15:ガイドを血を吐くほど怒らせる方法を、馮艾保先生が教えてあげる

 食べ始めると、二人とも自分が本当にお腹が空いていることに気づき、事件について話し合う余裕さえなかった。馮艾保の家にはダイニングテーブルがない。彼はイケメンだが、日ごろの暮らしは適当で、普段はソファのサイドテーブルで食事をすませている。今日も例外なく、そんな風にしている。

 そして食べているものは特に美味しいものではなく、肉まん、シュウマイ、蒸餃子、煮込み料理の滷味ルーウェイなどの電子レンジ食品や冷凍食品ばかりで、その量は多くないけど種類が豊富だった。長い間、広いリビングでは食事をする時の咀嚼音しか聞こえなかった。

 お腹を満たすのに三十分ほどかかった。馮艾保はビールの缶をプシュっと開け、ゴクッゴクッと350CCを一気に飲み干してから、またプシュっともう一缶を開けた。

 蘇小雅が飲んだのは海塩とレモン味の炭酸水で、泡は刺激的で爽やかだった。味付けは薄いだが、微かな塩味があり、まさに彼の好みだった。

 満腹になって、二人はソファに倒れ込み、ぼんやりしていた。テーブルの上に置いてある空の皿を見て、蘇小雅はようやく馮艾保が紙製の食器を使っている理由を理解した。皿洗いに時間を費やさなくては本当に愉快なことだ。そんな利便性を楽しめるため、地球に申し訳ないと言うしかない。

「写真を撮ったか?」と馮艾保は尋ねた。

「証拠物のですか?」と蘇小雅は確認した。

「そうだよ」馮艾保はビールをゴクッと一口飲み、口角についた泡を無造作に手で拭き取り、大きく息を吐き出した。「見せる必要がない。自分の記憶のサポートとして使ってください」

 これは、馮艾保がすでに現場の状況と収集した証拠物を頭の中で記憶していることを暗示しているはずだ。蘇小雅は何思が馮艾保の記憶力が非常に良いと言ったことを思い出した。瞬間ですべての物事を覚えられるほどでなくても、彼が覚えたい気持ちがある限り、長い間忘れることなく、カメラが取った写真と同等にディーテルの詳細まで覚えておくのができるという。

 蘇小雅は頷き、携帯電話を手に取って写真アルバムをめくった。そして、たまたまそのアイビーが絡まった形の指輪を見かけて、すぐに手を止めてもう一度確認した。

「何か聞きたいことあるのか?」馮艾保はもちろん彼が眉をひそめた表情を見逃さなかった。

「黎英英の遺品の中に、アイビーの形の指輪があります。その上に飾られた宝石は真珠です。このデザインの組み合わせは、女の子が自分のために買ったプレゼントとは思えないと……思います」蘇小雅はホワイトタワーにいた時、この指輪に特別な注意を払った。今、当時浮かんだ考えをやっと掴めて、頭に留めることができた。

 安いものでも高価なものでも、手作りでも大量生産でも、すべてのアクセサリーには一つ共通した特徴がある。つまり、その形には特別な意味を含んでいることだ。

 たとえば、手頃な価格で大量生産のアクセサリーにはユリ、バラ、星、ハートなどの形がよく見かけられる。それらの形の奥には、女の子の甘さ、無邪気さを代表し、さらに愛への憧れなどを意味することがある。そして、高価なアクセサリーやオーダーメイドのアクセサリーには、さまざまな神話や花言葉、宝石言葉と関連性のある形を採用し、販売を促すため、日常的なものではなく、特別な意味を付加できる形にしている。

 真珠はよく使用される宝石の類だ。蘇小雅は指輪の真珠が本物か偽物か、養殖か天然かを判断する能力はないけど、その指輪にある真珠は大きくないものの、しっとりとした光沢が非常に和やかで、まるでその真珠が息をしているような感じがわかる。

 彼は直感的に、この真珠は本物に違いない、そしてそれは非常に価値があると思った。

 もちろん、黎英英は自分のために、いい真珠を買うことができる。陳雅曼の話によると、黎英英は少しの財産を持っているため、軍の募集を断る自信があるのだそうだった。しかし、陳雅曼の話でもこう言っていた。黎英英はホワイトタワーを出る時の生活のため、普段はお金をむやみに使うことをしないようにしていた。事実もそうなっている。このアイビーの指輪を除き、一見、金と銀でできているものすべては実際にメッキされたもので、その一部はシリコンでできているものもあり、すべてのアクセサリーは安い小物だった。

 これにより、この指輪がさらに場違いを感じさせた。

「簡正の遺品を見たことあるか?」馮艾保はソファにもたれながら尋ねた。

「見ましたが、よく見ていませんでした……」蘇小雅は自分の頬を掻いて、自分は思慮が足りないという間違いを犯したことをわかった。黎英英の指輪に惹かれて、その後、簡正の遺品を注意深く見なかったのだ。

「簡正にも男性用の指輪も持っている。一個しかないが、」馮艾保は顔を上げて残りのビールを飲み干して、空き缶を無造作にソファの脚の横に置いた。「どんな形をしているのかを当ててみない?」

 アイビーだった。

 蘇小雅は自分が撮った写真を出した。画面に映っているのは様式が黎英英の指輪に似ていて、よりシンプルな男性用の指輪だ。そのアイビーの形はくり抜かれたものではなく、滑らかな金属リングの表面に繊細に刻まれており、最終的に一カ所に集まった構造が一つ小さなペリドットが象嵌されている。

「アイビーの花言葉を知っているか?」

 蘇小雅はぼんやりと馮艾保を見上げた。彼が知っているのはバラが愛すること、ユリが純潔、カーネーションが母性愛、菊が葬式によく使われているぐらい、ごく一般的な花言葉しか知らない。この分野の知識については詳しく知らない。

 馮艾保は彼の反応に驚かず、優しく答えた。「アイビーの一般的な花言葉は『友情』、『結婚』、『ずっと一緒にいること』で、『忠誠』という意味もしている」

 蘇小雅は愚か者ではない。それどころか、彼は非常に賢く、一生懸命に努力している者だ。そして、融通の利かないタイプではなく、機転の利く者だ。

 馮艾保がこれ以上説明する必要がなく、蘇小雅は速やかにホワイトタワーにいた時、この年上のセンチネルが尋ねた質問を思い出した。その時、どうして馮艾保がオープニングダンスについて特に尋ねたのか、また、そのことをしつこくこだわっていたのを疑問に思っていた。そして、ちょうどその時に陳雅曼がおかしくなり、最後に急死してしまった。

「つまり、簡正は黎英英と付き合っていたということですか?彼らはホワイトタワーを出た後、結婚を予定していたので、貯金して積極的に投資していたのですか?」蘇小雅は信じられずに息を呑んだ。「何を根拠に言っていますか?たとえ彼らがペアリングのようなアクセサリーを持っていたとしても、オープニングダンスを一緒に踊ったとしても、外でドレスを買ってきたとしても、あなたの推論を証明することはできませんね?こんな偶然が万が一、確かに起こる可能性が存在しているでしょう?」

 故意にあら探しをしたわけではなく、蘇小雅は今日何回も衝撃的な教訓を受けたので、性格がもともと慎重な彼は軽々しく判断をしたくなかった。

「これは私たちが明らかにしたいことだ。しかし、私の推論を裏付ける証拠がいくつかある。聞いてみないか?」馮艾保は身をかがめて若いガイドの肩を叩いて、蘇小雅が少し混乱になった気持ちを落ち着かせた。

「まず、黎英英の部屋と簡正の部屋にはそれぞれ窓が一つあることに気づいていたか。形はまったく似ているわけではないが、両方の窓枠の模様は同じくアイビーだ。さらに、簡正の机の上にはアイビーの盆栽もある」

「部屋に窓があるのはおかしいことではないでしょう?」蘇小雅は思わず眉をひそめ、リビングルームの大きな窓の方向を見た。

 馮艾保はすぐに笑い出した。「眉ちゃん、ホワイトタワーの外観をよく見ていないか?」

 ホワイトタワーの外観?蘇小雅は疑わしく思って首を傾げ、頭の中でホワイトタワーに関する記憶を掘り起こし始めた。ホワイトタワーを間近で見ることは今日が初めてだ。彼の住まいはホワイトタワーから引ける対角線上にある。いつも遠くからそのそびえ立つ姿を見ているだけ。ホワイトタワーは昼夜問わず、微かにハレーションを出していて、とても目立っている。

「よく思い出してください。ホワイトタワーの外壁には入口ゲート以外に、窓を見たことがあるのか?」馮艾保の順を追った巧みな指導によって、蘇小雅の記憶は瞬時に鮮明になった。

 いいえ、ホワイトタワーの外観は真っ白な壁で、キズも色も一切ない。もちろん窓なんかもない。

「ということで……その二人は自分の部屋に偽の窓を設置したんですか?」馮艾保が頷いたのを見て、蘇小雅はさらに困惑した。「何のために?窓があるとしても、それは何を意味しているのですか?」

「『何のために?』という質問に私は答えられない。それを知っている二人は共に亡くなった。しかし、私は陳雅曼とレンの部屋を見に行った。彼らの部屋にはそのような装飾がない。部屋にそのような窓の装飾がある学生の部屋を撮影してくれることをすでに金炳輝に依頼した。数日以内に情報が届くはずだ」

「これで大丈夫ですか?彼を信頼していいですか?」蘇小雅はやや納得できないようだった。

「金炳輝と親交がない。昔、学生時代に不愉快なことを起こしたこともある。しかし、彼はホワイトタワーの教官であり、軍隊においても重視され、尊敬されているので、信頼性と忠誠性には問題がないと思う。もちろん、それは通常の犯罪現場には適していないやり方だが、ホワイトタワーは例外だ」馮艾保は金炳輝のことを言及する度、まるで金炳輝のセンチネルフェロモンをまた嗅いだかのように鼻にしわを寄せていた。

「なるほど……」蘇小雅は馮艾保の言ったことが真実かどうか判断できないが、彼は案件のことについて自分を欺くことがないと思い、しぶしぶと彼の言葉を受け入れた。

「ここではまず簡正と黎英英が恋人同士であると仮定しよう。だから、彼らはオープニングダンスを踊ることに固執していた。それは、ホワイトタワーでの生活に完璧な終止符を打ちたいはずだった。そして、彼らがもう恋人同士である事実を隠さなくていいことにわくわくしていただろう」馮艾保はすでに最後の缶ビールを飲み終えた。その顔がほろ酔い気分で赤くなり、彼は目を細めて鼻で笑っていた。

「そこで問題は、彼らがどうやってドレスを手に入れたのかということです。すでに出来上がった標準的なドレスを持っていたのに、なぜ突然中古のドレスを購入したのでしょうか?」蘇小雅は悩んで頭をかき、いつもの冷たい無表情が完全に消えた。「なぜこの事件は謎に満ちているのですか?あまりにも複雑すぎるではありませんか?陳雅曼はどのようにして死んだのでしょうか?まさか自分のせいで二人の同級生を死なせたと思い、罪悪感で自殺したのではないでしょうか?」

 このような推測をするのも合理的だと言える。陳雅曼は黎英英の服が洗剤の匂いをしていたので、故意にシーリングライトを明るくしたと言ったから。そのライトは舞台用のランプで、熱が伴うものだ。確かに薬剤の揮発をある程度促す効果がある。

 空気中の洗剤の濃度は若干上がっていただけかもしれない。それは一般人にとっては差し迫った脅威ではないが、敏感なセンチネルにとって、ダメージはより深刻になるだろう。ただ、その服に防腐剤が残留していたことはおそらく彼女も予想していなかったはずだった。両者が混ざり合って猛毒になり、将来有望な二人のセンチネルを毒殺してしまったのだ。

「つまり、陳雅曼は二人が付き合っていることを知っていたから、嫉妬や嫌悪感からそんなことをしたのですか?」蘇小雅は別の仮説を立てたが、馮艾保が返答する前に、自分の考えを覆した。「もしそうであれば、自殺する理由は何でしょうか?それに、厳密に言えば、簡正と黎英英の死は事故死ですよね?誰もドレスに防腐剤が入っていることなんかを知るわけないでしょう!」

 センチネルはソファにのんびりと足を組んで座り、干しあんずを載せた皿を膝の上に置いた。彼はあれこれ選んでから、一つの干しあんずを持ち上げ、口に入れてその三分の一を噛みちぎり、ゆっくりと噛んでいた。その目の中に笑いが宿っていて、目の前にくるりと仮説を立てたり、仮説を覆したりし続けて、忙しい若いガイドを見ていた。

 蘇小雅のブレーンストームがあまりにも激しいゆえ、精神力さえざわつき始めて、彼のスピリットアニマル、即ち紺という名のロシアンブルーが突然飛び出し、長い尻尾を振りながら本体に向かって、ニャーニャーと絶え間なく鳴いた。

 馮艾保は干しあんずの皿を取り上げて膝を解放し、紺に手招きして、自分の膝を軽く叩いた。彼が何をしようとしているのかは言うまでもない。

 ロシアンブルーは彼を見て、すぐには飛び込まず、誇らしげに毛深い顔を上げ、オッドアイでセンチネルを睨み、前足を下ろして体を伸ばした。

 センチネルも急いでいなかった。自宅の広々としたリビングルームでランウェイを歩くように、あちこちスリスリしたり、歩いたりするロシアンブルーを微笑んで見ていた。猫の小さな目も馮艾保から一刻を離れず、じっとこの誠意のない奴は何時まで態度を正しくするのかを観察していた。

「紺に目配せし合うのをやめてください。あなたの考えを明確に説明してください!」蘇小雅は一人で口がカラカラに乾くほど話を続けてきたが、振り返ったら、自分のスピリットアニマルは馮艾保、この半分酔っている嫌な奴を誘惑しているのを見て、心の中の怒りがこみ上げてきた。

 それと同時にそのロシアンブルーは、青いベルベットの稲妻のように馮艾保の膝の上に飛び上がり、ごく自然で体を丸くして、尻尾を男の腕に巻きつけた。

 この世に自分を人に送り届けて、撫でてもらう猫はいるのだろうか?しかも普通の猫ではなく、スピリットアニマルだよ!蘇小雅は、自分がそのような恥ずかしいことをする者だとは思えなかった!

 猫を撫でられたうえ、馮艾保は職業倫理に従い、蘇小雅の怒りが爆発する前に話を始めた。「今の私たちにとって、幾つかの疑問を解決しなければならない。一つ目の疑問は、そのドレスはどうやって入手できたのか?もしそれが古着屋からのものであれば、誰が買ってくれたのか?そして、なぜその店を選んだのか?」

「三つの疑問があるのは明らかだね。一つ目とは……」蘇小雅は出口のない怒りを抱えて、口をすぼめてプンプンと突っ込んだ。

「二つ目は、簡正と黎英英が付き合っているという事実は他の人に知られていたのか?それは彼らの死とは何かがの関係があるのか?」馮艾保は蘇小雅のつぶやきを聞いていないふりをして、紺の柔らかい毛皮を撫でながら言い続けた。「三つ目は、陳雅曼は簡正と黎英英を殺害した犯人なのか?もしそうであれば、なぜ彼女は自殺したのか?もし、そうでないなら、彼女が死んだ原因は何なのか?」

 今度、馮艾保が事件のすべての疑点を明確に説明した。どうして馮艾保が簡正と黎英英が付き合っていたことを確定できるのか?その他の細かな疑点はさておき、それまで入手できた証拠は十分でないと蘇小雅が思った。

「何か付け加えることあるか?」馮艾保はニコニコして尋ねた。

 蘇小雅は何も言わずに彼を睨みつけ、俯いて撮影した証拠物の写真をめくっていた。確認をしていた時、ある日記帳が目に入って、彼の指も突然止まった。

 日記……ホワイトタワーにいるセンチネル全員には日記を記す習慣がある……その瞬間、いくつかの疑問が一気に解決された。

 蘇小雅は目を丸くして息を軽く呑んで、激怒して猫をのんびり撫でている馮艾保を見上げた。彼は生まれて初めて怒り狂って叫んだ。「ふざけんじゃねえ!あなたが日記読んだでしょう!ですから二人が付き合っていて、ドレスは『誰がそれらの衣服を買ってくれた』と言い切れましたよね!紺!彼を噛んで!」

「紺」の中国語の発音は「幹(ガン=クソを意味する)」と同じ、蘇小雅の目下の気持ちで使うにはびっぱりだ。

 しかし「紺」と名付けられた猫ちゃんは自分の前足を舐めながら、本体を直視することもせず、敵の太ももの上に寝そべっていた。

「クソ!」蘇小雅はついに下品で乱暴な言葉を吐いた。

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