影し再生した。

 それは小さなホテルのフロントで、内装が時代を感じさせる。きれいに掃除されているが、装飾品はどれも少なくとも二、三十年前のものに見える。防犯カメラの画面は少し薄暗く、合わせて二つのレンズがある。一つはフロントから外へ向けたもので、フロントのスタッフ、レジ、およびフロントの前に立つ客が映る。もう一つは片側から全景を撮るもので、入り口からフロントまでの間の距離を含む。

 新美は小さいホテルだが、安全面にはちゃんと配慮されている。防犯カメラは替えられたばかりで、映像は半年間保存される。画面はやや暗いが、画質はとても良い。少なくとも蘇小雅は画面上から支払いをした男が見えた。自分の顔を覆っているが、伸ばした左手には王平安と全く同じ傷跡がついている。

 支払いを終えた後、男がホテルを離れる過程も防犯カメラに記録されており、この間の歩き方が切り取られた。何思は写真の様式でではなく、わざわざ映像を拡大した。暗緑色の補助線が男の体の上をしばらく照合していると、最後別のGIF画像が一枚不意に出てきた。それは事件が起きた当日に広場の防犯カメラに映った王平安の姿で、同じく暗緑色の補助線が出ると、最後、二枚のGIF画像の上に、真っ赤な大きい文字が出た:類似度98%。

 先ほど、四◯五号の廊下の防犯カメラの写真が出現した際に、王平安は既に動揺し、卜東延との不倫の関係も確かに認めたが、彼の意気から判断すると、その時彼は自分が致命的な証拠を握られたと思っていなかった。さすがにやはり写真がぼんやりとしすぎていた。あの防犯カメラは廊下全体を映すもので、ある部屋の客に向けて撮影を行うものではない。さらに、四◯五室はちょうど比較的人目につかない位置にあり、以前は完全に防犯カメラに映ることはなかったはずだ。これも王平安がいつも四◯五号を選んで男とあいびきをする理由なのだ。

 そのようなはっきりしない写真は、王平安は認めないか、あるいは後に供述を翻しさえすれば、操る余地が大いにある。

 王平安は自分では偽装は完璧だと思っていた。しかし、世の中に完璧なことがあるのか?阿漕が浦に引く網だ。

「俺はもう全て話したじゃないか?卜東延と不倫の関係を持っていたことは認める。だけど、それは、俺が彼を殺したという証明にはならない……」

「私が立証したいのは、この関係の中で、最初はあなたが優勢だったが、その後そうとは限らなくなったということだけだ。我々が呉さんから聞いた話によると、卜東延は、あなたとの付き合いが最も長く続いた相手だそうだ。以前あなたと不倫する男は、最長でも二、三か月で替わっていたが、卜東延だけは二年ほど続いていた。これまではもっとあなたは自分の存在を隠すことを気にして、支払いや予約のことなどは、不倫の相手にやってもらうことがずっと多かった。あなたはいつも変装し、予定通りの時間に四◯五室に入り、二時間過ごした後、先に出る。長年、呉さんとあなたとの関わりは実はそんなに多くなかった。二年前までは」何思はまた卜東延の写真を王平安の前に押しつけると、指で軽く叩いた。「あなたは卜東延をかなり大切にしていた。我々は全ての防犯カメラを調べたが、卜東延が映像に出現する回数はあなたと比べてずっと少なかった。彼の変装もあなたみたいに気をつかってない。まさかオーダーメイドのスーツを着ている男が、どうして新美のような小さなホテルに行くんだ?」

 王平安は卜東延がかすかに笑みを浮かべた写真をぼんやりと見つめた。彼は本当にとても美しい男だ。しばらくして、王平安はフフッと笑った。

「これがまた何かを示すというの?まさかあなたは俺が男に対して何か真心を抱いているとでも思ってるのか?確かに男とやるのは、女とやることよりずっと気持ちいい。けど、俺は同性愛者じゃなくてせいぜい両性愛者なんだ。うちのあのババアは若い時から不細工だった。もし胸がデカくてケツが綺麗じゃなけりゃ、彼女を嫁にもらうわけがない。今は全身の筋肉が緩くなって、彼女とセックスするたび毎回吐きたくなる。男を誘ってセックスするのはもう十分彼女に申し訳が立った。男は安全で後々の心配がないんだ。万が一、遊ばれるのに我慢できない女がこっそり妊娠したりすることとか不測の事態があったらまた面倒くさいし」王平安は写真を何思へ押し戻した。凶悪な笑顔を見せた。「全く馬鹿馬鹿しい。まさか俺の愛が憎しみに変わったと思ってるのか?警官さん、見たところあなたも教養人知識人なんだろ。日ごろクズの恋愛物語をあまり読まないほうがいい。あなたのきれいなお顔をみすみすむだ使いするな」

「王さん、あなたが一体卜東延を愛してるのか愛してないのかは、我々には知る必要のないことだ。しかし、あなたには彼を傷つける明確な動機があることは、あなたは否定できない。まず、あなたは彼の体にいろいろ気を遣っている。あのチャウダーも含めて。あなたは彼が乳製品を食べられないことを知って、なんと乳製品を使わないチャウダーを開発しようとした。その上、不合理なほどの安すぎる値段を設定した。我々は、あなたが死者に機嫌をとっていたと推測してもいいだろう。また、あなたの過去の不倫は、全てあなたから一方的に終わらせていたはずだ。我々ガイドには他の長所はないが、人間性を観察することだけには長けている。あなたの性格は強気で傲慢で、支配欲が強い……チッチッ、例えば、今のあなたは、私に対して強い攻撃性が現れている。あなたは私に黙るよう命令したいと思っている。この尋問の主導権を自分が握りたいと思っている。法執行官に対しても、あなたの心的活動はこんなに強勢なのだから、日常生活におけるあなたの支配欲はさらに強いだけだろう」何思はこの時椅子の背もたれにもたれた。そして、ゆったりと足を組み、指を組み合わせて自分のあごを乗せ、両手の人差し指をゆっくりと触れ合わせながら、王平安をじっと見つめて話し続けた。「あなたが卜東延に対してどのような感情を抱いていたにせよ、彼に別の怪しい相手がいることを知ったら、あなたはきっとかなり怒っただろう。なぜなら卜東延があなたのプライドを傷つけたからだし、また、自分にはあるとあなたが思った、彼に対する、愛情?をも傷つけたかもしれない」愛情の二文字を言う時に何思は低い声で笑った。

 王平安は表情が歪み、目の前の自分を挑発した人間を憎憎しく見つめている。彼は口を開けて何か反論しようとしたみたいだが、最後は声を出さずにまた口を閉じた。

「王さん、私は本当にあなたに警察に協力するように勧める。我々が掴んだ証拠から見れば、あなたはたとえ殺人の主犯でなくても、ある意味では共犯でもあるのだ。あなたは卜東延が誰かに毒を盛られたのを知っていたのに、わざと彼にビタミンEのカプセル剤を送り、薬が回る経過を加速しようとしただろう?」

 蘇小雅は突然、一個の巨大な錠がカチッと王平安に掛かる幻覚が見えた。目の前の、この初めは臆病で、後に気が強く冷酷になり、今は追いつめられた獣のようになった男は、彼が認めようと認めまいと、全ての証拠はもう彼を裁判所に出頭させ、あるべき審判を受けさせるのに十分であることを知っている。

 しかし彼らが今証明できるのは、王平安は卜東延が毒を盛られたことに気づいた後、どんな理由のためかはさておき、わざと薬の回る経過を加速させた、ということだけだ。つまり、彼は卜東延を少し早めに死なせたに違いないが、それはやはりもともと毒を盛った人がいるという前提の元に成り立つ。

 卜東延の死に、王平安はもちろん責任を負わなければならない。しかし責任が最も重い者ではない。

 では、今は他に誰が責任を負うべきなのか?

 蘇小雅は正直秦夏笙に目を向けたくないが、今はすでに彼が望もうが望むまいが、思うままにならない。

 秦夏笙には、強い動機があり、実行の可能性もある。庭のライマメの木。キッチンのシンクに残るコーヒー豆、シナモン、ハーブなどの匂い。もう鑑識課はとっくに卜東延の家の生ごみをすっかり集めて持って行き分析しただろう。

 あちらでは、王平安はもう何思の尋問に耐えきれず、自白を始めた。しかし、蘇小雅はもうこの男に関心を持つ気になれない。蘇小雅はぼうぜんとミラーガラスの方を見た。向こうは馮艾保だ。センチネルは今どのような表情と気持ちで自分を見ているのだろう。

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