第13話 最後の嘘と嬉しい計画外の連続

「は、はははは……」


 魔王に斬られ、俺は胸から腹にかけて大きく傷を負った。

 大量の血が舞い、その場に倒れる。


 その時見た魔王の顔は、狼狽えていた。

 そりゃそうだ。口裏合わせた計画通り、完璧なハイドで気配も消して透明になった俺が、バレずにアーサーの足をひっかけて体制を崩したのに、トドメの一撃を止められたのだから。


 しかし、ヤバいな。

 思ったより傷が深い。出血も酷い。もはや痛みも感じていない。


 そんな俺を、アーサーが驚きを隠せず見下ろした。


「行け……よ……アーサー……とっとと、倒せ……勇者だろ?」


 最後に背中を押した。アーサーも魔王が動揺している隙を見てか、すぐさま剣を拾い一気に攻勢に転じた。


 魔王がドンドン押されている。

 その間、俺は瞼を閉じると、これまでのことを思い返していた。


 魔王に取り入るため、わざと勇者パーティーを抜けたこと。

 金を使って騎士団も、レオンやエレナさえ弱体化させたこと。

 傭兵を貢物にして戦力を増強し、勇者パーティーとアインヘルムに詳しい俺が策だって授けたこと。

 最後にアーサーの足を引っかけてやったこと。


 だが俺はその、いつだって疑わないことがあった。

 たとえ俺がなにをしようとも、魔王がどれだけ強かろうとも、アインヘルム自体が弱体化したとしても、勇者アーサーが負けるはずはないと。


 アーサーには『勝てない』。

 勇者パーティーにいる時から、それだけは疑わなかった。


 今、俺が転ばせても、剣が弾かれても、なにかしらの方法で防御しただろう。

 斬られたとしても、自前の回復魔法で治したろう。


 元より勝つなんて考えちゃいない。

 だって、勇者だろう? 勇者は悪を倒して世界を救うものだ。

 そこらの盗人が悪知恵働かせて、魔物の力を得て、どうにかなるはずもない。


「グハッ……」


 ほれ見ろ、魔王に一撃与えたぞ。続けざまに何度も斬りつけている。

 魔王も負けじと斬り返している。

 追い込まれた魔王は勇者を噛みちぎるほど必死になってる。


 そうさ、これが見たかった。

 あんな力のある奴らが、俺の手のひらでバカ踊りするところを。


 俺じゃ、どう転んでもあんな化け物どもに勝てない。

 そして魔王は勇者に勝てない。


 だからあれこれ手を貸してタイマンにしてやった。ある程度互角になるように。


 アーサーも魔王もボロボロだ。

 あの威張り散らしてた勇者もやられかけて必死になってる。


 ザマァ見ろ。俺はそうやって生きてきたんだよ。

 お前と違ってな。


 しかし、やはり勇者アーサーの勝ちだ。


 読み通りとはいえ……ちょっとばかり無謀だったか。流石に意識が遠くなっていく。


 やがて闇が意識を包んだ。最後まで見ていたかったが、ここまでか。







 ――ねぇ、ライアは大人になった時の、目標ってある?


 懐かしい声がする。いつか聞いた、孤児院でのやり取りだ。


 ――俺か? 目標かー。あるけど、もっとカッコいいのないかな……そうだ! 計画ならある!


 ――けいか、く? ライアって、たまに難しい言葉使うよね。


 ――そーか? じゃあ夢は誰よりも強くなってやることだ! そして自由に羽ばたくんだ!


 始まりの声がする。まだ無知だった俺の、最初の夢だ。

 強くなるなど、とても難しいのに。


 ――羽ばたく? 鳥になっちゃうの? 遠くへ飛んで行っちゃうの? そしたら、私達会えなくなっちゃうよ。


 昔から心配性だったなぁ。悲観的で、内気で弱くて――それでも、大好きだった。


 だから……ええと、俺はあの時なんて言ったかな。

 行かないでって泣きそうなシエルに、俺はなにを言えたかな。



 ――心配するなよ! 鳥だってずっと飛んでられないんだぜ? だから巣を作るんだ! そこにいつか帰ってくるためにな! だから、お前は俺の巣になってくれよ! ずっと飛んでたら、翼も傷ついちゃうだろうしな! 治してくれ!



 ああそうだ。思えばあの時から、治してくれって頼んでたな。


 孤児院がなくなって、子供二人で必至に生きてた時も、勇者パーティーに入ってからも。


「……ア! …イア!」


 懐かしい声がする。いや、もう聞き馴染んだ声だ。

 この闇の中、一筋の光となって、俺に届いた。



「ライア!! しっかりして!! ライア!!」


 目が覚めた。

 倒れたままだし傷もそのままだが、涙を零してシエルが必至に呼びかけてくれている。


 おかげで、闇に飲み込まれて消えずに済んだ。

 朧な視界でアーサーと魔王たちのいた方を見ると、丁度魔王が倒れていた。


 まだ息はあるようだが、アーサーが魔法で動きを封じると、こちらへ駆けつけてきた。


 姑息な盗人へ傲慢な勇者が見下ろしている。


「さっき魔王が言ってたが、なんでもテメェ、奴らの味方してたらしいな」

「そう……だな……」

「妙だとは思ってた。無能の極みだった魔物が軍なんて作るのも、こんな手の込んだ作戦考えるのもな。テメェの差し金か?」

「そうだが……すべては……あの一瞬のためだ。魔王を前に、お前は油断するだろうからな……どっかでミスると思ってた。それから守って、お前が勝つために……」


 最後にたっぷりの嘘をつく。

 アーサーは見破るか、否か。見破れなかったとして、俺をどうするか。


 最後の最後は運任せのつもりだったが、シエルがアーサーへ懇願した。


「お願いアーサー! ライアを許してあげて! それから、私にライアを治す許可を……!」


 アーサーはしばし考えると、深いため息と共に口にした。


「治してやれ」


 パァッと、シエルの顔が明るくなる。すぐに回復魔法をかけ始めた。


「ハハ、ハ……上級クラスの回復魔法じゃないか。よく身に着けたな」

「ライアがいない分、私が頑張らないとって、必至だったから」

「流石は、俺の友達だ」


 あっという間に傷が塞がっていく。

 出血したはずの血液も、身体の中に戻っていった。


 シエルに礼を言うと、立ち上がり、アーサーと向き合う。

 気に食わなさそうな顔をしていたが、「フン!」とそっぽを向いた。


「どうやらテメェのこと誤解してたみてぇだな。結構根性あるじゃねぇか。少しは見直してやるよ」


 アーサーが他人を褒めるなど、気でも狂ったのかと思ってしまう。

 だが、どうやら俺の嘘は通じたようだ。


「残念だが、まだお前は俺のことを誤解してるぜ?」

「なに?」


 真実を知るシエルと目を合わせた。コクリと頷いたので、俺も深い息を吐く。


 今度こそ別れの時だ。


「俺は盗人だ……バーグラライズ」


 唱えると、アーサーは瞬時に防御の姿勢を取った。

 流石は勇者、威張り散らすだけじゃない。盗人の最上級スキルも知っていた。


 だが、俺が盗むのはアーサーからではない。シエルでもない。


「お前だよ、魔王」


 勇者アーサーを信じていたように、魔王もまた信じていた。

 そう簡単にくたばってくれる奴じゃないと。


 たとえアーサーがめった刺しにしようと、あらゆる魔法で攻撃しようと、そんな簡単に死ぬものか。

 それもまた、疑っていなかった。


「貴様……! なにをする気だ……!」

「なにって、言ったろ? 俺は盗人だ。盗むんだよ――アンタの魔力を」

「貴様ぁ!」


 魔王はアーサーのかけた魔法で動けない。

 同じくアーサーの攻撃で、この状態で反撃などできない。


 だから盗める。闇の魔力を。

 バーグラライズで盗んでしまえば、闇なんてものは関係なく、俺の魔力となる。


 これこそが俺の真の計画だ。弱い盗人の描いた、圧倒的な力を得るための、嘘と金で敷き詰められた計画――いや、夢だった!


 まだ夢の途中だが……魔王というだけはある。多少は闇が俺の身体に干渉した。


「背中がっ……うおっ! まさか!」


 魔王の魔力が身体の中で弾けると、背中から黒い翼が生えた。

 誰よりもこれを驚いているのは、俺だ。


 孤児院での約束が、こんな形で叶うとは! こればかりは計算外だ!


 羽ばたくと、宙へ舞い上がれた。

 これなら飛べる。どこまでも、自由に力強く、どこまでも――!


「シエル! こんなのが生えたが……さっきの話は、守るからな」


 そうして飛び上がっていく。

 アーサーは地上から魔法を放つが、鳥に向かって石を投げても当たらないように、俺にもまた当たらない。


「テメェ!! 俺を騙しやがったのか!!」

「ああそうだよ! 最後の最後まで騙されてくれたな!! 勇者様よぉ!!」

「この俺が……! 勇者のこの俺が!! 盗人のライア如きに出し抜かれたってのか!? ふざけんじゃねぇ!! 戻ってきやがれ!!」

「いつかはお前の力だって盗みにいってやる!! それまで大人しく待ってるんだな!! ハハハ! ハァッーハッハッハッハッハ!!」



 高笑いを上げ、眼下に悔しがるアーサーとシエルを見ながら、俺は飛んでいく。


 翼が生えたのは僥倖だ。


 魔王の魔力でアーサーから逃げるのも、ここからの移動の過程もすっ飛ばせた。


 最後にやることは、あの大人たちにできなかったことだ。

 国王にも、アインヘルムという国にもできなかったこと。

 それが終われば、夢も覚める。長い嘘と反逆の夢が。


 しかし、なにはともあれだ。最後の最後に、なによりも計算外なことに、


「勝ったぞ!! 勝てないと思ってたアーサーに勝った!!」


 高笑いを上げながらの空は、どこまでも晴れ渡っていた。

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