自宅内の詳細確認

「寒いからよ、コレ持ってけ」


そう言って手渡された、売り物のライダースジャケット。

パッドも入っており、保温性抜群。

背中に黒文字でロゴが入っており、ナカナカ格好いい。

それだけに、こういう状況で着たくはなかったが仕方ない。


深紅のジャケットを羽織り、ノーヘルで2ケツ乗車。

比較的被害の少ない陸前山下駅付近から石巻好文館高校裏門側を抜け、

大街道の自宅付近で降ろして貰う。


大街道そのものは泥と瓦礫と水で溢れ、とてもだが通れたもんじゃなかった。

北側にある自宅周辺は泥と瓦礫こそ少ないが、やたらと白いものが目に入る。


ああ・・・そうか。コレは日本製紙石巻工場から流出したパルプか。


パルプは至る所に絡み付き、塀や壁、さらには近所の植え込みや雑草に至るまで、

真っ白に染め上げていた。

工場からの距離はそれなりにある筈だが・・・自然の力は本当に恐ろしいものだ。



自宅は賃貸のメゾネット。

数日前に戻った時は余裕がなかったため、改めて被害状況を確認する。


1階は泥にまみれ、家具家財がことごとく倒れている。

1か月前に買ったばかりのTVも、正面から泥の中にペチャンと倒れていた。

色が気に入って買ったのになぁ・・・・悔しい。


リビングのテーブルが大きかったので、その上にあるPCは辛うじて無事。

食器棚と冷蔵庫は斜めになったまま通路を塞いでおり、足下が危ない。


塞がれた通路の先、キッチンには大型のストッカー。

入籍したとはいえ、一人暮らし状態の食生活を心配し、

妻と相談して買ったストッカーの中には、大量の作り置きが冷凍されている。


中を確認・・・良かった。3月という事もあり、全然溶けていない。

飲料水も無事だし、小出し小出しにすれば当分の間は何とかなりそうだ。



リビングから外に通じる窓の前にあるウッドデッキは大きく傾いている。

津波によって浮き上がり、そのまま斜めになってしまったのだろう。

柱に引っ掛かった状態になっているので、さすがに人力でコレは戻せない。

大型の油圧ジャッキで持ち上げないと厳しいか・・・


泥の中からゴミ袋を探し出し、ダメになったものをポイポイ放り込む。

黙々と分別作業を続け、袋の数は10を超えた。

分別を終えたら、窓と扉を開け放ち泥を掻き出す。

水分が残っているうちに、少しでも出してしまわないと後が大変だ。


ひたすら作業を続け、気づくと時刻は午後3時を過ぎていた。

道理で腹が減ってくる訳だ。

ストッカーから食料を出し、太陽の光で溶かしながらモシャモシャと喰らう。

余裕があるとは言え、貴重な食糧だ。じっくり味わって体力をキープしなきゃ。



気のせいか、開け放っている玄関から、俺を呼ぶ声がする。

いや・・・気のせいではない。確かに俺の名を呼んでいる。


まさか


まさか


まさか



「いるよー!今行く!」


大きな声で返事をし、速足で玄関に向かう。




そこには、足元を泥だらけにした、母の姿があった。

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