第14話 鍋を囲む

 奇妙な気持ちだ。いま俺は、ゴブリンたちの前に剣も構えずに立っている。

 緑色の肌をした彼らもまた、武器を手にしていない。

『仲介者』である吸血鬼ヴァンパイアのカーミラを通訳にしながら、俺はゴブリンたちと話をしていた。


「逃げてきた? 部族の群れから?」

「と言ってるね。ここよりだいぶ北から来たとのことだ」


 ゴブリンたちは全部で六匹。

 俺たちの前には雄らしい二匹が立っていて、会話は彼らがしている。

 少し離れたところに小柄な二匹と、それを抱きしめているゴブリンたち。そちらが子供と雌だと思われた。


 テントが二つ。

 その周りには森で採取したであろう薬草などが積まれていた。獣の皮も見える。思ってたより彼らには森の知識があるのかもしれない。


「デガド、アグアグ、レモリ、リグルスア、ゼモウ」

「ふむふむ」


 代表で話しているゴブリンの言葉にカーミラが頷く。


「北ではゴブリン同士の大規模な部族間戦争が起こっていたらしい。劣勢な自分たちの部族が、まだ小さな自分たちの子までもが戦に駆り出そうとしたので、逃亡を決意したと言っている」

「ゴブリン同士で争ったりもするのか」

「意外だったか?」


 意外だった。

 というか考えたこともなかった。確かにゴブリンだろうと集団で暮らす生き物なのだから、縄張り争いの一つくらいあるだろう。言われればすんなり納得もいけることなのに、意識からスッポリと抜けていた。


「まあ恥じる必要もない。キミはS級だったのだろう? ゴブリン退治に駆り出されることなぞほぼないだろうし、あまり必要としなかった知識だっただけの話さ」

「……とはいえ不勉強だった。恥じ入るよ」


 要するに彼らは子供を死地に向かわせたくなくて、部族から逃げだしたというわけだ。

 その行動には十分共感ができてしまう。


「だけどカーミラ、彼らみたいなゴブリンは珍しいんじゃないのか?」

「そうだな。部族で生活している中で族長の命令を聞かないゴブリンなど、間違いなく異端だろうな。その上で逃げ出している。帰るところもなく、アテのない生活となるのだ、普通はそんな選択をしたりせんよ」

「アズレ、ルーズア、ドメイ」

「……彼らは『悩んだ』と言っているぞソルダム。部族と子、どちらを取るか悩んだ、と」


 俺は再び驚いた。

 そういった葛藤は、人間にもあることだろう。となれば、ゴブリンと人間でなにが違うというのか。もちろん立場が違う、言うなれば人間と彼らは戦争状態にある国家同士みたいなものである。争うことになるのは仕方ない。


 だが、これ以降「ただの魔物」として彼らを見るのは、俺には難しくなってしまった。戦いの場で躊躇うことはしないが、振るう剣の重さを噛みしめることにはなるだろう。


 カーミラの顔を見ながら、なんとなく考える。

 彼女は人とは比べ物にならない強さを持つ「最強種」である。彼女も、俺の言葉を聞いて価値観が大きく変わったと言っていたが、こういった衝撃を受けたのだろうか。

 いずれ機会があれば聞いてみたい、そう思った。


 と、そんなことを俺が考えていると、俺の横で手持ち無沙汰そうに立っていたチルディのお腹が、グゥ、と鳴った。

 ゴブリンたちが目を丸くする。

 見慣れないためわかりにくいが、彼らにも表情があることをこのとき知った。


 にわかにゴブリンたちが話しだす。

 なんだなんだ? とカーミラに問うも、彼女も「さあ?」と肩を竦めるだけだ。


 六匹のゴブリンは集まってなにかを相談しているようだった。

 やがて先ほどまで代表で話していた雄がこちらにやってきて、告げる。


「デルデ、ドム、ディ?」


 たぶん、こちらを伺うような表情で。


「彼はなんと? カーミラ」

「……一緒に鍋を食べるか? と聞いてきている。子供の腹を鳴らすのはよくない、と」


 今度は俺が目を丸くする番だった。

 ゴブリンと一緒に食事!? 思いもよらない展開だったのだ。


 ◇◆◇◆


「おいしいです!」


 チルディが声を上げた。

 ゴブリンたちと一緒に鍋を囲って、座り込んでる俺たちだ。

 俺も、ゴブリンたちに渡された椀で汁を啜ってみた。おや? うまい。


「……おいしい、な確かに」


 塩気に乏しい気はするが、肉と野草の味が汁に溶けだしてて普通にうまい。

 野蛮なイメージが強かったゴブリンの食事とは思えないくらい、優しい味だった。

 カーミラも俺の横で鍋をつついている。俺は彼女に訊ねた。


「カーミラはゴブリンと食事をしたことはあるのか? 俺はもちろん初めてだから、少々戸惑っているのだが」

「私だってそんな経験ないよ。面白い展開だなぁ、と我ながら思っていたところだ」


 椀の数は六個しかないらしく、ゴブリンたちは大人らしい四匹が同じ椀を使って鍋をつついていた。

 チルディと子供ゴブリンが一緒に鍋に手を伸ばした。

 子供ゴブリンは一瞬躊躇いを見せるものの、チルディがニコリと笑いかけると、同じく口角を上げてフォークで鍋の中を探りだす。

 それぞれがお肉を探り当て、自分の椀に持っていき口にする。


「おいしいですね!」


 チルディの視線を受けた子供ゴブリンが、「イアイア」と笑いながら言った。

 言葉はわからないが、なんとなくわかる。多分「おいしい」と言っているのだ。


「そうだ。さっき採取したカエンキノコがあったっけ」


 俺は背負い袋からカエンキノコを取りだし、カーミラを通して鍋に入れていいかとゴブリンたちに訊ねた。雄ゴブリンが頷いてくれたので、さっそく鍋に投入する。


「これで、しばらく待ってくれ」

「とーさま、ちーちゃんはまだお腹が空いてます!」

「わかってる。だけど、まあ待て。カエンキノコは鍋に入れると格別の出汁が出るんだ、美味しくなるぞ?」

「待ちます!」


 さて待つこと五分ほど。もういいか。

 俺は鍋のカエンキノコを、ゴブリンたちにそれぞれよそってやった。

 チルディとカーミラも、それぞれ自分で掬う。


「さあ食べごろだ、試してみよう」


 そういって身振りを添えながら皆に促す。カーミラの通訳がなくても通じたらしく、ゴブリンたちも汁を啜り出す。


「イア、イア!」

「イアイア!」

「イア!」


 ゴブリンたちが口々に同じ言葉を繰り返す。

 美味しかったのだろう、口から火を吹きながら喜んでいた。


「とーさま、すごくおいしい!」


 チルディも口からボボボと火を吐きながら言う。

 もちろんこれらはカエンキノコの効果だ。ゴブリンたちも、口からの火自体には驚いていないところを見るに、カエンキノコのマナ効果自体は知っているのだろう。


 そうだろう、そうだろう。カエンキノコは普通に食べてもウマイのだ。

 俺は満足して頷いた。カーミラも満足げに口から火をふいている。

 チルディと子供ゴブリンは、互いに火を吹き合って遊んでいた。その様子をみて、俺たち大人組は笑った。もちろんゴブリンたちも笑っている。


 笑顔は共通の言語とは誰が言ったことだったか、どうやら俺たちは友好的な関係を結べてきている。だからこそ、俺はこのタイミングでゴブリンたちに提案をすることにした。


「あなたたちが大変な境遇にあるのは、理解したつもりだ。その上で忠告したいのだが」


 カーミラに通訳をして貰いながら、俺は続けた。

 この森は、近くの街の人間がよく薬草の採取や狩りなどにくること。今回遭遇した俺たちと違い、ゴブリンに敵意を向ける者がほとんどだということ。この場に留まっていると、間違いなく戦闘になるだろうことを説いた。


「ソルダムの言うことはわかる、しかし自分たちは長い旅をしてここを見つけた。ここを去ることはできない。彼らの言い分はこうだ」


 カーミラが通訳してくれたゴブリンたちの言葉は痛いほど理解できる。

 ここに至るまで大変な旅路だったのだろう。

 地図も情報もなく知らない土地を歩いていくのは、死と隣り合わせだ。


 彼らはここを守る。

 そのために戦うだろう。人と争うことになっても。


「だが、たとえ一度、二度、この場を人間から守れたとしても……」


 次にやってくるのは、冒険者か軍隊だ。

 確実に彼らは殺される。それは目に見えていた。


「どうにかなりませんか? とーさま?」


 俺の言わんとしていることを理解したのだろう、チルディの顔が曇る。

 チルディの期待に応えてやりたい俺がいる。といって、どう解決すればいいのか。


「人に害がなく、むしろ益がある形にすればいいのではないか?」

「簡単に言うけど、カーミラ。どうやればそんな形になるっていうんだよ」

「うーん」


 カーミラは腕を組んだ。俺も腕を組む。

 二人で唸っていると、チルディが指を立てて提案してきた。


「お店を開く、ってのはどうですか!? 森の中の隠れたお店です、絵本で妖精さんがやっているのを見ました! ゴブリンさんたちが森で収集した薬草やキノコ、獣の皮なんかをここで売るんです!」

「誰に売るんだい?」

「もちろんここに来た人に!」


 せっかくの案だが、俺は難色を示した。

 客がこない過疎地で店なんか成り立たない。採取にきた人には多少便利かもしれないが、相手によってはゴブリンたちを殺して奪いとることだってできる。


「殺されないだけの力を得るか、権力などによる庇護が必要、ということだな」

「まあそうだな」

「逆に言えば、この辺をクリアできるなら平和に暮らせる可能性も出てくる、というわけだ。なにか考えたまえ、ソルダム」


 なるほど、権力による庇護か。

 このゴブリンたちに権力機構からの身分保障があれば、無法をされる可能性は減る。


「チルディの言う、『森の中の店』というのも悪くないかもしれないな」

「どういうことだ?」

「さっきも思ったが、このゴブリンたちは薬草や動物の皮をちゃんと採取している。森の知識があるんだ。それを活かして、街や冒険者ギルドに、この森で採取できる資源を納入する。そして代わりに身分を保証してもらう」

「そんなことが可能なのかね?」

「安い労働力として使われることになるとは思うが、俺のコネを使えばなんとかなるかもしれない」

「どうにかなりますかとーさま!?」

「成り立つ目はある。どうだろう、納入専門の店、というわけだ。ゴブリンたちに聞いてみてくれ」


 ゴブリンたちは「この地から去らないで済むなら」と喜んだ。


「よし、それならこれより『ゴブリンの店計画』を開始する!」

「ゴブリンさんのお店ですか!?」

「そうゴブリンたちの店!」


 チルディが目をキラキラさせて俺の方を見つめたのだった。


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