第20話 花咲く物語
瞳を閉じると、その日の空の青さをいつも思い出してしまう。
「いい? いつもエルナは一人でなんでもしがちだけれど、人は一人じゃないのよ? 何か心配事があったら、ちゃーんと他の人にも声をかけなさいよ?」
「俺は助かったけどな。ほら、証印を落としたとき。上から降って来たのにはびびったけど、知らなかったらもう泣いてちびってたかもしれない」
「下品! 下品! 馬鹿下品! 証印を落とすような馬鹿、私はこの馬鹿で見るのは初めてよお馬鹿!」
「今何回馬鹿って言ったの!? お、俺という幼なじみを罵りすぎではないの!?」
「限界に挑戦してみたのよ!」
ふんす、と怒るノマに、「そんなァ……」と情けなく眉を下げるのはノマの彼氏、もといそれ未満、ノマ曰くただの幼なじみである城の衛兵の灰色髪の青年だ。しかし、青年には隠してはいるが、ノマの胸元では彼からもらった指輪がこっそりと隠すように下げられていることをエルナは知っている。
嫁にはなると宣言をしたものの、さすがに王族を相手にいきなりの婚約者の発表という事態は難しく、今は根回しを行っている最中だ。
そして手持ち無沙汰となったエルナは、現在もメイド業を続けている。あれから、クロスは少しだけ変わったようにエルナは思う。それは自分よりもずっと先に進んでしまった人の背中を見つめるような気分で、エルナは手の中のカップを寂しく両手で温めた。
ノマの幼なじみが通りがかったのは、ついさっきのことだ。洗濯物をたくさんはためかせている隣で、たまにはこんなのもいいわよね、と使っていないテーブルを外に持ち出し持参した白いテーブルクロスをかぶせてお茶会をしていたのだ。
もちろん休憩の時間内のことであり、テーブルを使用することも、持ち込んだものについても、コモンワルドにも許可はとっている。
「ひーっ、うまそうだなぁ」とテーブルに載ったエルナ達の昼食に目を輝かせている彼の名前はジピーである。ようは、ノマは彼に素直になれないらしい。好きなら好きって言えばいいのにと思いつつも、エルナだってクロスに伝えるまでは苦しい気持ちを自分の中でいっぱいにしていたので、何も言えない。
「ふんっ……あげるとしても端くれだけよ。惨めに思うがいいわ……」
「くれるのか……そしてでかい端くれもあったもんだな……」
仕事ができる女であるはずなのに、ジピーのことになると途端に子供のようになるノマのことを、案外ジピーはお見通しなのかもしれない。「ありがとうな」と言いながら、もしゃり、と白く柔らかいパンにレタスや乾いた肉を挟んだ食事に、青年は目を輝かせた。
「あいっかわらずノマの料理は旨いよなあ!」
「あんたに作ったんじゃないわよ! エルナによ! エルナ、ほら、もりもりなさい! ぱくぱくよ!」
「は、はい。食べます食べます」
照れすぎて擬音語しか使えなくなっているノマを見ながら、慌ててエルナも手を伸ばした。そしたらなんということでしょう。パンなのに甘い。挟んでいるものはいちごのジャムだったが、そんなことはエルナにわかるわけがなく、幸せな味に、ただただテーブルに崩れ落ちた。食事なのに、甘いだなんて。
「こんなの罪……」
「ああ、俺もそっちも食べたいなぁ……」
「た、たくさんあるからちょっとくらい……なんて言うと思ったかしら!? 三回くるくるしたあとにワンと言ったら考えて上げてもいいわ!」
「えっ、全然いいけど」
「えっっっ」
はくり、はくりとうっとりと一口、二口と食べるエルナをよそに、状況は混乱に満ちていた。
「なんだっけ、回って犬のマネして土下座したらいい?」
「ひっ、さらに増えてる! 増えてる!」
「じゃあいきます」
「や、やめてー!」
もはや誰がさせて誰がしたいのかもわからない。となったとき、「ならば土下座のかわりに僕が願ってやるとしようか」と登場した少年を前にして、ぎゃあ! というノマとジピーの悲鳴が二つ重なった。
頬にパンを詰めたままエルナが振り返ると、明るい金の髪色の少年がにこりと笑っている。「で」「で」「で」「で」「で」「殿下!」「殿下ァ!」韻を踏むかのごとく二人で一緒に驚き続ける幼なじみカップルは本当に息がぴったりである。相対するフェリオル殿下はというと、少年らしく低い背でぐい、と胸をはり背中のマントをばさりと翻した。ごくん、と思わずエルナはパンを呑み込む。
「……別に、抜け出してはいないぞ。護衛は待機させている」と、わずかに表情を曇らせつつちらりとこちらを見ながら呟いた少年の台詞は、エルナからすれば前回出会ったことに対する気まずい言い訳のようにエルナには聞こえたが、ノマとジピーには別の意味合いのように聞こえたのだろう。
さらにかちんこちんになって二人は直立不動となり、「え、エルナ! 殿下がいらっしゃっているのよ、立たなきゃ、立ちなさい!」 ノマはあわあわとエルナに叫びながらなのに声を抑えつつという器用なことを行っている。けれども、もちろんフェリオル本人には丸聞こえだ。「そのままでよい。そう固くなるな」と、話す言葉は、以前出会ったときよりも随分畏まっていた。
特に意図があったわけではないが、じぃいと見つめるエルナの視線に、わずかばかりに頬を赤くしつつ、「けほん」とフェリオルはわざとらしく咳をする。
「ま、まあとにかく、ごほん。せっかくだ。僕も一ついただこうか。……と、いうわけでそこのお前。毒見をしてもいいぞ」
「えっ、はいっ、俺ですね、いただきます、いただきます、むしゃあ、むしゃあ! めっちゃ旨いです! 満腹です!」
「全部食べてどうすんのよこのばっかぁ!」
「アーッ! なんてこった俺ってば!」
ぼかぼかと殴るノマの拳を甘んじて受けつつ、ジピーはひんひん泣いていた。彼らは漫才でもしているのだろうか。
フェリオルからすればもともとジピーに食べさせる口実なので「気にするな」としか言いようがないのだが、唐突な王族の登場におののく二人をちらりと横目で見て、フェリオルはエルナの隣の椅子にするりと座る。そして、そっと囁くように伝えた。
「……エルナルフィア様。迷惑をおかけしたにもかかわらず、謝罪もせず、本当に申し訳なかった。本来ならばこういった口調ではなく改めたものにすべきだとは思うが、それはこの場でのあなたの本意ではないかと思ってな」
げほっ、と今度はエルナが咳き込んでしまいそうになる。
「そう……ですね。ノマ達もいるので」
「不愉快ならばすまない。正式な場を設けることができればいいのだが」
「別にいりませんよ」
したい者は好きにすればいいと思うが、別に誰彼と敬われたいわけではない。「ならば結構」とにまりと笑いながら見上げるフェリオルは、こうして見るとやはりクロスとよく似ている。
ノマ達は未だに互いに言い合いをしている様子で、それをフェリオルは面白げに目を向けつつ、エルナに話しかける。
「先日、“彼”から耳にして、とにかく驚いた」
話しぶりで言いたいことはなんとなくは理解できる。つまり彼とは、フェリオルの兄、クロスのことだ。「そうですか」という曖昧な返事は、クロスが外堀を埋めようとしていることをさらに実感してしまったからだ。こんなことにも勝手に照れて、口元を噛み締めてしまいたくなる。家族に着々と紹介されつつある。
「……別に、僕はこのことを知る前から、丁度いいタイミングさえあれば、あなたに会いたいと思っていたんだが、まだ、その、自分に自信が……」
本当ならもっと頼りがいのある存在になって、とごにょついたのは一瞬で、「そ、それでも来たのは、謝罪の他に礼を伝えたかった。……僕は、“彼”が妙なことをお考えでいらっしゃることを知っていた。僕からしてみればとんでもないことだけど、“彼”のことだ。きっと僕なんかには考えがつかないような理由があってのことなのだろう、と必死に、“彼”の眼鏡に適うようにと努力をしようとして、けれど、足りなくて」
苦しげな横顔を見つつ、エルナは思わず瞬いた。フェリオルは、知っていたのだ。いつか、兄がフェリオルに王位を譲ろうとしていたことを。そしてクロスが、一人きりで悩んでいたことを。
もちろん、クロスは王位を譲ろうとするのならば、誰でもよかったわけではない。ただ一人の弟であり、フェリオルを認めているからこそであるはずだが、そこはどうしても自分のことだと自信のなさが出てしまうのだろう。
「けれど、エルナが変えてくれたのだろう? 僕では届くことがなかった彼の悩みに、手を伸ばしてくれた。――本当に、ありがとう」
「…………」
花が咲くようにほころぶようなあどけない少年を見て、ただ息をするだけで返事をすることができなかったのは、こんなに愛らしいものが存在することに驚いたのだ。
そして、これが人なのだ。愛し、愛されて、日々を繋いでいく。エルナルフィアが愛した者達だ。
「よし、決めた!」と、唐突に手を打ち鳴らしたのはジピーである。どうやらノマと相談をし合っていたらしい。
「今現在、俺は昼休憩中であります! そこで馬よりに速く走り、食ってしまった材料を死ぬ気で集め上げ、責任を、取らせていただきます!」
「いやそこまで重く捉えなくていいんだが」
「いいえ殿下! こいつは犬にします! わんわんさせます! ゆけーっ! わんころーっ!」
「うう、わんわんわん!」
「本気の顔がちょっと怖いな」
と、冷静に伝えつつも、フェリオルはがくりと顔を下に向ける。どうしたのだろう、とその場の全員が訝しむと、次第に肩を震わせ始めた。そして、耐えきれなくなったとでもいうように大声で顔を上げて笑った。ノマとジピーはぱちぱちと瞬き呆気に取られると、「あ、あんたのせいよー!」「俺かなやっぱりー!」と相変わらずの大混乱で、なんとも賑やかな様子だ。
そんな彼らを見ていると、エルナは一つの光景を思い出した。
青い空は、どこまでも広がっている。ざあざあと聞こえる雨は黄色の花弁だ。
ケネスという、男がいた。彼はいつだってルルミーという女性に夢中で、二人は互いに意地を張り合っていた。ケネスには弟がいた。記憶にある姿は、丁度今のフェリオルと同じような背で、少年は立派な青年に育った。大勢の人々がいる。大樹の下で花が散る様を雨に見立ててエールをたっぷり入れたジャグを打ち鳴らし合い笑い声が響いている。大人も子供も、空を飛ぶエルナルフィアを見上げて力いっぱいに両手を振ってくれたのに。それなのに。
彼らはみんな消えてしまった。
届くこともない人である彼らの距離は、とにかく遠くて、歯がゆくて、求めても、求めても指の先にすらもかすることもなかった。空の上から見つめることしかできなかった。
けれど、今は違う。いつの間にか一緒に笑っているジピーにノマが怒って、フェリオルはいいじゃないかと宥めて、ばさばさと並べられた洗濯物のシーツが風の中で躍っている。エルナには、もう尻尾はない。翼もない。足はたったの二本だなんて、なんとも心細い。
何もかもが変わってしまったと嘆いた過去を思い出した。街や、城。そして国の形でさえも変化していると知ったときは驚くよりも寂しくて、なんのために自分は生まれ変わったのだろうとわからなくなるほどだった。しかし、違うのだ。
エルナは、何もわかってはいなかった。変わってしまったものがあれば、変わらないものがある。国があれば、そこには人が生まれ、存在する。消えてしまった彼らと同じ形で出会うことはできなくても、受け継がれるものはある。
笑い声が聞こえる度に苦しくて、エルナは胸元に手を当てた。強く、強く服を握りしめて、荒くなる息を抑え込む。唇を、噛みしめる。
そんなエルナを、誰かが見つめているような気もした。それは黒髪で、垂れ目で、背が高く人好きのする笑みをする男で、相変わらずにやにやしている。なんだお前、やっと気づいたのか、とでも言いたげに腰に下げた剣に手を当て、くるりとエルナに背を向けた。「まっ」
待ってと叫ぼうとして、手を伸ばした。
……けれども、掴むものはただの虚空だ。
「……そこまで言うのなら、せっかくだ。僕の部屋に届けてくれ。楽しみにしているが、あんまり急ぎすぎるなよ?」
「わっかりました! 俺がこの世で生を受けた時間の中で一番の速さを今ここに顕現させてみせます!」
「させてみせます!」
「お願いだ、僕の話を聞いてくれ」
任せてください! とまったく話を聞かずにジピーは思いっきり飛び出した。そしてノマもそれに続いた。ぽつねんと取り残されたフェリオルはなんだか寂しそうな背中のように見える。
「ま、まあいいんだけどな。そろそろ、僕も戻るとするか……」
くるりと踵を返してエルナに向かったフェリオルは、ちらりとエルナを見上げて、「その、邪魔をしたな。ええっと、その……」と、先程よりも子供らしい顔つきで困ったように微笑み、エルナに伝える。
「僕は、僕が望む王にはなれないと思う。でも、王の一番の配下になれるはずだから。いや、なってみせる。――義姉上と呼ぶ日を楽しみにしていますから」
それでは、と一人の小さな、けれども大きな少年は去っていく。ただ一人取り残されてしまったエルナだが、息を切らせながらどこどことノマが戻ってきた。
「げほっ、ごめ、ごめんなさい。エルナのことすっかり忘れてたわ……っ! まだお腹が減ってるわよね、げっほ、げほ、あの、食堂に、先に、行っておいてくれて、いいからね、こっちのことは、気にしないで、大丈夫、げっほ」
「ノマの方が心配なんだけど……でも、私も大丈夫。あんまりお腹は減ってなかったの」
「そう……? それならいいんだけど」
「あっ、でも、ちょっとあの子が消えちゃってて」
エルナが自分のエプロンのポケットを見せつつ伝えると、「いつも一緒にいるハムスターが? やだ、大変じゃない。しっ、心配だわ!」「それこそ大丈夫。賢い子だから。でも探しに行かなきゃ」「行って行って! こっちのことはなんとでもするから!」
うん、とエルナはノマに背を向けた。よかった。これ以上、耐えられそうになかった。
誰もいないところに行かなければいけない。どこに行けばいいだろう、と考えているうちに、どんどん足早になっていく。いつの間にか、エルナは走っていた。力いっぱいに駆け抜けて、人がいない方に、いない方にと逃げた。ひりつく喉がとにかく苦しい。
もうだめだと思った。
「う……あ、う」
喘ぐように声を出して、それを必死に押し留める。けれども堪えれば堪えるほどに濁流のように感情が流れ込んで、必死に腕を振って、力の限り走って。「あ、ああ、ああ、ああああ……」ごくり、と唾を飲み込んだとき、とうとう、「うわあ!」と、エルナは泣き叫んだ。
まるで自分の声ではないようだった。
「なん、なんで、なんで、なんでえ」 ぼろぼろとこぼれた涙が頬を濡らして、情けなく顔を上げる。それでも、ただただ走り続けた。「なんで、死んでしまったの! ねえ、なんでなの!」 わからない。わかっている。けれど、叫ばずにはいられない。
「私は、人になれたのに! あ、あなたの近くにいたくて、人になったのに、やっと、人になれたのに!」
なんと、この足の頼りないことだろう。
「――ねぇ、ヴァイド! どうして! どうして……」
死んで、しまったの。
そう力なく呟いたとき、もう動くことすらもできずに、へたり込んでしまっていた。わかっている。ヴァイドは、もういない。死んでしまった。クロスは、たしかにヴァイドの記憶を持っている。けれども彼はたしかに別の人間であり、エルナもとうに竜ではない。
けれど、それがどうして嘆かない理由となるのだろう?
「ふっ、く、あ……」
ぽたぽたと、涙が地面にこぼれ落ちる度に土に丸いあとがつく。
苦しくて両手を地面に打ち付けた。そして細い指が汚れることも傷つくことも構うこともなく、エルナは開いた手のひらを土の上でざりざりとひっかくように握りしめる。震えた。荒い息を吐き出しながら、ゆっくりと呼吸を整える。
「もうヴァイドはいない。そのことは、どう泣いたところで、変わりはしない……」
ならば、どうするのか。
そんなこと、決まっている。
「私は、この国を守る」
未だ他国の脅威に怯えながらも領土を小さくするこのウィズレインの名を冠する王国を。友が愛した国を。変わらぬ愛しい人々のために。
この生まれ変わりに意味があるとするのならば、――いや、「意味なんて、自分で作ってみせる」
立ち上がり、力強く涙を拭った。
瞬くごとにエルナの青い瞳にまるで星が散るかのようにきらめき、強く光が灯る。「よし、うん、よし」 ばちばち、と自分の頬が赤くなるほどに叩いてずんずんと進んでいく。まずは、仕事に戻る。そして、考えるのだ。どうすればクロスを支えることができるのか。そして、エルナ自身も戦うことができるのか。
口元をひきしめながらもといた場所に戻ろうとしたとき、ふと、ポケットの中の軽さが気になった。ハムスターが消えてしまったというのはノマに伝えた言い訳だが、実は本当のことでもある。ただしハムスターとはいっても普通のハムではないので、もちろん心配なんてしていない。たまにはあの子にだって自由になる時間がほしいだろう、と思いつつも不安げなノマの顔を思い出して、エルナは眉をひそめた。
「様子だけ、見に行こうかな……?」
日当たりのいい場所が好きなハムなので、多分日向ぼっこでもしているんだろうと心当たりのある場所にたどり着いたとき、『んちゅらっ、んちゅらっ、がんすでごんす』とふかふかの身体をもふもふ、くねくねさせながら激しく踊っているハムがいた。
しゅぱしゅぱ素早く短い両手を空に掲げて動かしつつ、しゅっしゅっしゅっと足を交互に動かし進んでいく。よくぞあんな短足で、と思わないでもない。と、考えた瞬間、どてんとハムはこけた。そりゃそうである。慌てて近づこうとしたとき、ハムはぺしんと地面を叩いた。めちゃくちゃ悔しそうであった。
『こんなものでは、捧げる踊りにはまだまだ足りんでがんす……!』 いや誰に。
心の中でエルナが突っ込んだ瞬間に気配に気づいたらしい精霊はもふもふの身体をくねらせ振り返った。
「……一体、何をしていたの?」
『んじゅらぁ!? ひ、ひひひ、秘密でごんす!』
「めちゃくちゃ踊ってたけど。捧げるって? 誰に?」
『ハムッチュッチュ!』
「唐突なごまかし」
別にいいけど、と手のひらを伸ばすと、ちょこちょことハムはエルナの手に乗り、定位置のポケットの中に入ってしまう。
「そういえばだけど。ねえ、あなたって随分遠くから来たみたいだけど、どこから来たの?」
精霊に魔力を与えると、精霊は魔力を与えた者と同じ言葉を話すようになる。エルナルフィアとしての記憶を思い出してからエルナはときおりこのハムスター精霊以外にも魔力を与えはしたが、こうまで言葉に特徴がある精霊はそこまでいない。人としての言葉に変換される際に、訛りが強く出てしまっているのだ。つまり、どこか遠い、エルナですらも知らない“どこか”から来た、ということだ。
ハムスターはしばらく考えるそぶりをした。そして、
『ハムチュッチュウ!』
「……別にいいんだけどね」
本人、いや本ハムが言いたくないのなら、それでよし、と結論付けて立ち上がる。エルナルフィアであったときに最期まで一緒にいて、竜の嘆きを見届けてくれたものは精霊達なのだから。
もし神というものがいるのならと叫ぶ竜の声を届けてくれた者達は彼らなのかもしれないとエルナは心の底で考えてはいる。そして、あるはずのない新たな生という奇跡を生み出されたというのはどうだろう……と、まで思案して、「あっはっは」とエルナは一人笑ってしまった。
なんとも荒唐無稽である。
なので、気にせずすたすた歩いた。考えてもわからないことは仕方がない。
前を向き、太陽の下で力強くエルナは前を向きながら歩んだ、だから、ポケットの中でゆらゆらと揺られつつも小さな精霊が呟いた言葉は聞こえなかった。
『願いは叶えることができたでごんすかねぇ……』
神に捧げる踊りは完璧でないといけないので、これからさらに特訓である、とハムスター精霊は考えている。
――自分には、彼女らを見守るという重要な任務がある。しかしこの二人ならばきっと大丈夫だと、わかってもいる。
だから、本来ならばもとの場所に帰らねばならぬのだが。
『でももう少し、一緒にいたいでごんす。よろしくでがんすよ』
ぴょこんと顔を出しながらもぱちん、と黒いお目々をウィンクさせた。
「危ないから動いてるときはあんまり顔を出しちゃだめだって」
『ぢぢぢっ!?』
――ここは、ウィズレインと名のつく王国。
雨降るような花が落ちる大樹を中心に成り立ち、大国であったことはすでに過去の歴史の中に埋もれた小国である。
そんな頼りない国の中で、竜であった少女はたったの二本の足で空ではなく、力強く地を踏みしめた。竜ではなく人として、苦しみながらも。
「よしっ、行こうか!」
※※※※※※
こちらで第一章は終了となります。
(書籍は一章までを収録しています)
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