宏樹君の休日5

代官坂のぞむ

第5話

「あの人って誰ですか? 夜中に道端で仕事の依頼って、変じゃないですか?」

「あの人っていうのは、ここのオーナーの知り合い。時々、街で会った時に、荷物を運ぶ仕事とか頼まれるのよ。あ、荷物って言っても、筋肉使うようなのじゃなくて、一人暮らしのお年寄りの家から封筒を預かって、事務所に持っていくとかだけど」

 きっと真っ当な仕事じゃない。オレオレ詐欺の運び屋みたいな、やばいのだぞ。宏樹はそう思い、ぎゅっと手を握る。

「なんか今日は、筋肉仕事になっちゃったけどね」

 足首を持ち上げられて、本棚ごと押し倒されたことを思い出し、宏樹はさらに胃が縮む思いになった。


「荷物を横取りする悪い奴が来るかもしれないから、お互いにキーワードを言って確かめてって言われたんだよ。ちゃんとやったのに、なんで人違いになっちゃったかな」

「俺、キーワードなんて知らないし、言った覚えもないんだけど」

 女性は、膝の上のリュックを抱きしめて、不満そうな顔になった。

「声をかけてきた人と『落とし物ですよ』『なんでこれを持って逃げないの』『君の物を持ち逃げはしません』って言うことになってたから。ちょっと違うけど、そう言ったでしょ?」

 宏樹は憮然とした顔になった。「君のリップなんか持って逃げるわけないだろ」とは言ったが、だいぶ違う。


「あの、もう帰ってもいいですか? その荷物は俺には関係ないし、家に帰って勉強しなきゃいけないから」

 女性は、申し訳なさそうな表情で宏樹の手を握った。見た目は中学生の女子に握られたので、宏樹はドキリとして手を引いたが、思いのほか力が強く離すことができない。

「ごめんね。ちょっとオーナーに電話するから、ちゃんとこれを本当の相手に渡すまで、ここにいてもらえないかな。もし渡し損ねたら、面倒なことになっちゃうし」

 優しい目だが、がっちり握られた筋肉の凄みを感じて、宏樹はぶるっと身震いした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宏樹君の休日5 代官坂のぞむ @daikanzaka_nozomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ