8 傍目八目

「例えば、Rodneyは部長が社長の機嫌をとるために、いい気になって別々のバージョンの動画を要求してくると愚痴ってきましたよね。でも、Rodneyは部長の要求を満たすために、私に音声の再生速度によって動画を何種類か作れと命令しました。結局無駄でしたけど」

 蘇小卉の話を聞いて、黄佑恩はまるで針のむしろに座っているようで、一言もしゃべることができなかった。蘇小卉は黄佑恩の反応のことなどお構いなしにどんどん話を続ける。「Rodneyは部長が上役に罵倒されたのに、すぐにコロッと態度を変えて、部下に責任をなすりつけたと愚痴りました。でも、前回、私が見せたことがあるデザインについて部長に叱られたとき、Rodneyも私に責任をなすりつけましたよね」

「部長がRodneyにたくさんの仕事を押し付けたとき、Rodneyに仕事時間の管理は自分でやれと言われて不満たらたらだったにもかかわらず、私にほとんど同じことを言ったんですよ。Rodneyは部長がSkypeの開封確認をオンにするように要求することは個人の自由の侵害だと憤慨していましたけど、私に仕事終わった後もLINEをチェックするように要求して、その上他の社員との会話も許さなかったですよね……」

 話題は李亞駿の話に移った。黄佑恩はまるで尻に棘が刺さったように前のめりになってイライラした口調で言った。

「これは同じことじゃないだろ?俺はただ……君に用事があるとき……」黄佑恩の言葉はそこで止まり、突然どうすればいいかわからなくなった。

 安心感が必要だと言うべきだったのか?これなら謝旻娜が開封確認をオンにするのを要求する理由とあまり変わらない。ましてや李亞駿のことになったら──そうだったのか!黄佑恩は気が付いた。自分はただ嫉妬していただけだった。そしてあんなことを要求してしまったあと、黄佑恩はすぐそのことを後悔した。

「Rodney、気持ちはわかります。でも、私はただ、あなたがいい人だと思ったから、いい上司になれると思ったから、直接にお話しました。どうか悪く思わないでください」蘇小卉のフォローがさらに黄佑恩を気まずくさせて、かえって情けない気持ちになった。

 黄佑恩は全身から火が出そうだった。それが怒り、または羞恥心によるものかはわからない。これが『お利口従順型』の部下なのか?なぜちっとも言うことを聞かなくなった?彼の脳内はこれで埋め尽くされていた。

「教えてくれないか。君は俺の何を理解している?」黄佑恩は沈んだ口調で尋ねた。

「立場が変わると、頭がぼんやりして視野が狭くなることはわかります。人が一番分かっていないことはいつも自分のことです。自分の行動を正当化して、自分はあの嫌な奴とは違うと思い込むんです。だけど実際は、自分の立場から抜けて傍観者になってみるとよくわかりますよ」

 このような話は昔からよく言われることだ。だが、誰も自分の状態と照らし合わせることが好きじゃない。

「君はレンタル期間がもうすぐ終わると思ったから、こんなことを言ったのか?」黄佑恩は箸を置くとき力が入ってしまい、皿の上で大きな音がした。

「それがそうだとしても、私もこのようなお話をする義務はありません。レンタル部下になるために来たのに、耐えるだけで済む話をしてお客様を怒らせる必要があります?そんなことをしたら私が上から怒られるじゃないですか?Rodney、信じてください。あなたのために言っているんです」蘇小卉は少しウルウルした目で黄佑恩を見つめた。その目は懇願の気持ちが込められていた。

「君がわかってない」黄佑恩は大声で言った。「全然わかってないんだよ!」彼はまたもう一回言った。

 激しく怒った後、言葉に勢いを失った。

「わかってないんだよ。俺のやっていることの裏にどんだけ辛いことがあるか、わかるか?君はただ……自分の尺度で物を見ているだけだ」

「そう思っていません。Rodneyが気づいていないだけだと思ったんです」蘇小卉はお構いなしに尚も話し続けた。

「それは君の独りよがりだ!全くわかってないんだよ、俺は……」黄佑恩は急に言葉に詰まった後、頭に血が登ったままさっさと立ち上がってレストランを出て行った。

 立ち去る前、黄佑恩は蘇小卉の顔を見向きもしなかった。


 黄佑恩は一晩中ずっとそのことを考えていた。

 蘇小卉は何もわかっていない。俺がどれだけストレスをためているか、俺の気持ちも知らないで、感情も絡みも、全部彼女のためなのに……

 黄佑恩は考えれば考えるほど憤り、蘇小卉が主人に噛み付く飼い犬で、人の心をわからない奴と思うようになった。 そんなことを考えながら眠りにつくのだが、夢の中で誰かが「それは違うんだ」とぶつぶつ言い続けた。

 お前の感情は、李亞駿への嫉妬からだけではない。

 立場を置き換えれば、小卉の言うことがわかるだろう。

 お前は謝旻娜の男性バージョンだ。どこが違うというんだ……

「黙れ!」黄佑恩は叫び声を上げた。夢から一瞬にして覚め、どうしようもない息苦しさを覚えた。

 また長くて、長い夜だった。


 蘇小卉のレンタル期間は残り一週間になったが、黄佑恩はまだ彼女と冷戦中だ。

 これじゃダメだ。彼は毎日自分にそう言い聞かせていた。せっかくの出会いを無駄になるように、二人はこのままレンタル終了を迎えていいのか?

 しかし、率先して打開しようとするたびに、まるで首を絞めつけられるように、一言も言葉を発することができなかった。一人でランチに行くとき、蘇小卉の目が自分を追っているのを感じたようだったが……彼は自分にお前がバカかと言い聞かせ、努めて冷静になろうとしていた。あんなに嫌な会話をしたというのに、どうして仲直りを期待してしまうのだろう?

 しかし、夢の中の声は日に日に大きくなり、一睡もできないほど耳障りになり、自分の内面と向き合わなければならなくなった。

 黄佑恩はもう耐えられなかった。 蘇小卉との関係を修復したいと思うようになったのだ。

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