第10話 プレゼント計画

 次の日、さっそくカーミラを誘って買い物に出た。

 チルディと三人で大通りの市を物色しながら歩こうと提案したのだ。


「おっかいものー、おっかいものー♪」


 先頭を歩くチルディが歌っている。

 聞いたこともない唄だから、きっとチルディの即興オリジナルだ。

 人混みの中、俺とカーミラは並んで歩きながらチルディの後を追った。


「まったく。こう見てるとちーちゃんはおよそ最強種の血を引く子には見えんな。呑気で奔放なだけで、普通の子だ」

「育てたのが俺だからな。普通に人の子だよ」

「果たしてそれが良いことなのか。彼女がドラゴンの血を引く以上、『世界』が彼女の平穏を許すまい。いずれちーちゃんが進む道のことは、キミだってわかっているのではないのか?」


 わかっている。

 チルディが持つ力は『大いなる力』だ。力を持つ者は、良くも悪くもその力に応じた生き方をすることになるものだ。


「……だからこそ、今俺は彼女に大切なことを教えてるつもりなんだ」


 人の笑顔。優しさ。楽しかったこと。それらの思い出は、きっとチルディの素地となって、彼女のことを支えてくれる。

 やがて来るかもしれない、大変なこと、つらいこと、苦しいこと、悲しいこと。そういったものに負けない為の鎧となってくれる。俺はそう思っていた。


「や! もちろんこの世界を生き抜く為の知識として、戦闘術や生存術もちゃんと教えてるぞ? 二人で冒険者ギルドから軽い仕事を請け負って、解決することもある!」

「ほう」

「薬草摘みとかの非戦闘依頼ばかりだがね」

「どうしてだい? ちーちゃんの戦闘力なら討伐依頼の方が楽、まであるのではないか?」

「万一のことを想像したら怖い。俺もマナがないからモンスターとの戦闘では大して役に立てないしな」

「先日、ちーちゃんの超光線を受けきっていたではないか」

「あれは……」


 正直、初めての体験だったので俺にもわからない。

 あのとき、冒険者時代以上のマナが俺の身体に満ちていた。

 チルディから俺にマナが流れ込んでいる、とカーミラは言っていた気がする。しかしその理由もわからなければ、あのあと同じことが俺の身に起こることもなかった。

 なので。


「たまたまさ。もう忘れよう」

「……疼かないのかね? 心が。再現できるなら、キミはまたS級――いやそれ以上の冒険者として力を発揮できるだろうに。ちーちゃんと二人、最強のパーティーが完成だ」

「そんなことよりも、チルディを危険に晒すことの方が今は怖い」


 俺が肩を竦めてみせると、カーミラは呆れたような寂しがるような、なんとも言えぬ顔で眉をひそめた。


「なるほど。キミはもう、冒険者である前にヒトの親というわけか」

「そういうことだ」


 俺たちは同時に肩を竦めた。すると、


「二人とも、せっかくのお出掛けなのです! もっと笑いませんか!?」


 上機嫌そうに先を歩いていたチルディが、不満げに振り向いたのだった。

 両手を腰に当て、俺たちに説教をするような顔を見せる。


「お二人はお出掛けのエチケットというものを知りません! 楽しく、笑顔で、朗らかに! 空気は自ら努力で作る! とある人の言葉です!」

「俺の言葉じゃないか」

「笑顔を忘れている人に今のハツゲンケンはありません!」

「うぐ」


 ほんと、発言権だなんて難しい言葉をどこから仕入れてきているのか。

 我が娘ながら不思議でならない。俺は普通に黙らされてしまった。


「なるほどお出掛けのエチケット……。とある人とは、なかなか面白いことを言うね」


 カーミラが感心したように頷く。俺の方を向いて口の端で笑った。


「それも処世術というものかい? 『とある人』さん」

「んー」


 俺はまだ真顔のまま、少し考え込む。


「処世術と言えなくない場面もあるが、今の場合は少し違うな。単純に、せっかくだから自分も含めて皆で楽しくなろう、という『心掛け』の話だ」

「ふむ『心掛け』」


 カーミラは頷いた


「面白いね、その場の雰囲気を自分たちの努力で構築しようという話だ」


 カーミラもまた、真顔のままだ。

 俺たちがそうしてやり取りをしていると、チルディが再び不満そうな声を上げた。


「もー! お二人さん! また笑顔を忘れています! 難しい顔はやめてください、笑いましょう、――いち、に、さん、はい!」


 チルディの音頭に合わせて強引に笑顔を作った俺とカーミラ。突然のことに笑顔が引きつってしまう。そんなお互いの顔を見て、俺たちの中に自然な笑いが込み上げてきた。


「なんだカーミラ、その顔は」

「キミこそ、ひどい強引な笑い顔だ」


 ケタケタ笑い始めたカーミラ。チルディは満足げに頷いた。


「そうです笑いましょう! 楽しいお出掛けは笑顔から、です!」

「そうだな学ばせてもらう。――お? そこの出店で骨董品を扱っているじゃないか、ちょっと見てもいいかね?」

「もちろんです、見ていきましょう!」

「意外にな、こういうところで掘り出し物の魔法工芸品アーティファクトなんかがあったりするんだ」


 カーミラがご機嫌そうに出店へと足を向ける。

 するとチルディが俺に寄ってきて、小声で話しかけてきた。


(とーさま! 忘れてませんですか!? カーミラちゃんに新しい服をプレゼントするですよね!?)

(もちろん忘れてるわけじゃないぞ! ただなんとなく切欠というか、タイミングがな?)

(もー! とーさまは、もー! わかりました、ちーちゃんにおまかせください!)


 そう言うとチルディはカーミラの元へと歩いていった。

 カーミラが骨董品を手に取っている背後から、語り掛ける。


「カーミラちゃん、お洋服いりませんか?」

「んー、要らないねぇ」

「え!?」


 即答でお断りされたことに驚きの声を上げるチルディ。


「ななな、なんでですかカーミラちゃん!?」

「昨日見ただろう? 洗った服だけでも三十着はある。着るものには困ってないよ」

「ででで、でも! お洋服ぜんぶまっくろですよね!?」

「うん。黒が好きなんだ。似合ってるだろう?」

「ににに、にあってますが! にあってますが!」


 チルディが、スタタタ、と俺の方に戻ってきた。


(手ごわいです! 手ごわかったです、とーさま!)

(そ、そうだなどうするか……。せめて、カーミラに服をプレゼントする口実でもあると話をスムーズにできて楽なんだが)

(ぴこーん! わかりました、ちーちゃんにおまかせください!)


 そういうとチルディは、鳥の串焼きが売っているところに歩いて行った。


「とーさま、こっちです!」

「え? あ、うん」


 慌てて娘を追う俺。


「この串をちーちゃんに買ってください」

「まだ時間、早くないか? それに食事をするなら三人で――」

「いいですから!」

「は、はいっ!」


 甘辛のタレにまみれた鳥肉の串を購入し、チルディに渡す。

 彼女はその串を手に、カーミラの元に赴く。そしておもむろに、


「あー! おっとっとです!」


 よろめいてみせた。

 カーミラの服に押し付けるように、タレ付きの鳥肉串をグイと腕ごと伸ばす。――が。


「あぶないぞ、ちーちゃん」

「わっぷ」


 不意打ちに近い襲撃だったにも関わらず、振り向いてチルディの身体を支えるカーミラ。

 チルディは礼を言った。


「あり……がとうございますです、カーミラちゃん」

「うん。串を持ってるんだから注意したまえ、普段以上にね」

「はいすみません」


 チルディがトボトボとこちらに戻ってくる。


(失敗しました)

(いやチルディ! だけど意図は理解したぞ、服を汚したお詫びに、服を買わせてくれ、という流れだな!?)

(そうですとーさま! さすがです、おわかりいただけました!)


 鳥の串を求めて、俺も出店に駆ける。

 二本購入し、両手に串を持ってカーミラの元へと向かった。

 たらーり、タレがたっぷりで美味しそうなそれを、カーミラの服に押し付けるように、俺はおっとっと。


「うわあああ」


 体勢を崩した振りをしながら彼女に突進だ。――が。

 骨董品を眺めているままのカーミラに、振り向くこともされずにスイと避けられた。


「あ」

「……なにをしてるんだキミは」


 真顔カーミラに冷たい目線を向けられてしまった。

 しかしそこに。


「あー! またしても、おっとっとです!」


 チルディの波状攻撃。よしいけ我が娘!


「だから」


 と難もなくカーミラは、チルディの身体を支えた。


「……キミたちはさっきからなにをしてるんだ」


 俺のことをジロリと睨みながら、カーミラ。


「いや、そのな? あの……」

「しどろもどろになるな。言ってみろ怒らないから」

「実は……」


 俺は素直に話すことにした。

 カーミラに服を買おうとしていたのだが要らないと言われて、切欠を作るために画策していた、と。


「まったく、そんな。馬鹿馬鹿しいというか、なんというか……」


 チルディと俺を交互に見やるカーミラ。俺は思わず小さくなった。

 図らずも悪戯を咎められているような気持ちだ。いい歳して、ちょっぴり情けない気持ちになってしまう。


「なんでまた、服なんだね。私が洗濯に困るほど服を持っているのは知っているだろうに」

「カーミラの服、黒いのばかりだろ? だから……」

「黒が好きだと言ったではないか。問題ないんだよあれで」

「でも、でもだな?」


 と、俺は思っていたことを言う。


「カーミラはここで新しい生活を始めようとしている。新しい経験を通じて、新しいことを学ぼうとしている。その始まりにおいて、これまでのカーミラとは違う色の服を、俺たちはプレゼントしたかったんだ」


 カーミラは目をパチクリ。

 それこそ『新しいことを』経験でもしたかのように、呆然とした顔で動きを止めた。

 そしてその顔が赤くなり、


「そういうことなら、まあ……うん。最初から素直にそういって、プレゼントをしたい、と言えばよいだけなのだ」


 恥ずかしそうに目を逸らした。口を尖らせてそっぽを向く。

 おや? おやおやおや? テレてらっしゃる?


 一瞬悪戯心が鎌首もたげてきたが、ぐっとこらえることにした。

 ここでからかって、機嫌を損ねたらコトだからな。


「カーミラちゃん、おかおまっかです!」

「な、なにを言ってるんだちーちゃん! 私は別に……!」


 んー、チルディのこれはからかう意図じゃないな。

 素直なのも時に罪づくりだ。俺は慌ててカーミラに助け船を出す。


「じゃ、じゃあカーミラ! 俺たちに、服をプレゼントさせてもらえるかな!?」

「ん、ああ! うん! 謹んでお受けするよ!」


 勢いよく返事をしてくるカーミラ。

 恥ずかしがってることを指摘されてしまうことほど恥ずかしいことも、またあまりないものだからな。

 こうして俺たちは、行きつけの服屋へと向かうことになったのだった。



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