17:スピリットアニマルの名前を適当につけることについて、馮艾保は絶対的な発言権を持っている

 猫を返すなんて無理だ。それを考えなくていい。

 それに、馮艾保が返したくても、紺自身もその気はないだろう。目がはっきり見える人なら、紺は馮艾保の膝の上にはいつくばるのが好きだということを見て分かるだろう。紺が目を細めてゴロゴロと鳴き、至福の表情を見せた。時折お尻を上げて、『モフってモフって』を言うように、自分を撫でる馮艾保を促していた。

 蘇小雅は人生でこれほど恥ずかしいことはなかった。彼は自分のスピリットアニマルを憎んでいるように見つめ、取り戻すべきかどうかを迷った。

「大昔、センチネルとガイド及びスピリットアニマルの感情は100%統合しているという」馮艾保は紺の背中を器用に撫でながら、何気なく話した。

「何が言いたいのですか?」蘇小雅は馮艾保を睨んで、視線を男の手とともに移っていた。幸いなことに、馮艾保の手が撫でる部分は背中に集中し、ルールを最低限に守った。馮艾保は先ほど頭の神経がどこかでおかしくなって、紺のお腹を一度吸ったことを除き、度を越えたことをしなかった。

「何でもない」馮艾保は眉を上げ、さっきまで大人しかった手を直接紺のお尻に滑らせ、尻尾の先まで一気に撫でた。紺はまるでキャットニップを噛んだように、ニャーニャーと鳴った。そのような状況にあわせ、蘇小雅も震えるのを抑えられなく、すぐに頬が赤くなった。

「馮艾保!」彼は血相を変えて低い声でうなり、背中全体がむずむずした。尻尾はあまりにもデリケートだった!

「怒らないで、怒らないで、それともうちのネズミを撫でてみない?」馮艾保は『しょうがないね!』という甘やかした表情をした。次の瞬間に、湯たんぽのような温かいものが蘇小雅の手のひらをずっしりと重みを加えた。

 彼は驚いて、急いで俯いて見ると、馮艾保のゴールデンハムスターがおとなしくて自分の手の中に寄り添い、自分の顔を洗っているのが見えた。

 あぁ!超かわいい!蘇小雅は心に激しい衝撃を感じ、無意識のうち両手を軽く合わせ、ゴールデンハムスターの丸くてふかふかしている毛皮に触った。

 一方、そちらに紺が「シャー」と威嚇の声を上げたが、サービスを提供するセンチネルから離れるのが嫌だったのか、ほんの気持ちだけで前足を振っていたが、突進して攻撃を仕掛けなかった。

 何思は簡単には言い表せない表情で二人が手に持っているスピリットアニマルを見て、何か言おうと口を開いたが、何を言えばいいのか分からず、最後に気まずきそうに口を閉じた。

 このとき電話が鳴った。それがまるで闇夜の提灯のようで、何思はすぐに電話に出た。「もしもし、刑事部特捜班の何思です」

 鑑識課のラボからの電話だった。キョウチクトウの樹液の匂いが準備できたので、皆の時間を無駄にしないで、早く来てと、馮艾保に連絡するための電話だった。

 とても失礼な言い方だと言えるが、何思はなぜかを理解できる。それは馮艾保という人は、変わったアイディアがあまりにも多いからだ。彼の頭には何を考えているかを永遠に理解できないが、いつも必要な協力が得られる。協力を求める回数が多すぎると、嫌われるのも仕方ないのだ。

 電話を切って、何思は未だ口を開けていないうちに、馮艾保は既に猫を抱いて椅子から立ち上げた。センチネルの常識を覆す聴覚能力にとって、受話器は全然邪魔になることはない。「二つのグループに分かれて行動するか?あるいは一緒にラボへ行っておこうか?」

 これは何思に、まずは古着屋に行って状況を確認するかどうかについての質問だった。陳雅曼の日記から、彼らは既にドレスを販売する衣料品店の店名が分かった。『サンガス』という古着屋で、西荊シージン区の商業地帯の路地にある店で、百二十年の歴史がある。

 今の店主はアンドルー・サンガスというB級のセンチネルで、かつて軍で兵役に服していたが、十年前に不名誉に除隊された。理由不明。中央警察局は軍隊の情報システムにアクセスする権限がない。どうしても調査したい場合は申請書を提出する必要があるが、当面はそのような手間かかる作業をする必要は未だない。

 何思はS級のガイドで、身体能力は下級のセンチネルにすら敵わない。しかし、精神力だけでA級以下のセンチネルを倒せる。失神させたり、認知症にさせたりすることができる。だから、馮艾保は彼が一人でアンドルーと向き合うのを心配していなかったない。

 アンドルーが乱暴な行動をして人を傷つけようとしても、何思に近づくことはできないだろう。

「私は店に行って彼を連れてくる。あなたは小雅を鑑識課に連れていて、見聞を広めてあげよう」何思もアンドルー・サンガスのことを物ともせずにしていた。彼のキャリアにおいて、上級のセンチネルとの戦いを除き、他の犯罪者を逮捕することは全然問題ない。

「僕も一緒に協力しに行かなくていいですか?」蘇小雅は少し悔しく思って尋ねた。彼の手のひらにあるゴールデンハムスターが溶けたように寝転んでいることで気が少し散って、何思が言った話の言外の意味をわからなかった。

 蘇小雅と彼の手のひらにある、瓜の種を食べていて、自分が本当にハムスターだと思っているネズミを見て、何思は仕方なく提案を断った。「大丈夫だ。気にしなくていい」

 わかりやすく言えば、何思は蘇小雅がいると、邪魔になるかもしれないと思った。この若いガイドはセンチネルとの戦い方を未だ身に付いていないので、戦いの中で彼の面倒を見ることはできないからだ。

 今度、蘇小雅は何思が言おうとしたことを理解した。しかし彼はその話によって、自尊心が傷つかれた、あるいは恥ずかしいとは感じなかった。確かに、実戦において、自分は何思の力になれないだけではなく、敵にとって突破口を開くチャンスになる可能性もある。馮艾保の支援があれば、傍観者として一緒に行ってもいいのだが、何思一人しかいない場合、やはり彼に迷惑をかけたくないと思う。

 しかし、若者は負けず嫌い性分の持ち主だ。インターンではあるが、将来警察になるかどうかもまたわからないけど、明日から戦いに向けて自分の精神力を鍛え、センチネルとの戦い方を学び始めたいと蘇小雅が決心した。

 任務が割り当てられた以上、馮艾保はやっと紺を放した。ロシアンブルーは軽やかに床に着地したが、それでも体と尻尾でセンチネルの足元に絡みついていた。何思はそのべたつきの様子を、目の前が真っ暗になったかのように見ていられなかった。

 そこでこの先輩ガイドはすぐに車のカギを手に取り、馮艾保と蘇小雅二人を後にし、別れの言葉を何も言わずに去った。

「一緒に行く?」馮艾保は紳士的に、誘いのジェスチャーをした。

「ああ」 蘇小雅はゴールデンハムスターを地面に置くかどうか悩んでいたが、紺が馮艾保のゴールデンハムスターと会った時の凶暴な態度を思い出すと、やっぱり地面に置くことを止め、この小さなものを手に持って触り続けた。「あなたのスピリットアニマルの名前は何ですか?」

「ネズミ」馮艾保はごく当たり前に答えて、一言を付け加えた。「先ほど言ったじゃない?『うちのネズミ』って」。

 目がひきつるほど蘇小雅は白い目をむいた。「ネズミって、名前ではなく、物事を記述する言葉という意味で言っていたと思いました」それから、馮艾保が本当に嫌な人間だと気づいた。彼がゴールデンハムスターの名前を「ネズミ」とつけたせいで、蘇小雅は自分の考えを説明しようとしても明確に言えなかった。この男、本当にムカつくのだ!

 馮艾保は小声で笑い続け、エレベーターのボタンを押した。「鑑識課のラボは地下にあるよ」

「ああ」蘇小雅はふくれっつらをして声を上げた。力強くネズミの太い足の片方を掴みで、悪意的に見えるが、実際は慎重に二度もその足をこすった。ゴールデンハムスターは首を傾げてその無邪気で小さな黒い瞳でガイドを見つめた。とんでもないルール違反と言えるほどとてもかわいくてたまらなかった!

 気が付くと、蘇小雅はラボに入るまでネズミの前足をずっとこすってしまった。蘇小雅はラボに入ってから初めてしょうがなく手を放し、紺を取り戻して自分の気分を落ち着かせた。そして馮艾保もネズミを取り戻した。

 ラボには数名の研究者に加えて、もう一人見覚えのある人もいた。その人はホワイトタワーの教官で、馮艾保ともめごとがあった昔の同級生の金炳輝教官だった。

 金教官はぱりっとしている軍隊の常装を着ていた。そのシャツは山がそびえ立っているかのようなもので、刀で刻んだような線がきれいに入れてある。そんな服を着ている金教官が厳粛で凛々しく見えた。気候が原因で、夏場の服の生地もわりと薄い。金教官のシャツに包まれた筋肉が微かに見えて、ぼやけた輪郭が何とも言えない魅力的だった。

 この国の軍服は海外でも高く評価されている。戦闘服であれ、礼装であれ、常装であれ、別の方向へ想像させるデザインに満ちいている。アダルトグッズショップで改良が加えられた軍服は常に非常によく売れ、世界中の人が買っている。

 この前、ホワイトタワーで金教官も軍服を着ていたが、その日、蘇小雅は事件のことを考えるのに忙しく、金教官の姿についてあまり注意を払わなかった。今まで、制服を好む人の心理に対してあまり理解できなかったが、今日金教官の服装を見て、制服の魅力を少し感じて、理解ができた。

 金教官の隣には、耳ぎわの髪の毛が白髪交じりの老いたセンチネルがいた。彼が冷たい表情をし、コバルトブルーの瞳はガラスで作られたものに見えた。その目で見られるだけで背筋が冷えた。

 その老いたセンチネルは自分が若いガイドを驚かせるのを知っているかのように、蘇小雅をちらっと見てから、目を逸らした。

「あなたは金炳輝のことを知っているので、紹介はいらないね」馮艾保は長い足を軽々と組んで、空いている実験台の端にのんびりと座り、老いたセンチネルの方向に口をとがらせて言った。「あの人はホワイトタワーの第一管理者で、ラッセル中将だ。もう会う機会はないだろうから、早くもっと彼を見てね!」

 自分より上級で、地位も高いセンチネルの前にしても、馮艾保は相変わらず反省がなく、自制しようもしなかった。

「馮艾保!」金炳輝は我慢できずに小声で警告したが、話題になっていたラッセル中将はそれを聞いていないふりをして、何かを見ているかのようで、青い目がまっすぐ前方を見ていた。

「やあ」馮艾保は興味深そうに手を振り、「どうしても言い争うのなら、かまわないよ!でも、ラボの皆さんが怒るかもしれない!信じてくれないなら、彼らに聞いてくれないか?」と言った。

 ラボの責任者は中年の女性ガイドで、彼女が馮艾保にフンと鼻を鳴らして冷たい声で言った。「センチネルの皆さん、ここで喧嘩して時間を無駄にしてないでください。早くここから出てほしいのです。忙しいから、お付き合いする暇はありません!もし何かのものを壊してしまったら、元の値段の二十倍で賠償をしてもらいますよ。」

 それから彼女は顎を上げて合図をすると、その隣にいた助手がすぐに手に持っていたフォルダーを三人のセンチネルに配り、蘇小雅も一部を手に入れた。

 それは価格表だった。そこに載っている写真を見れば、みんなラボの設備だとわかった。

 これを見ると、これまでセンチネルがラボで喧嘩したことは一度も二度のことではないだろうとわかった。研究員がどうして不機嫌そうな表情をしている理由も理解できた。

 金炳輝はその場で顔をそむけて、馮艾保がそこに存在しないふりをした。

 ラッセル中将は無表情のままで、ファイルを脇において言った。「私も忙しいので、今から始めましょう」

 本題に入ると、馮艾保はまだ曲がった姿勢で立っていたが、自制して少ししっかりしたように見えた。

 全員がおとなしくなってきたのを見て、責任者も満足した。彼女はうなずいて助手に合図を見せ、鼻と口を被るマスクのような機器を取り出してもらって、それを馮艾保に手渡した。「まずはあなたの嗅覚の感度を確認しましょう。」

「確認する必要はないでしょう?数か月前に健康診断を受けたばかりで、データも残っていますよ!」馮艾保は我慢できずに文句を言ったが、しぶしぶとそのマスクを手に取った。

「それは病院の検査であって、ラボのではありません。詳しいデータが欲しいので、被りなさい」責任者は冷たく命令した。

 馮艾保はどんなにいたずらをする性格の持ち主であっても、責任者の言うことには逆らえなかった。彼がやむを得ずマスクを着用し、嗅覚の検査をラボの人に任せた。

 いくつかの項目の検査を経た後、馮艾保はようやくマスクを外せていいと指示された。彼は直ちにこの苦痛をもたらすものを脱ぎ捨て、何度か深呼吸した。そして長い間咳き込み、目には涙があふれていた。

 隣にいる金教官はこんな彼にあざ笑いながら、同情の目で見ていて、最後に俯いて口角を手で覆った。おそらく笑いを我慢できず、こっそり笑っていただろう。

「はい!詳細なデータが出ました……」責任者が機器から出力したデータを見てうなずき、驚きを隠さずに馮艾保を見た。「あなたの数値は非常に異常ですね……いつかラボにもう一度来て、より詳しい検査を受けませんか?」

「また時間があったらそうしましょう。今は皆さんがお忙しいでしょう?」馮艾保はまだ回復しておらず、助手から渡された薬を使って鼻腔をきれいにしているところだった。全体から見れば、彼は気息奄々としている状態だった。

 先ほど一体どのような具体的な検査が行われたのかはわからないが、それによって馮艾保の命が半分取られたように見えた。

「ちょっと待ってくださいね。あなたのデータを使って電子鼻の感度を調整します。それからあなたが嗅いた匂いの濃度を確認します」責任者は説明してから、視線を他の二人のセンチネルに向けた。「あなたたちは立会人です。濃度を確認してから、まず馮艾保に自分が嗅いだ匂いが正しいかどうかを確認してもらい、それからお二人にそれを確認してもらいます。この作業のプロセスにガイドラインがあります。それを確認して署名しましたか?」

 ラッセル中将も金教官も頷いた。

 状況を理解していない蘇小雅の様子を見て、責任者は微笑みながら尋ねた。「あなたはインターンのガイドですか?センチネルの検査を見るのは初めてですか?」

「はい……すみません。今のは……?」蘇小雅は先から疑問をたくさん持っていた。突然に呼ばれて、何を聞けばいいかわからなかった。

「簡単に説明しましょう。上級センチネル、つまりA+級以上のセンチネルの場合、嗅覚の感度は最先端の電子鼻と変わりません。多くの匂いを捕捉できます。電子鼻も彼らの鼻とは同じ機能がありますが、持ち運びにくい欠点があって、ラボでのみ使用できます。したがって、犯罪現場、火災現場などの場所に微かで特別な匂いがある場合、上級センチネルを派遣して状況を把握できます。但し、センチネルにどれほど能力があっても、やはり人間であり、一人だけの判断に頼ったら、正確性が不十分な場合があります。ですから、A+級以上のセンチネルの三人により、同じ現場の匂いに把握して判断することが規定されている。三人のうち、二人の判断が同じであれば、それを法的において有効な証拠とみなされます」責任者は一気に説明し、機器のほうも『ジジジ』の音が鳴った。電子鼻のデータ検査結果も出たのだ。

 この説明は非常に概要的で、すべてが説明されたように聞こえたが、実際にはまだ非常に曖昧だった。しかし、今はいいタイミングではないので、蘇小雅は疑問をさておきにした。この時、馮艾保は前の方にやってきて、ラボの研究員に渡された密封の容器を取りあげ、指示に従って細いチューブを挿入し、チューブを通して中の匂いを嗅いだ。

「そうです。嗅いだのはこの匂いでした」馮艾保は長く嗅いでいなくて、すぐにそこを離れ、金教官のほうに向けて言った。「私の同級生よ、あなたもこの匂いを嗅いでみようか」

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