41:ケータリングカーから何を見ましたか?

 最近道端で誰かが惨死したばかりで、恐慌と騒動を引き起こしたが、千羽虹区の生活ペースの速さは人々の記憶にも反映されているようだ。血痕のついた床がきれいに洗われて、もとの金の枠に色白いタイルに変え戻されたら、この場所でかつて男の人が血吐いて死亡したことを覚えている人はほとんどいない。

 王平安のケータリングカーは相変わらず商売繁栄だ。王夫人がまだ病院に閉じ込められているから、彼一人では忙しすぎて、バイトを探して手伝わせてもらった。相手は若い女の子で、まだ高校を卒業したばかりに見えて、丸くて稚拙な顔にはコラーゲンがたっぷり。蘇小雅といい勝負にできる。

 正午、依然として人々はケータリングカーの前に列を作って待っていた。女の子は経験が浅くて、少しばかり戸惑っているが、彼女の可愛らしい容姿と親切な態度のため、食客たちは焦燥感を覚えつつも辛抱強く待っていた。──警察が現れない限り。

 わざとなのか無意識なのか、馮艾保は顔の半分を隠せるくらい大きなサングラスをかけて、何思、蘇小雅と千羽虹区の警察二名を連れて現れた時がケータリングカーの一番繁忙な時期だった。数人の大の男たちは──ここは蘇小雅を除く──こちらに向かって立っていて、整然とした警察の制服と光を反射する警察バッジが注文を待っている客を直接に身を振り返らせて、引き返らせた。

 すぐに、その場には注文を済んで食事を待っている三、五人の客だけが残って、彼らも注文をキャンセルして立ち去りたがっているように見えた。千羽虹区のホワイトカラーのエリートにとって、取り換えられないモノはない。自分以外に。

 馮艾保は自然体で誠意を示して、数人を持参の小さなベンチでそばに座らせて、客が去るのを待っていた。これは直接に口を開いて追い払うよりも脅威的だと感じさせる。バイトの小娘はすでに驚かされて顔色が青白くなって、恐れおののいてケータリングカーの一角に隠れてしまって、客に声をかけることさえできない。

 外の雰囲気がおかしいことに気付いたか、またはケータリングカーに戻って隠れるバイドの女の子の恐れている表情を見たか、王平安は手元の料理を置いといて、急ぎでケータリングカーを出て状況を確認した。

「馮警官?」訪ねてきた人物を見たら、お人好しで大人しい顔から驚異の表情が出て、話しながら近づこうとした。

「急がない急がない。お待ちしている客人の注文を仕上げてから、またゆっくり話しましょう」馮艾保は手を振って、口から出るのは丁寧な言葉だらけだが、言葉の真意から今日の事がそんな簡単に終わることではないだと丸ごと隠せずはっきり示した。

 王平安も賢明な人だ。彼の顔色は暗くなって、怒りをぶちまけるように見えたが、すぐに抑えて、苦笑いながら言った。「わかりました。あと約三十分で終わりますので、皆さんは少々お待ちください。冷たい飲み物でもどうですか?今日は暑いですから!」

「いいえいいえ、結構です。皆自分でお茶を用意していますので、お忙しいでしょう」馮艾保の受け答えは完璧だ。

 王平安が少しためらって、自分には言い訳や遅らせる暇がないことに気づいたから、振り返ってケータリングカーに戻って料理を出し続けた。

 約十二時半頃、すべての客が食事を受け取って、王平安もバイトの少女に今日の給与を支払って、先に彼女に帰らせた。

「すみませんね!こんなに長く待たせてしまいまして」王平安はまだエプロンを着ていて、両手を窮屈にエプロンをこすって、温厚な笑顔で警察官たちに近づいてきた。

「そんなことないです。時間ぴったりですよ」馮艾保は一目自分の腕時計を見た。

 時間ぴったり?王平安は戸惑っていて、明らかに馮艾保の意味を理解していないようだ。彼は聞きたいがどのように尋ねればいいかわからないから、気まずかずに微妙な笑顔を浮かべるしかなかった。

「我々は今日来て、あなたのケータリングカーを借りて実験したいと考えています」馮艾保は余計な言葉をかけず、横暴とも言えるやり方で率直に主題に入った。

「実験?」王平安は困惑の表情を浮かべた。「ですが……私のケータリングカーは普通のケータリングカーで、中にはキッチン用具しかありません。どうやって実験しますか?」

 馮艾保は爽やかに大笑いして、手を伸ばしたら王平安の肩を軽く叩いて説明した。「あなたが想像したビーカーや化学薬品などを使うような実験ではありません。安心してください。絶対にケータリングカーでの道具を壊すことはありません。ただ場所を借りたいだけです」

 話はここまで進んだので、王平安が本当に同意しているかどうかは関係なく、表面上は一安心したようで気前よく頷いて言った。「もちろん問題ありません。妻が警察の皆さんにたくさん迷惑をかけましたから、お手伝いできれば光栄です」

 蘇小雅は馮艾保が眉を上げたのを見たかどうか確定できない。なにせ、サングラスの存在感が強すぎて、センチネルの大体な情緒を隠していた。完璧な形をしていた豊満な唇がいい角度で曲がっていた笑顔だけ見えたが、蘇小雅はただいたずらな微笑みだと感じた。

 とにかく、この場にいる数人、二人の警察官は自分が何を言えるかわからない。彼らは臨時で掴まれて手伝わせた。約一時間前に馮艾保が何思と蘇小雅を連れて千羽虹区の警察署に急行して、一連の身体データを告げたら二人の壮漢を掴んだ。

 そして何思はすでに馮艾保が何をしようとしているかを推測できたから、口を閉ざし馮艾保の行動を妨げないようにして、自分に面倒事を引き起こすことを避けた。蘇小雅のほうなら、彼は昨夜徹夜で馮艾保が送ってきた資料をすべて読み終えて、自分の仮説が正しいかどうかを確認したいという訳のわからない興奮を抱いている。

 という訳で、この場にいる誰もが馮艾保を止めないから、王平安は孤立させた。彼は目線で他の人に弱さを示したり、助けを求めたりを試していた。少なくとも一人が一体どういう状況なのかを説明してほしいと望んだが、残念なことにその望みは確実に失望になる。

 まず、馮艾保はソンシャオプォンという名の警察官に王平安の隣に立たせて、二人の身長と体格を比較した。センチネルとして言わざるを得ないのは馮艾保の五感素質は天地を覆すほどに高いことだ。制服と長年によって形成された雰囲気と佇まい以外、孫紹鵬と王平安との身長体格はほとんど同じだ。

 次はもう一人のダイウェイという名の警察官。彼は体格が細身で、特に背が高いわけでもなく、たぶん蘇小雅より何センチか高いくらいだ。でも彼の体つきの均整がとれているから、着ている警察制服は高級オーダーメイドスーツのように感じた。

 馮艾保はわざとらしく写真を取り出して、それらは全部この前卜東延がここで倒れた時に監視カメラの映像からキャプチャされたものだ。センチネルは勿体ぶって写真と比較して、戴維を引っ張って位置調整した。この一連の流れにつれ、蘇小雅は王平安の顔がますます冷たくて固くなって、最終的にはまるで仮面をかぶったかのように、最初にあった内心の騒がしいささやきさえも途切れていたのを気づいた。

 蘇小雅は何思に一目を見て、年上のガイドは黙って顔色ひとつ変えなくて、蘇小雅に焦らず静かにするように目立たないジェスチャーをした。明らかに何思も王平安の異常を感じた。

 戴維が位置についたら、馮艾保は満足げに拍手して、顔を向いて再び王平安に話かけた。「王さん、確認させていただきます。あなたはケータリングカーの中にいる時、外の状況がまったく見えませんよね?」

 王平安は窮屈な笑顔を浮かべて答えた。「まったく見えないわけではありませんが、視野が狭くて、それに普段食事を出すのに忙しいから、外を観察する時間はありません。見ての通り、毎日ケータリングカーの前で列を並んでいるお客様がたくさんいますから」

「お、なるほど」馮艾保はうなずき、続きに聞いた。「ではもう一件確認させて、事件が起った日、先にケータリングカーの中から外の状況を観察せず、叫び声を聞いてすぐに出てきたんですか?」

「確定はできないですが……私は、私はまず火を消してから出てきました」今回、王平安の回答はだいぶためらっていた。自分の言葉をあまり確定的に言ってはならないことを明らかに意識したのだ。

「大丈夫です。実はこの前あなたの供述記録が手元にいるが、ただ念の為にもう一度確認しただけです」馮艾保は腕を上げて、手首にあるマイクロパソコンを王平安の前で振っていた。

 蘇小雅は初めて誰かの顔がこんなにも明白に白くなれることが知った。王平安の肌は黒くて、なにせ外での仕事を長年していたからだ。それでも今では皆の前で石灰壁のように白くなった。

「車の中に入って窓から外へ見ろ。インカムを持った?」馮艾保は王平安に話しかけるのをやめて、孫紹鵬にどうするかを指示した。

「持ちました」

「よし。入って戴維がよく見えたらインカムで連絡しろ」

「了解です!」孫紹鵬は敬礼して、素早く王平安のケータリングカーに入って、数人がすぐに狭い窓の隙から彼の姿を見た。

 実際の距離はそんなに遠くない。孫紹鵬の行動は数人の目にはっきりしていて、孫紹鵬はまず窓を少し開けた。これは側面に開く窓で、客が少ない時に窓から直接注文したり食事を受け取ったりすることができるが、前には妻がいたため王平安はこの機能をあまり使っていないようだ。

 王平安の状態を完璧に再現するために、孫紹鵬は珍しいミュートの警察官で、偶然のことに視力も王平安とのデータがほぼ同じだ。

 相手が車の中で少しばかり騒ぎ立てるのを見てから、すぐにインカムから孫紹鵬の声が届いた。「馮警官、戴維が見えました。彼が今私に丸をしています……あっ!チョキに変わりました……待って、これは私とじゃんけんするつもりですか?」

 戴維は馮艾保の指示で手の動きを変えて、そして孫紹鵬はそれを全部はっきり見えていて、見逃さずに述べていた。

「よろしい。今から顔を俯かせて、ストーブを点けて、叫び声を聞こえたら顔を上げて窓から外を見くれ。戴維を見かけたら同じくインカムで連絡しろ。もしずっと見えられないなら、火を消してケータリングカーを出て戻ってこい」

『了解です!』

 数人は孫紹鵬が俯くとこを見て、お互いの顔を見合わせた。

「誰が叫びますか?」蘇小雅がそう聞いて、警戒している表情で馮艾保を見た。この人は何でここまで詳細に再現するのか?叫び声が必要だっと事前に知ったら、映画の中の叫び声を録音して持ち込めばよかったのに!

 何思は依然として外部者のようにしていて、疲れているように遠くのビルをぼんやり見つめてボーッとしている。片手はズボンのポケットに入れて、自分は関わるつもりがないとういう態度をはっきり示した。

 今、戴維は地面に横たわって、この前卜東延が倒れた位置と完全に一致して、姿勢さえも同じで、血まみれであったかどうかの差しかなかった。

 王平安は俯いて、戴維のほうを見ることを避けていて、身体はわずかに震えていた。目がある人ならそれを見逃せない。

 それでも、馮艾保は王平安を見逃すつもりはない。馮艾保は喉を鳴らして、挑発的な目で蘇小雅をちらっと見て、メンツをまったく気にせず繊細で柔らかくてあざとい叫び声を発した……回りくどくて、曲芸ごとくの転音とも言える。蘇小雅は全身の鳥肌が立って、この厚かましさがチタン合金よりも分厚くて固いセンチネルを悚然な顔で見た。

 ケータリングカーの中では、孫紹鵬はすぐに顔を上げて、その中で手段をつくして長い間見ようとしているが、インカムから彼の声はなかった。代わりに彼がそのままケータリングカーを出てから小走りで戻ってきた。

「戴維が倒れた後、彼を見えませんでした」

 蘇小雅は無意識に自分の腕時計を見た。馮艾保が叫ぶ声を発したから、孫紹鵬がケータリングカーを出て行くまで、約四分以上かかった。

「王さん、何で叫び声と騒ぎ声を聞いた後、五分も経ってからケータリングカーから出てきたのかっと聞いてもいいですか?」馮艾保はついに王平安に牙を向いた。

「私は、私はただ……火を消しました……その……」王平安は言葉に詰まって、ずっとハンカチで汗をふき取って、背中も少し丸まってしまった。

「うちの警官は先も火を消してから出てきました」馮艾保は淡々と言った。

 王平安は刹那の間一言も言えずに、ただ頭を垂れていて、歯がガタガタと震えている音を立てた。

「そうですね、あなたの左手のひらを見せてもらえますか?」馮艾保は前へ半歩立っていて、大きな体が太陽の光を遮って、王平安の体に影を落とした。

 中年男性は急に震えて、恐る恐る顔を上げて、おびえている笑顔を浮かべた。「これは……私の手はとても汚れています。見せるにはちょっと恥ずかしいというか……」

「王さん」馮艾保は僅かにサングラスを下げて、真夜中のように真っ暗で、まるで光が通れないような黒い瞳を覗かして、そのまま王平安を見つめた。「あなたの左手を、見せてもらっても?」

 一番に向けられたのは王平安なのに、横に立っている数人は何思以外、みんな思わず心の底から心胆を寒からしめて、全身の寒毛が立って、自分が肉食動物に狙われているような悚然を感じた。

 王平安はもたもたと口を開けて、最終的にぶるぶる震えながら左手を出して、馮艾保の前に手のひらを広げた。

 手のひらの中央を横たわる浮き出た傷跡が皆の前に現れて、たいぶ前の傷のように見えたが、当時は凄くひどい傷だっただろう。

 馮艾保は軽くて浅い微笑みを浮かべて、サングラスを元の位置に戻した。

「王平安さん、署までご同行願えますか?いくつかの質問を聞かせてもらいます」

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