第15話 冒険者ギルド

 ゴブリンたちの居住地に四日ほど滞在した俺たちは、まずはゴブリンたちに簡単な人語を教えた。カーミラが教師として優秀だったので、とりあえずオトナゴブリンはカタコトながら最低限の俺と日常会話をできるくらいにはなった。


 同時に進めたのは小屋作りだ。

 ノコギリやトンカチなどの工具は(なぜか)カーミラがディメンションポケットの中に持っていたので、それらの使い方を教えて自分たちで小屋を建てさせることを計画する。

 森で収集した素材の類を、ちゃんと保存しておける場が欲しかったのである。


 これもまたカーミラが指揮を執ってくれるというので、俺とチルディはいったん街に戻り、ゴブリンたちの件をギルドマスターと相談してくることにした。


「じゃあ、あとのことは頼む、カーミラ」

「任されよう。そちらこそ、うまく話をつけてきたまえよ」

「行ってきますカーミラちゃん!」


 街に戻ると、近所の人たちが俺たちのことを心配して出迎えてくれた。

 予定では遅くとも二日で帰ってくると伝えていたせいだった。


 俺は心配を掛けてしまったことを謝罪しながら事情を伝えた。

 俺たちが森の中でゴブリンたちと店を作る、という話は相当に驚くものだったらしく、瞬く間に中層区画内に広がっていった。


「おい、聞いたぞソルダム!」


 冒険者ギルドに赴く用意をしていた俺の家に飛び込んできたのは、元パーティー仲間のエヴァンだった。


「どういう話なんだよ、ゴブリンと一緒に店を開くっていうのは!? しかも森の中にだって? わけがわからないよ!」


 エヴァンに、改めて事情を話す。

 部族を捨てて旅をしてきたというゴブリンの話、対話ができて平和的交流が可能だったということ、彼らが森の素材採取に適した知識を有していること。冒険者ギルドや街の領主と話を付けて、ゴブリンの身分を保証して貰おうと考えていること。


「ゴブリンの身分保証かい? 突飛なことを言い出したもんだなぁ」

「代わりに、冒険者ギルドで必要とする森の採取物を格安で定期購入できるんだ。悪くない条件だと思わないか?」

「そりゃまあ、……いや、うーん。どうなんだろ? 相手はゴブリンなんだろう? 信用できるのか?」

「序盤は俺たちが手伝う、もちろん報酬を貰う形でな。軌道に乗れれば、俺たちの手は必要なくなるはずだ」


 俺の話を聞き終えたエヴェンは、しばらく「うーん」と腕を組んでいたが、そのうち眉をひそめたまま苦笑をした。


「誰のアイディアだい? これ」

「ゴブリンのお店、という根っ子はチルディが言い出した」

「ちーちゃんが言い出しました!」


 いつの間にか横にきていたチルディが元気に手を上げた。エヴァンの苦笑は止まらない。


「なんともメルヘンなわけだ。……わかったよ、発起人ちーちゃんなら俺たち『夜明けの陽光』も無視するわけにはいかない、手伝うよ」

「手伝ってくれるんですかエヴァンおにいさん!」

「お、えらいなちーちゃん! ちゃんと俺が『おにいさん』なことを覚えているね!」


 エヴァンがニッと笑い、チルディの頭をクシャクシャ撫でた。


「おいおい、安請け合いして大丈夫なのか?」

「リーダーだって同じことを言うだろうさ。俺たちは『ちーちゃん』に思い入れがある」


 拳を前に突き出してくるエヴァン。

 俺も拳を出し、ゴツン、と合わせる。


「……助かる。実は武力的な面で、彼らゴブリンの後ろ盾が不安で困ってったところなんだ。S級冒険者パーティーである『夜明けの陽光』がバックに付いているという話が広まれば、暴力的な手出しをしてくる輩への牽制にもなるよ」


 出発前に思わぬ支援を得られることになった俺たちは、意気揚々とギルドへと向かったのであった。


 ◇◆◇◆


「ダメだな」


 冒険者ギルドの奥、ギルド長の部屋だ。

 そこに通された俺とチルディは、ソファに座りながらギルド長と対峙していた。

 話し合いの場である。


「ギルドとしては、その話に乗ることはできない」

「どうしてですか? ギルドにとっても悪い取引じゃないと思うのですが」

「相手がゴブリンというのは、なかなかに問題だよソルダム君」


 壮年のギルド長は、筋骨隆々というよりは文官のような容姿だった。

 長い白髪を手でかき上げながら俺の顔を見る。


「わかるだろう? 私たち冒険者ギルドはゴブリンの討伐を仕事とすることも多い。だからゴブリンのことを快く思わない者も多いんだ。そんな彼らから購入した薬草、売れると思うかい?」

「う……」


 言葉に詰まってしまった。

 正直に言えば、俺も彼らゴブリン親子たちの話を聞くまでは偏見を持っていたクチである。ゴブリンが採取した薬草の類などイヤだ、という者がいても不思議に思わない。


「やすく売れば売れそうですが!」


 チルディの言葉だ。ギルド長はチラリとチルディを見て、


「それだとギルドの儲けは他から仕入れた時と変わらない。私たちが力を貸す理由がなくなるね」

「たしかに!」


 あっさり否定するギルド長と、あっさり納得するチルディ。


「ダメですとーさま、どうしましょう!」


 娘にすがるような目を向けられてしまった俺だ。

 ダメと言われてすぐに引き下がるようでは冒険者は務まらない。冒険者は交渉人の仕事を請け負うこともあるのだから。

 俺はちょっと手札を明かすことにした。


「たとえば『夜明けの陽光』がゴブリンのバックに付いたとしても、その評判は覆せないでしょうか」

「ほう? 夜明けの陽光。彼らと話が付いているのか」


 意外そうな顔でギルド長が俺の顔を見る。

 どうやら気を惹けたようだ、頷いて先を続ける。


「冒険者たちに人気のある彼らです、彼らが推すとあらばゴブリンであろうと気にしない者もいるのでは」

「ふむ……」


 顎に手を掛けて思案顔になるギルド長。

 目を細めてなにかを考えているようだった。


「誤解しないで欲しいのだがソルダム君、私個人としてはギルドに利があるならば仕入れ先がゴブリンであろうが問題には感じておらんのだ」

「でしたら」

「だが、今の話だけではまだ足りない。夜明けの陽光が、ゴブリンたちを支持するれっきとした理由というものが欲しい」

「理由、ですか」


 反芻する俺。するとギルド長は立ち上がり、一度自分の執務用の机へと向かった。

 机の上から一枚の紙を手に取ると、俺たちの前に置く。


「いま、このような依頼が来ている」

「……拝見します」


 手に取ってみると、それは魔物の討伐依頼書だった。

 北の山に最近ワイバーンが出るらしい。しかも大物で、複数体。山に入ることができなくて困っている近隣の村からの依頼だった。


「ワイバーン……しかも大物が複数ですか」

「そう。S級に依頼をしようと思って表に出していなかった案件だ。たとえばこれを、ゴブリンたちが一緒になったパーティーで討伐してきたとしたら?」

「夜明けの陽光と一緒に討伐してこい、と?」

「それじゃ名声は夜明けの陽光が得るだけだ、意味がない。あくまでゴブリンと、その仲間たちがやった、という事実が欲しいね」


 俺はギョッとした。

 つまり、ギルド長が言っていることは。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「私はね、ソルダム君。キミが実質引退状態なことを常々勿体ないと思っていた。それにチルディ君も冒険者ギルドに登録したのだから、もっとその力を活かす仕事を受けるべきだ、とも」

「お断りします!」


 俺は応接テーブルに依頼書を叩き置いた。

 俺はともかく、チルディにそんな危険なことをさせるなんて。勘弁してくれ。


「なんだ、ゴブリンの親子を助けたいのではなかったのかね? キミたちと一緒にゴブリンたちがワイバーンを倒したのならば、きっとギルドメンバーたちもゴブリンのことを認めるだろう。夜明けの陽光が彼らを推し、我々冒険者ギルドが彼らと契約して身分を保証することも自然だ。悪くない話だと思うがね」


 ギルド長が目を光らせながら言う。

 俺の声はさらに大きくなった。


「それとチルディの件は別の話です!」

「なるほど? ゴブリンの親子を助けたい、というのはあくまで『さして自分の身を切らずに』という前提だったのだね。まあわかるよ、しょせん手を差し伸べるなどという行為自体が余裕からの産物だ」

「ギルド長……!」


 挑発がすぎる。そしてこの挑発は、きっと俺に向けてのものではないのだ。

 だからこそ、つい俺も声が大きくなってしまう。

 やめろチルディ反応するな、と大きくなってしまう。だが、ああ!


「そんなことはありません!」


 わかっていた。チルディが直接この話を聞いてる時点で、こうなることは。


「ちーちゃんととーさまが、ゴブリンさんと一緒に見事ワイバーンを討伐してきましょう!」



------------------------------------------------------------------


この物語の先が気になるなぁ、これからも更新続けて欲しいなぁ、と思ってくださいましたら、☆やフォローで応援して頂けますと嬉しいです!

モチベがガンガン上がりますので是非よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る