Chapter 8 ●スカムボムの脅威


……ジジ……スカム・ボム(泡状爆弾)……急接近……接触マデアト……17秒……緊急回避セヨ……ナオ……自動追尾装置……搭載ノ可能性アリ……ソノ場合……緊急回避ノ成功率……0.78%……判断ヲ急ゲ……ジジ……ジ


『……0.78だと? おれはそこまでギャンブラーじゃないぜ』

 ダイシュナルはムービング・キャッチの回答に憤然とした。

……が、回避がダメなら当然迎え打つしかない。ダイシュナルはトンネルに女史とシー・ゴリラが消えたのを確認すると、ただ一人スカム・ボムを迎撃するためマリン・ジェットのノーズを水底にむけた。


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スカム・ボム(高密度酸素爆弾)

〈スカム・マスタ〉の所有する対水上方向型兵器の一つ。高密度の純粋酸素…O を主成分とする気泡状爆弾で、深海8000ファゾムあたりから攻撃対象に向かって発射される。発射時は圧力によりほんのビーダマほどの大きさだが、浮上するにつれ水圧から解放され200ファゾムでは直径10mにまで膨張する。ゆえに上昇すればするほど、回避が難しくなる。

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 水中姿勢安定のためサイド・ブースターからバランスパワーを噴射しながら、ダイシュナルはムービング・キャッチのモニターのなかで巨大化する発光点をにらみつけた。

『セミアクティブ・ホーミングα4407……おれに残された武器はあとこいつ4本だけか』ダイシュナルは迎撃ミサイルα4407のスターターに手をかけた。

……ジジ……接触マデ……7秒……6……5……4……

 ムービング・キャッチのカウントダウンは容赦なく刻まれてゆく……。

『ぎりぎりまで引きつけてやる』

 赤外線マスクの奥で鋭く光るダイシュナルの左目の横を、ツーと一筋の汗がつたった。


ゴーーーーーーーーーーーーーーッ


 半透明の巨大隕石はもう大きささえも分からない程の迫力で、ダイシュナルを吹き飛ばそうと海水を振動させ目前に迫った。

……3……2……1……ジジ……


マリン・ジェットのサイド・ブースターが水中振動で悲鳴をあげた。

 ググッと体制が崩れそうになった。

『いまだ!』

 ダイシュナルはスターターを一気にONのほうに弾いた。

     チューーン  チューーン

       チューーン  チューーン


 4発のミサイルはエメラルドグリーンのガスを噴射し、泡の壁に飲み込まれていった。

 次の瞬間、巨大な泡の壁面に4本のオレンジ色の閃光が走った。

 閃光はすぐに深い亀裂となり、泡は4つの固まりに分解した。

 まるで細胞分裂でも起こしたかのように4つの泡はそれぞれ互いに反発し、ばらばらに弾け飛んだ。

 その間、およそ10数秒だったがトンネルの穴近くの岸壁にいたダイシュナルは、すさまじい水中振動でマリン・ジェットごと30ファゾムほど上に吹き飛ばされた。

 爆破により巻き起こった激しい海流に振り回され、なおも上昇を続けていた。

 マリン・ジェットは完全に自動コントロールを失っていた。

 ダイシュナルはコントロールを取り戻すためにすぐに手動に切りかえてみたが、思わぬ緊急浮上に計器自体が完全にオートロックしてしまい、コンソールも赤い緊急ランプをけたたましく点滅するだけで、

まったく操縦士の言うことを聞かない。ジェットコースターのような状態で、ダイシュナルは深度計をチェックした。

『155ファゾム……。くっ! このままじゃM.O.C.の水中ソナーに感知されちまうぜ』


 ダイシュナルはマリン・ジェットを諦め、自力での潜行を決意した。

 爆破による衝撃波は、バリアント・シーグル全域に及んでいた。

 アッ、という間にマリン・ジェットは激流に揉まれ、あがっていった。

 ダイシュナルの判断が一瞬でも後れたなら、間違いなく海の藻屑となっていただろう。

 マスクをショックウエーブモードに切り換え、ダイシュナルは衝撃波の隙間を探した。

 ほぼ垂直にきりたつ岸壁ぞいに、不安定ではあるが一筋のエスケープ・ゾーンを発見すると、ダイシュナルは渾身の力で潜水を始めた。

『早くトンネルの入り口まで戻らなければ……。彼女のエアーがもたない。おれの泳ぎで45ファゾムの潜行だと、およそ15分……。間に合うだろうか』

 マリン・ジェットを捨てたということは、潜行に時間がかかることはもとより、搭載していたコンソールをも失ったことになる。もはや正確な潜水プログラムを組み立てることはできない……。したがって現在ダイシュナルの潜行は、彼自身の百戦錬磨のキャリアによってのみ、かろうじて組立られていた。


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 いっぽう、ベイル海峡へ向かう女史とシー・ゴリラは、すでにトンネルの中程まで進んでいた。………が、女史のコンソールの目盛りは今にもエアー残量ZEROを指し示そうと、その針を微妙に震わせていた。

“シーちゃん。……わたし、苦しいわ”

 女史はメッセージ・ボードをシー・ゴリラに見せ、自分を置いて先にトンネルを抜けるように身振りで伝えた。……だがシー・ゴリラはイヤイヤをして、よけいに女史にまとわりついた。

 意識が遠のく……。

『いけない、頭がガンガンする。完全に酸欠状態だわ』

結局彼女は、あと数分しか意識がもちそうもないと自己診断をくだした。

 トーキンのブレインをシー・ゴリラに手渡し、今度はさっきより厳しい身振りで先に行くように命じた。

 もともとナイーブな種であるシー・ゴリラではあるが、女史と長い間一緒にいたこのシー・ゴリラは、すでに彼女の切迫した状態を、本能的に感じ取っていた。

ブルゥゥゥゥーーー

 一息唸りをあげると、シー・ゴリラは今にも漂いそうな女史を、しっかりと両腕に抱え込んだ。

 次の瞬間シー・ゴリラの体は、突然きりもみ回転を始め急発進で水中に亀裂を作った。

 女史はシー・ゴリラの逞しい腕に抱かれ、とぎれとぎれの意識の中で、体を捩じ切られるような悪夢を見た。

 シー・ゴリラは今まで見せたこともない勢いで、突き進んだ。

 異常急流の波状攻撃ももろともせず、およそ50ノットのハイスピードを全く緩めようとしない。タイト・ポイントでは体毛を逆立て、ドリルのようにトンネルの岩盤を削り取りながら強引に突破してゆく。

 その衝撃で、鋭く突き出す体毛の何本かは折れ曲がり、何本かはちぎれ飛んだ。

 痛みをこらえ、鰓呼吸さえ止めたまま、シー・ゴリラは一気に補助タンクのあるはずのトンネルの出口を目指した。

 不規則に隆起するトンネルのコーナーを、直線的に結ぶ最短距離を選び、ミサイルのように飛ぶ。

 ハイ・スピードで狭くなったシー・ゴリラの視野が、突然開けた。

……と、同時に水上からの太陽光線が、マリン・ブルーの輝きでシー・ゴリラを包んだ。すぐに、ピコーン ピコーン と牽引音を発信する補助タンクが見つかった。

 シー・ゴリラは、しっかりと抱きかかえていた女史を、そっと横たえると素早くレギュレーターを彼女の口にあてがった。

クゥーーーン

 心配そうに鼻を鳴らして、女史を見つめるシー・ゴリラ。

 数秒後、マスク越しの彼女の目が開いた。

 いまだに酸欠で重い頭を、2・3度横に振り、女史はゆっくりと上体を起こした。

プヲ〜〜ン!!

……と歓喜の叫びをあげ、シー・ゴリラは女史を抱き起こした。

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 シー・ゴリラの身を呈した力泳で、女史が一命をとりとめた頃………。

 衝撃波と格闘するダイシュナルは、五感の全てを鋭角にとがらせ、死力を振り絞りかろうじてトンネルの入り口にたどり着いた。

 この潜水がコンソールにメモリーされていれば、おそらく非常にハイ・レベルなアタックとして(M.O.C.)に登録された事だろう。

 ダイシュナルはボンベから、残り少ないエアーを絞り出しながら、トンネル内の女史を捜した。計算では酸素残量がゼロになってから、すでに3分経過している。

『急がなければ……』

 視界の効かないトンネルの中で、ダイシュナルはマスクの赤外線モードをフルにして、女史の残像を追いかけた。

 トンネルの中腹にさしかかったころ、ダイシュナルのエアーはついに底を突いた。

 さすがのトップダイバーも、呼吸ができなければ………死ぬ。

 得意のマインド・コントロールも、混乱をきたし始めた。

 トンネルの岩肌が有機的に歪み、まるで大蛇の腹の中にいるような幻覚が、彼を襲った。『クッ………これまで……か』

 もう女史を捜す力もない。

 ただ彼女の無事を祈りつつ、蛇の腹の中を漂った。

赤外線マスクのバッテリーも弱まり、視界も暗くフェードアウトしはじめた。

ダイシュナルは最後に、シー・ゴリラが目の前で鼻を鳴らす幻覚を見た。

そして、ゆっくりと意識を失っていった。



 シー・ゴリラはダイシュナルを発見すると、補助タンクのレギュレーターを、レスキューモードでくわえさせた。

 ダイシュナルが幻覚だと思ったシー・ゴリラは、実在したのだ。

 女史を助けたシー・ゴリラは、すぐに補助タンクを抱え、トンネルを引き返したのだ。

 もちろん、女史が命令したことは言うまでもない。

全速力のシー・ゴリラに後れること、4〜5分で女史が現場に到着した。

「ダイちゃん……。しっかりして!」

 開口一番そう叫ぶと、女史は昏睡状態のダイシュナルそっと抱え上げ、ひざまくらをした。自分のコンソールを、ダイシュナルのスーツに接続すると、さっそく診断を始めた。

 この時、おぼつかないバディペア(シャルル・ソニア)の表情は、いつのまにかM.O.C きっての天才医師(ドクター・レム)のものに変わっていた。

 コンソールを作動させ、ダイシュナルのPCCBデータを探った。


………ピピッ……対象……ギル・ダイシュナル……脳波:α波……呼吸数:毎分12回(レスキュー・モード使用)……脈拍:異常低下/毎分30回……血圧:低下……対象の現状:急速酸欠状態ニヨル昏睡状態……迅速ナ処置ヲ必要トスル………20分以内ニ電気ショックニヨリ心肺機能ヲ回復セヨ……ピピッ………


『重症だわ……。でも電気ショック治療装置は、クルーザーだし……。あそこまで行かなきゃ治療できないわ。……だけど20分じゃ、減圧停止時間も足りないし……。だいたいそんなスピードで浮上したら、それこそ命取りだわ。どうしよう……クルーザーまでたどりつけない』

 女史は、判断を急がなければならなかった。

だが、肝心の治療装置はクルーザーの中。彼女のコンソールから牽引ビームを出し、補助タンクの時のように、海中に呼び込むことはできたが、その装置は電気を使用するため、水の中で使用することができないのだ。

 それは、シー・ゴリラの取りに行かせても、同じことだった。

 とにかく今の女史に分かっているのは、ダイシュナルをクルーザーまで連れて行かなければ、どうしようもない……ということだけだった。

『何か使える物ないかしら』

 女史は、ワラをもすがる思いで、クルーザーに搭載している物のメニューを、コンソールに呼び出した。


 ジジッ……と音をたて、コンソールのモニターに、搭載機材の一覧表が映し出された。

 しばらく画面をにらみつけていた女史は、突然歓喜した。

「あった!! これだわ、これしかない」

 それは皮肉にも、女史の嫌悪するB.C.R 装備の欄にあった。

上から2行目………。


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