第25話 使者の目的

カイルヴィス = 第12話にて少し出てきた発明家です。


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 カイルヴィス。それはエルナルフィアの時代に生きた、発明の天才だった。


 彼は今日まで伝わる様々な古代遺物を作り上げたが、奇妙な人間だったとエルナルフィアとしての記憶がささやいていた。カイルヴィスは銀髪で、いつも髪の毛をくしゃくしゃにしていて、いつもへらへらと笑っていた。ヴァイドはエルナルフィアをからかうような口ぶりをすることが多かったが、カイルヴィスという男もそういった意味ではヴァイドと変わらないような気もしていた。


 カイルヴィスは古代遺物を作る合間にエルナルフィアのもとにやってきては煙に巻くような言葉を吐き、こちらが怒って追い返すという毎日で、意味がわからない男だと思いながらも、エルナはカイルヴィスのことが嫌いではなかった。そして、その彼の行動がすべてはエルナルフィアを寂しがらせないようにと、不器用に思ってのことだと理解したのはエルナとして生まれ変わってから。ある日、はたと気がついた。


 エルナルフィアだった頃は、たくさんの知識を持っていたはずなのになぜだか気づけないことが多かった。


『えへへ、うっかりしちゃった!』


 へらりとした明るい声が、今もエルナの耳に響いた。長い袖をぱたぱたと振ってカイルヴィスは大きな木の下で嬉しそうに笑っている。きらきらと光るガラスの花の中で。

 笑っている。





「私はマールズ国の外交を担当させていただいております、カイル・ズーミエと申します。クロスガルド王にはこの度はお忙しい中にもかかわらずお時間をいただき、その寛大なお心に感謝を申し上げます」

「いやこちらも随分待たせてしまった。何分、準備が多くてなあ」


 エルナははっと目を見開いた。

 膨大な記憶の渦の中に呑み込まれていたようだ。クロスガルドという呼び名は、他国でのクロスの呼び名である。そうだ、クロスはもうヴァイドではないように、エルナもエルナルフィアではない。未だに竜としての記憶を引きずり、エルナは自分が人間であることをふとしたときに忘れてしまいそうになってしまう。


(私には、二本の足がある……)


 尻尾も、翼もない。けれどもしっかりとこの場に立っている。ふう、と息を吐き出す。大丈夫だ。


 先程よりもずっと冷静に、エルナは使者の男を観察した。カイルヴィスとよく似た姿のその男――カイルといったか。やはり見れば見るほどに、男の容姿はカイルヴィスに酷似している。しかし、カイルヴィスは死んだ。発明の天才といわれ朗らかで、おっとりとして、けれどもお調子者のその男は誰よりも早く死んでしまったと記憶している。それでも壮年から少し越える程度の年であったはずだ。今、エルナの目の前にいる男はクロスよりも幾分か年上程度の、二十歳そこそこの若々しい男だ。


 姿が似ている程度なら長い人生の中だ。いくらでも出会う可能性はあるだろう。が、問題は外見だけではない。男の中身はカイルヴィスと同じだ。つまりだ。彼は、カイルヴィスの生まれ変わりだ。


 なぜわかるのかと問われても、エルナにはわかるからとしか言いようがない。クロスと初めて出会ったときと同じ、ぐんと魂同士が近づきあうような、どうしようもない懐かしさに胸の内が襲われた。エルナは唐突に苦しくなって、眦を震わせながら胸元を強く掴んだ。


「そちらもわざわざ遠いところからご苦労であったな。先触れを忘れてしまうほどに急いでいたようだが」

「申し訳ございません。一刻も早くクロスガルド王にお会いしたい気持ちでこの胸がいっぱいとなっておりまして」


 そうこうしている間にも、にこにこと笑い合うように会談が進む。和やかな声の調子とは正反対に、謁見の場の空気はひどく重苦しい。

 クロスは彼がカイルヴィスであることに気づいていないのだろうか?


「そうかそうか。俺もこうして貴殿と会うことができ嬉しく感じる」


 そう言ってカイルを見下ろすクロスの眼差しを見て、まるでまったく知らない男のように感じた。いや、あれがウィズレイン王国の国王としてのクロスの顔なのだろう。


(……ああ、そっか)


 クロスは、使者がカイルヴィスの生まれ変わりであることを理解している。

 わかりながらも、知らぬふりをして国王として正しくこの場にいる。……エルナと出会ったときもそうしたように。クロスとは、そういう男だ。

 ならばとエルナも改めて背筋を伸ばし、自身の目的を思い出した。エルナがこの場にいる理由は、使者の目的を探らんがため。


 こちらがカイルヴィスの生まれ変わりであるとわかるということは、向こうもそうなのだろうか? とエルナはよくよく男を観察した。未だに本題に入ることなく談笑を続ける彼ら二人を見比べたところ、クロスとは違い、カイルは本当にわかっていない(、、、、、、、)ように見える。


 クロスもカイルの真意を探るために中身のない会話を続けているのだろう。

 本来なら使者を苛立たせるための言葉ですらも、カイルはゆったりとした笑みとともにすべてを受け流している。そろそろ頃合いだった。


「さて」


 それほど大きな声を出したわけではないはずなのに、クロスの通りのよい声が、しんとするほどにその場に重たく響く。ぴり、と一瞬にして空気と、人々の表情が変わる。エルナも知らずに指の先に力が入った。


「話を聞く限り、貴殿やマールズ国が分別のない行動をするとはどうにも思えんな。なぜ、こうまで急ぎこの場に来たのか。その理由を伺いたい」


 ――ついに。


 エルナたちはただ固唾を呑み、使者からの返答を待った。この場にいるだけでも腹の中がひきつれてしまいそうな緊張感だ。一体何を言い出すのか。


(……え?)


 そのとき、使者――カイルは笑った。


 ただそれは一瞬のことで、もしかすると自身の気の所為やもしれないとエルナが思うほどに、小さな笑みだ。次にカイルが顔を上げたときには相変わらず長い前髪に瞳の大半が隠れてしまった。


「ええ、もちろんお伝えいたしますとも!」


 口上は朗らかではあったが、カイルが次に発する言葉は、誰もが予想だにしない言葉でもあった。


「実はですね……。我がマールズ国に新たな鉱山が見つかってしまったのですよ」


 おそらく、その場にいる者の大半が拍子抜けしたような気にさえなっただろう。クロスでさえ、「……鉱山、か?」と眉をひそめている。


「まさかその、鉱山から排出される石の流通経路の確保のために来たとでも言うつもりか?」

「鉱山が見つかったのは、マールズ国、そして貴国のウィズレイン王国との国境の境目なのです」


 即座にまた空気が変わる。玉座に肘掛けに肘をつきながら、「それはそれは」とクロスは苦笑するように言葉を紡いだ。


「……随分と、貴国の方々は正直者なのだな?」

「ウィズレイン王国の方々には伏せ我が国のみで採掘を行うという意見も、もちろんありました。否定は致しません。しかし、場所が場所です。国境の境目となると我が国のみに所有権があるとは主張しきれません。マールズ国はご存知の通り、ただの小国。力を持って争うより、平和的な解決を我々は望んでおります」

「境目とは、ヴィドラスト山か」

「おっしゃる通りです」


 それはエルナルフィアの時代から存在する山の名前だ。多くの精霊が住まい、足を踏み入れたものは迷い帰されると言い伝えられているため、麓の人間でさえ滅多なことでは近寄らない。だからこそウィズレイン王国の一部が帝国に吸収された際、マールズ地域で留まったのだろうとも想像できた。


 エルナすらも知らぬ間に精霊術は日夜進歩している。誰もが近づくことができなかった場所にも人は陣地を広げつつある。

 精霊に対して無理に門戸を叩いているのならばともかく、そうでないのならば特にエルナにとって感傷はない。

 きっと、それも時代の流れの一つなのだろう。


「そして、この鉱山は、《竜の鱗》を産出します」

「《竜の鱗》か……。そうか、なるほど。だから貴殿をよこしたか」

「はい。武力ともなりえる鱗を集めることで、火種からいらぬ争いを起こしたくはありません」


 竜の鱗、とささめくような声がちらほらと聞こえる。それは今現在、クロスの胸に下げられているエルナルフィアの鱗を指す言葉ではなく、鉱石の名称だ。ウィズレイン王国でも流通している鉱石だが希少であるため数が少なく、また観賞用以外にも強力な魔術の媒体ともなり得てしまう。


「我が国は竜を信仰します。竜が争いの火種となることは、あってはならないことです」


 はっきりと、カイルはクロスを見上げ告げた。


「事情は理解した」とクロスは自身の顎をくすぐりながら、少しだけつまらなそうな顔をしていた。


「そちらからの伝言は、まさかそれだけか?」

「いいえ。こちらの鉱山の採掘はマールズ国、ウィズレイン王国での共同の事業とすることを提案します。配分については、七対三、もちろん、我らの取り分は少なくて結構です」


 今度こそ、ざわりと大きく波立つ。国の重鎮たちが互いに顔を寄せ合い、口々に眉をひそめ話し合っている。クロスもエルナたちと同じ気持ちだろう。


「……それはあまりにも破格な話だな」

「ただし、採掘の際には優秀な精霊術師の力が必要となります。我が国は、何分いつでも人材不足ですから……。ぜひ、お力をお借りできましたらと」

「とても魅力的な提案だ。だがあまりにも魅力的すぎて、この場での返答を行うことはできん。しばし時間が必要だ」

「よき判断をくだされることを祈っております」


 カイルはゆっくりと会釈した。次に顔を上げたとき、にこりと笑ったように思えた。そのとき――たしかにエルナは、カイルと静かに目が合うのを感じた。


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