ぼくという一人

夏伐

終わりの日

 起き抜けにテレビのスイッチを入れると、ニュースのアナウンサーが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言った。


 惰性で流している録画映像。テレビの中では繰り返し、終わりの七日間を再生し続けている。


 このニュースが初めて流れた時、世間はパニックになったし、ネットもデマが大量に流布されて色んな情報が大きな波のように世界を覆った。


 ぼくは歯磨きをしながら横目で、そのカウントダウンを眺める。本当に世界はパニックになったのだ。隕石が降るとか火山が噴火するとか、核のカウントダウンだとか言う人もいた。果ては人工地震が起こされる、なんて事を言う人まで現れた。


 そしてそのニュースの終わりに政府から子供や若者を筆頭にして、とある薬の摂取が指示された。


 ぼくも当時は子供だったので、学校で給食の後に配られるその薬を飲んでいた。

 その薬についての詳細は知らされることはなかった。カウントダウンと何か関係があるのでは、と噂されていた。


 とはいえ、日本全国で田舎から離島にいたるまで全ての子供たちがその薬を飲んでいた。だからほとんどの人たちは何も考えずに摂取していた。


 次は希望する大人たちがその薬を手にしていた。薬を希望するか否かのアンケート用紙が住民票を登録している場所へ届けられた。


 その薬についても色んな噂が飛び交った。


 絶対に飲んではいけない、という話も流れていた。でも大半がその薬を飲んでいた。


 ぼくが薬を飲み始めて二日、世界の終わりまであと五日に迫った日――不思議なことに気づいた。友達もそうだったらしい。


 どこか遠くから声が聞こえるようになったのだ。


 何を言っているのかは分からない。でも確かに声が聞こえる。

 全国の子供たちが口々にそう言うので、それには『空耳症候群』と名前が付けられた。医療機関では原因が調べられたが結局、数日で分かるものはいなかった。もちろん、薬の成分を調べる人もいた。


 インターネットで薬の成分について言及した人はすぐに行方不明になった。それがよりデマを広める原因となった。


「世界のはじまりから七日、皆さまいかがお過ごしでしょうか?」


 ぼくの頭に今日のニュースが響いた。


 世界の終わり、その日に人類は二つに分かれた。

 薬によって脳の受容体が変化した人々とそうでない人々だ。旧人類と新人類と呼ばれ区別された。


 世界の終わりの日、ニュースキャスターが言った。「おはようございます。本日で今までの世界は終わります。悔いのない一日をお過ごしください」と言った。

 全世界共通であった貧困問題、環境問題、様々な問題を解決するために人類の意識を統一すべきだと唱えた博士がいた。

 一人一人の努力ではあまり意味をなさなくても、皆で協力すれば、と言うだろう?


 その博士はかなり有名な人で、詐欺師たちと手を組み各国の国の中枢に薬を飲ませて言った。例えば、脳の働きをよくする新薬などと言って。


 例のニュースや薬を広めた人々の裏にいたのは、そうしていくつもの体を手に入れた個人だった。


 ぼくは学校に行く用意をする。旧人類から見れば、薬を飲むのを止めた人たちは英断だったと思う。新人類、とはいえ数人しかいないけれど。


 ぼくはぼくとして生活する人々を操りながら、今日のニュースと終わりの日のニュースをチェックする。

 ある所では、バスに乗りながら、朝食を食べながら、仕事をしながら、家族と挨拶をする。

 ぼくではなかった人々の体を使って――。

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