真夜中のふしぎな本屋

明弓ヒロ(AKARI hiro)

ある夜の出来事

 最近、俺は真夜中に散歩をすることが日課となっている。今、取り組んでいる新しいシステム開発のプロジェクトが海外の大手企業が顧客となっているため、深夜二時から毎日オンラインビデオ会議を開催しているのだ。下手に眠って寝過ごしたら困るので、散歩をしてビデオ会議までの時間を潰している。


 今日もぶらぶらと街を歩いていると、とつぜん白いウサギのぬいぐるみが目の前に現れた。そして、俺においでおいでをした。


 普通の奴ならビビって腰を抜かすか、これは夢だと思って頬っぺたをつねるか、ストレスのため自分は気でも狂ったのかと思うところだろう。だが、俺は小さい頃からSFやらファンタジーやらを読みふけっていた本の虫だ。ちょっとやそっとでは驚かない。不思議なことが起きたならば、いっちょそれをネタに小説でも書いてやろうと思うたちだ。


 俺はウサギのぬいぐるみの正体を暴いてやろうと、近づいて行った。すると、ウサギのぬいぐるみはさっと後ろを向いて走り出し、あるていど距離を取ると立ち止まって振り返り、また俺においでおいでをした。まるで、不思議の国のアリスに出てくる白ウサギだ。


 俺がウサギのぬいぐるみの方に歩いていくと、再び、ウサギのぬいぐるみは走り出す。暫くすると振り返って、おいでおいでをした。俺が近寄ると、またウサギのぬいぐるみは走り出す。そんなことを何度か繰り返すと、俺は見知らぬ路地に立っていた。今まで、足を踏み入れたことのない地域だ。そして、ウサギのぬいぐるみが一軒の店へと入っていった。


 本屋だ。見た目は一昔前の古本屋のようで、深夜だというのに店内には明かりが灯っており営業中に見える。この店がウサギのぬいぐるみを操っているのか。面白い。


 俺は店の中へと入った。「いらっしゃいませ」と店の奥から男の声がかかる。


「なんだ、この本屋は?」

 俺は思わず、独り言を吐く。この店は本の並びがだ。平積みになっているのは、写真集から地図、ミステリーの文庫、ビジネス書と全く規則性がない。


 そして、本棚に目を遣ると、こちらも本の並びがめちゃくちゃだ。ジャンルも著者もタイトルもごちゃまぜになり、全く規則性というものがない。これでは、何か本を買おうとしても探しようがない。


 これじゃ、ウサギのぬいぐるみを使って客を呼び込んだところで、何も買わずに客は帰るだろう。


 俺も帰るか。不思議な経験をした話のタネにはなる。

 

 だが、帰ろうとした俺は、不思議と後ろ髪を引かれた。


 なんだ? 何が引っかかるんだ? ウサギのぬいぐるみの正体をちゃんと確かめていないからか? 


 いや違う。本だ。この店にある本だ!


 俺は平積みされていた写真集を手に取った。なんと、俺がずっと欲しかった写真集だ! 俺がまだ中学生だったころに、当時人気絶頂のアイドルが脱いだ写真集だ! まだ子どもだった俺には買うことができなかった、あの写真集だ!


 俺は写真集を戻し、隣の地図を手に取った。昔の地図だ。だが、大昔の地図じゃなく、俺が子どもの頃に住んでいた当時の街の地図だ。今は無き懐かしい店や、俺が通った小学校も載っている。


 ここに平積みされている本は、全部俺の欲しい本だ。


 まさか! 俺は、本棚を改めて見た。


 本棚にある本もそうだ。ぐちゃぐちゃに並んでいるが、全部俺が読みたい本だ。

 いや、ぐちゃぐちゃじゃない。


 に並んでいる。なんなんだこの本屋は。


「お気に召したものはありましたか」

 俺が呆然としていると、店主から声がかかった。


「こちらの店は、あなた様専用の本屋となります」

「俺専用の本屋?」

「さようでございます」

 俺は暫し、心ここにあらずという感じだったが、次第に平静を取り戻した。この俺をここまで驚かせるとは、たいしたものだ。


「とりあえず、写真集をもらおうかな。電子書籍じゃなく、紙の本で」

「承知しました。本日中に発送いたします」


 メタバースなんて何の役に立つのかとバカにしてしたが、考えを改める必要があるな。


 登録したユーザーの好みに合わせてレコメンドした書籍を、仮想空間上の本屋に並べる。原理自体は単純だが、現実と区別がつかないリアルな3DCGと、高解像度のHMD、優秀なレコメンドエンジンがあってこそのサービスだ。昔からアイデアはあったが、ここまでの完成度で実現していることが素晴らしい。俺が深夜に散歩している習慣に合わせて、ウサギのぬいぐるみのアバターを使って、さりげなく店まで案内するのも芸が細かい。


 だが、俺だって負けていない。このメタバース上の仮想書店は、すでに出版された本を売っているが、俺たちが現在開発中のシステムは、ユーザーに好みに合わせて自動でAIが小説を作るサービスだ。著作権的にはちょっとアレだが、既存の作品をユーザーが気に入るように改変する機能も売りにする予定だ。


 さて、ミーティングの準備をするか。俺はメタバースからログアウトし、オンラインビデオ会議のアプリを立ち上げた。


―了―

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真夜中のふしぎな本屋 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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