第9話 照れカーミラ
カーミラが居候を始めて、一週間ほどが経った。
「カーミラちゃん、おはようね」
「ああ、レオナ婦人。おはようございます」
ウチの前で出会うご近所さんに普通の挨拶を交わせるようにまでなったカーミラが、そこにいた。
「今日はお洗濯? 朝から精が出ますねぇ」
「私の衣服がどれも匂うとソルダムに文句を言われてね。ならば全部洗濯してやると思い立った」
「まあ! 女の子の着る物にそんなこと言うなんて! ソルダムさんはいけない人ねぇ」
「えっ!? いや別に俺は匂うだなんて……!」
ちょっと「汚れてるな」と言ったくらいだ。匂うとか拡大解釈も甚だしい。
俺はレオナさんの前でそう主張してみたのだが、すぐにカーミラに遮られた。
「いーや言った。鼻も摘まんだ。ゴミを見つめる目で私を見た」
「してませんよ、してませんレオナさん! やめろカーミラ、人聞きが悪すぎるだろ!?」
必死に反論する俺。それを見てレオナさんは、クスクスと笑った。
「仲がいいわぁ。お似合いよ、あなたたち」
「お似合い、とは?」
カーミラが、レオナさんでなく俺に聞いてくる。
レオナさんが言うのはつまり、男女として俺たちの相性が良さそうね、ということなのだろうが、そんなこととても俺の口からカーミラには言える気がしない。
俺は「さあ?」とはぐらかした。が。
「あのね、カーミラちゃん。お似合いっていうのはね?」
ゴニョゴニョとカーミラに耳打ちをするレオナさん。
カーミラの顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
「そっ、そんなこと……っ! おいソルダム!」
「なんだ?」
「とおっ!」
「うぐっ!」
突然の正拳突きが、俺の腹に入る。息が止まった。
「ま、まだ洗い物はたくさんある! 洗い場に戻るからキミは残りを干しておけ!」
そう言い残して、カーミラはプリプリしながら去っていく。
「なんなんだあいつ……!」
俺が苦悶していると、レオナさんがクスクスと笑う。
「テレ屋さんなのねぇ、カーミラちゃん」
「え? テレ屋!? あいつがですか!?」
レオナさんの言葉に困惑した。
だってあいつは俺に対し、口達者に男女のことを慣れているように語ってくる。なんなら風呂にだって勝手に入ってくるくらいなのだ。
そのカーミラがテレるだって?
俺はもう一度レオナさんに確認した。
「勘違いでは……。あいつは俺が風呂に入っているとき、裸でズカズカやってくるような奴ですよ?」
「でもあの反応は、テレているようにしか見えなかったわ」
うふふ、とレオナさんは笑い。
「子供なのね、きっと。人付き合いが、子供」
「カーミラが子供って」
「だってそうでしょう? 仲がいい相手をテレ隠しに叩くなんて、子供の仕草よ?」
言われて、反芻する。
そういえば、と思わなくもない。一緒に暮らしてみてなんとなく感じていたが、カーミラの感情表現は驚くほどに子供染みているときがある。長い時間を生きてきたとは思えないほど子供っぽい。
なるほど。それは、これまで彼女がどれだけの時間を一人だけで過ごしてきたか、という証左なのかもしれない。これまで他者との付き合い方が浅くて、他者と接するときの自分が、自分でもよくわかっていないのだ。
そう思うと色々と得心がいった。
殴られた腹をさすりながら俺はレオナさんに頷いたのだった。
「それにしても、すごい量のお洗濯物ねぇ」
ウチの前に干された洗濯物、カーミラの衣服を眺めてレオナさんがしみじみ呟いた。
いったい、いま干してあるのだけで何着だ? 二十着を優に超えている。
「え? ああ。そうですね。カーミラは長い旅をしてきているので、その分着る物も多かったのでしょう」
「でも全部真っ黒ね」
「黒が好きらしいですね。まあ実際、カーミラには合ってると思いますよ。白い肌が際立ちますし」
「もったいないわ、あんなに美人なんだから、もっと色々と試してみないと」
「ふむ」
一理ある。と俺は思った。
似合う似合わない、という話ではなく、色々試してみる、というところにだ。
カーミラは今、新しい環境に触れて見識を広げようとしている。
それなら新しい色の服を着てみる、というのも、一つの儀式になるのではないだろうか。
カーミラに服を買ってやろう、俺はそう思ったのであった。
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