【KAC20234】―②『ルナティック狩り』

小田舵木

『ルナティック狩り』

 

 ひらめく星。そこには確かな孤独こどくがある。

 包む夜のとばり。そこには確かな心地良さがある。

 この街の喧騒の真ん中で僕は終電を逃して

「やってしまったな」飲み会の二次会に付き合ったのが運の尽きであり。

 深夜2時を回る梅田うめだの街はまだまだ妙な喧騒に包まれており。

 超大型家電量販店がある通り。阪急の駅の西側付近。

 

 とりあえずサウナで時間を潰しても良いのだが。

 困った事がある。カネがない。

 みをしている時の僕は実に気前の良いやつで。ホイホイ札を繰り出して。

 気がつけば文無し。いや、クレカあるから決済は出来るけどさ。


 …不思議と眠くない。

 ならば少し歩いてみようかな?そう思い立つ。

 深夜の散歩と洒落しゃれ込もう。


                   ◆



 超大型家電量販店の脇を北に折れれば。ガラス張りの商業施設が見え。

 ああ。今は閉まっているよなあ。なんせ、深夜だもの。

 とりあえず。商業施設とJRの間の広場に出て。

 真ん中の辺でもう一度空を見上げ。

 少ない星々の間に銀色の月を見つけ。そいつが真ん丸な事に気づき。

 

 月の明りには人を狂わせる『』がある。と古来から言われていることだが。

 そいつは真実である事を僕は知っているー

 

 ひゅん、と何かが僕の顔を通過し。

 そいつがナイフであることに数瞬すうしゅん遅れて反応し。

「…やっぱ『出る』よなあ」と僕はスーツのジャケットを脱いで。

「貰い受けるぞ」とナイフを振りかざしたモノ―女―が言う。

「何を貰おうってのよ」と僕が問えば。

酔漢すいかんの命をひとつ」と彼女は言う。

生憎あいにく。君にやれるモノはないよ」と僕は言い。

「お前の意思など関係ない」と彼女は言う。

「タダで手に入るものほど無価値なモノはないよ」

「棚ぼた…大いに結構」

「楽天的でいらっしゃる」

「と、言うより。おのが力に疑いなどない」

「傲慢だ」

「言ってろ」

 

 得物エモノがないのは厳しいよなあ、と僕は思う。しかし手元にあるのは通勤用のチープなナイロンバッグ。

 さて?どうするべきか?

 んなモン決まってる。

 

 両のてのひらはすたがいに。そしてそっと両腕を引く。

 空から得物を取り出しだそうってのさ。

 空気中の水分を無理やり凝固させ、液体にし、それを無理やり冷却。

 右の掌に残るはがれた氷。薄片石器はくへんせっきみたいなそれを―

 ひらめかせ。対面にゆらゆらする女に向けて押し込む。

 彼女も数瞬遅れで反応し、僕の薄片氷器はくへんひょうきに向かってナイフを向けていて。

 

 鋭い音が―駅前の広場に響き渡り。

「ダンスと洒落しゃれ込むかい?」

「下手な男と舞う趣味はない」と彼女は言い。

 僕はかち合ってる氷器をねじ上げ。彼女のナイフを中空に浮かせ。

 中空に浮いた氷器を、右腕を、力任せに斜め下に押し込めば。

 

 長い髪の彼女の胸に―氷器が刺さる。肋骨に軽くあたり。衝撃が軽く伝わってきて。

 僕は更に手をひねり。骨の間の肉に刃を通していく。

 鈍い感覚。それは人を穿うがつ感覚であり。

 肺に至った刃が―彼女の呼吸を乱し。

「ごはあ」と彼女は混じりの反吐ヘドを吐き。

「これで…お終いだ」と僕は氷器から手を離し、蹴りを入れ。

 

 広場に転がる女。絶え絶えの息。

 放っておけば死ぬ…

 なんせ―彼女は。

 ルナティック―狂気―におかされ、


 広場で息絶えた彼女は。

 そのうち無数の粒子にほどけ。黒い夜空にかえっていく。元の星の残滓ざんしに戻っていく。

 僕はそれを見届ける。そしてきびすを返し、夜の街に戻っていく。

 

 

                    ◆


 とんだスペクタル。これが夜中の散歩の『イベント出来事』かよ。と嘆息たんそくしながら来たるは―

 茶屋町ちゃやまちの雑貨店とテレビ局の先の高架下。

 なんとなく来た訳ではなく。

 ここにもルナティックなモノの気配を感じて。


 っと。本がぶっ飛んで来たぜ?

「よお。お前さんもかい?」と僕が問うなれば。

「ああああ」と言葉になってない返事。

「自我…持っていかれてら」と僕が言えば。

「キサマの命を貰い受ける―」かく言うは書店員の格好のままのルナティック狂気野郎。

「喋れんじゃん?」

「殺す」

「ほぼ狂ってらっしゃる…楽にしたらあ」

「お前お前お前…」


 本がまた飛んできたが。俺の脚元に落ち。そこから生えてきた―文士が。

 …太宰だざいくんである。

「そいつは如何いかがなモノか?」と思わんでもない。

「ばああああ」脚元にすがりつかれ。

入水自殺じゅすいじさつってか?ヘボいコピーだな…お前は」僕は脚元の太宰に蹴りを入れ…

 たのだが。太宰を中心に―水が湧き出てきている。

「おうおう。なかなか面倒じゃん?」

「ばああああ」喋んなさいよ。

「なれば」と僕はいた脚で空を蹴り。空気中の分子を無理やり摩擦し。

 火を起こして―脚元の水にぶつける。まあ、バランス崩してコケたけど。

 しかし。効果はあったらしい。水が蒸発したのを確認し。

 ムシムシする中で―見えない太宰に拳を数発ぶち込み。

 気がつけば。 

 尻もちつく俺とルナティック書店員だけになり。

「ネタ切れ?んじゃあ」僕は氷器を取り出し―彼に近づき、胸に氷器ひょうきを入れ。

「ぐっ…」という間抜けなセリフと共に幕が下がる。

 

                    ◆


 堂島どうじま。地下鉄の西梅田から歩いて十数分。

 そこには梅田の文化の殿堂の1つたる大型書店が入る大きなビルがあり。

 その前の広場にルナティックがいていた。

 今度はサラリーマン風。酔ってネクタイを頭に結ぶステレオタイプさがいただけない。

「やってるかい?」と僕が問えば。

「お前を…消してぇ」かく言うルナリーマン。

「僕を消して何になる?」かく問えば。

「人が減りゃあ…俺も出世できらあ」

「そいつはないぜ?」アンタと僕の属する組織は別じゃないか?

「首でぇ…功績をぉぉおお」現代の武士もののふここにあり。しかし、時代錯誤が痛々しい。

「コンプラ云々うんぬんの時代によくここまで敵愾心てきがいしんむき出しに出来るもんだ」

「俺にはあ…何もねえんだよ!!」ルナリーマンがそう言いながら飛びかかって

 俺はそこに蹴りをぶち込み距離きょりを取り。

「会社で何を得ようが―どうでもいいじゃんか」と言えば。

「カネよりも地位が欲しいぃぃ」と叫ぶルナリーマンの口から火が噴き。

「あっぶね」とでんぐり回避を決めるなら。

「俺の後から来るやつは全員焼けて死ねぇええ」ルナリーマンの怨嗟えんさの炎が俺を捉えようとし。

 ああ。これは一撃もらうかも。死んだかな―と思うよりは。

「危ないぞ」と俺は周囲に水を張り巡らせる。氷器を作る時の応用。

 空気中の水分を無理やり水にするのをフルパワーでやった訳さ。

「効かねえのか」とルナリーマンは嘆息たんそくし。

「うーん?相性が悪いってアレかな」僕はこたえてやり―

 高圧に収束させた水の束をぶつけて。気絶させたルナリーマン…

 いや。おっさんの胸にに剝片石器はくへんせっきみたいな氷器ひょうきを―差し込んで。

「お終い」

 

 

                   ◆

 

 3人のルナティックを狩れば。

 あかね色の朝日が差し。

 夜中の散歩での『イベント出来事』はお終い。

「あー寝そびれたな」とつぶやきながら帰路につこうとした訳だが―

 

「今夜の捕物帳とりものちょう飾るのは貴方あなたよね?」と声がする方を見れば。

 セーラー服に身を包んだ少女がおり。

「…やっときたかい」と僕は言う。

「ルナティック―『貴方あなた』を始末する」とかの女が言えば。

「出来るものならやんなさいよ」と僕はこたえ。

 

 こうして。

 月夜のの最終局面が始まる。

 にらみ合う僕ら。彼女の得物エモノを知りたいが…『』みたいに異常な想像力を暴走させてる可能性はなさそうだ。

「こないならこちらから」と僕は彼女にまっすぐぶつかっていき。途中で薄片石器はくへんせっき型の氷器ひょうきを取り出して。

 

 受けとめたるは―剣道の竹刀。竹に氷が食い込むのだが。

「中に鉄か何か仕込んでる?」そう問わざるを得ず。

「…ルナティックだからと言って。同族を殺しまわる連中だけでもない」彼女は言う。なるほど。君は僕とは違って狂気をオーヴァードライブさせなかったクチか。

「君は阿呆アホだなあ」僕は思う。狂気に身をひたよろこびよ。人を殺しまわるたのしみよ。君は知らないのかい?

「…狂気をコントロールして」彼女は息を弾ませる。そこには確かに意思があり。

「そんな冷静さ…つまらないじゃないか!!」僕は叫びながら彼女に氷器を浴びせかけるのだが。ことごとく弾かれ。

「そりゃあ。狂気に身を浸すほうが簡単でっ!!楽で…気持ちいいけど」彼女は竹刀で僕の氷器を受け流しながら、言う。その意思を。

「僕はね、実に詰らない人間さあ!!」打ち込む氷の刃。

「私はむしろルナティック!詰らない人生送ってる!!」返す竹刀。

「何が詰まらないんだよ?」僕はそう問いたい。殺して回る欲求。ゲームやセックス以上に快感じゃないか。

「こんな…緩急のないタダの欲望の駄々だだ漏れ…何が面白いんだか」

「スリルをかいさないと」

「そういう問題じゃない!!」

「世界観の違いだね」僕にはそういう理解しか出来ない。

「全く」

 

 こうして僕たちは膠着こうちゃく状態におちいり。

 にらみ合う2人。そこに白色の太陽がきらめく―

 照らし出される2人分の影―

 僕らルナティックはこういう


 つまり。

 

 


 だから。

 人が現れ出しても―僕らの決死の戦いに目を向けない。

 そういうものじゃないか?

 


「なあ。では意味のない争いだ」かく僕が言えば。

「それでもなお。命を奪ったという点に、私は悪を見る」

「そんな倫理問答もんどうは呼んでない」

「…倫理を社会的なものだと見做みなす貴方に取ってはそう」

「君には

「と、言うよりは―正しさを自分なりに持ってるだけ」

「…ならば君が証明して欲しい」僕は氷器を剝片石器はくへんせっきよりも大きな槍に仕立て上げ。

「しなきゃ―ここで殺り合っている意味が分からない」彼女は竹刀を構え直し。

 

 

                   ◆

 

 鈍いものがぶつかり合う音は―『世界』に響かない。

 もうサラリーマンたちが行き交うJR大阪駅のペデストリアンデッキ。

 そこで僕たちはをし。

 

 ああ。この命の躍動が。今の僕の唯一の楽しみであり。

 そこには

 こうやって。永遠やり合っては居たいけど。


 何時か勝負はつくから勝負で。


 僕は―。ちなみに得物は弾かれて何処かにいってしまっており。

「勝ったのなら殺すべきだよ」

「…」少女の逡巡しゅんじゅん

「君は―」そう。僕もルナティック殺しを殺した時に目覚めてしまったのだ。として。

「貴方正しさを信じてる時があった…?」

「そりゃさ。いきなりシリアルキラーにはならないよ」

「私も素質があるの?」ショックそうな彼女。そこが高校生の浅はかさであり。

「君は無根拠に自分が正しいって思ってる」

「否定は―できない」あたり

「是非とも君には僕を殺して貰いたい…いい加減疲れたんだよ」

「楽にしてあげる?」迷え。お前みたいな正義の皮をかぶった自己中ジコチュー逡巡しゅんじゅんする様ほど快いモノはない。

。心のままにさあ、殺れよ」ひと押しすれば。彼女は堕ちる。

「…私はあ」叫びだす少女。痛々しくて良い。

「殺したいんだろう?僕をさあ!!」

「分からない」

「そうやって善の神にしがみついてる内は―まだまだガキだな」煽って。感情を麻痺させる。

 

「…殺す。に従って」ああ。待ちびていたよ。


「ありがとう」僕は心の底からかく言い。

貴方あなたの言う通り、してみる」

「心は嘘をつかないよ」

 

                  ◆



 かくして。

 1人のルナティック狩りが死に。

 1人のルナティック狩りが産まれ。

 こうやって。

 

 何時の日にか私も役目を終えられるだろうか?

 

                  ◆

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【KAC20234】―②『ルナティック狩り』 小田舵木 @odakajiki

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