深夜の散歩と死んだ目のアリス

すらなりとな

放課後のお散歩

「すっかり遅くなっちゃったわ」


 放課後。

 アリスは日が暮れた学校を背にそうつぶやいた。

 アリスは貴族の令息令嬢が通う学園の生徒である。

 下級貴族とはいえ、貴族のご令嬢なのである。

 暗くなってから校門をくぐることはない。


「まったく、とんだ目にあいましたわ!」

「そうかなぁ? 私は楽しかったよ? 掃除するラティ可愛かったし」

「なぁんですって!」


 遅くなったのは、主に目の前で騒ぐアーティアとラティの二人のせいである。

 二人とも同じ学園に通う生徒で、アーティアはアリスと同じ下級貴族で、ラティは典型的な上級貴族のお嬢様である。

 三人して授業中の実験に失敗――断じて、アリス達が原因ではない。むしろ、先生が余計なことをしたせいである――し、教室をぐちゃぐちゃにした結果、掃除を命じられたのだが、普段掃除という庶民の義務など知らぬラティと、悪戦苦闘するラティを持ち前の天然で煽るアーティアの二人ではかどる訳がなく、結果として、こんな時間になってしまった。

 おかしい。

 掃除していた時間より、二人をなだめていた時間の方が長い気がする。

 今日はさっさと帰って寝よう。

 若干のいらだちとともに速め始めた足は、


「ねぇねぇ、せっかくだし、どっか寄り道していかない?」


 アーティアの声で遮られた。

 振り返ると、呆れた声を出すラティ。


「せっかくだしって、もう結構な時間ですわよ?」

「結構な時間だからじゃない。

 ほら、どうせ帰っても何もしないし、気分転換になるよ?」

「はあ、まあ、寮の門限は過ぎてもいいよう先生方から連絡が入っているはずですけど……って、引っ張らないでくださいまし!」

「いいからいいから、ほら、アリスも!」


 止める間もない。

 文句を言う前に手をつかまれたアリスは、夜の街へと引き込まれていった。



 # # # #



「で、街の真ん中に来たのはいいけど、どこかあてはあるの?」

「ないよ? アリスは、普段どこか遊んでる場所とか、ない?」


 町の広場。

 未だ人が行き交うそこで、アリスは返ってきた疑問にがっくりと肩を落とした。

 どうやら、アーティアはどこか行きたいところがあったわけではなく、何か楽しそうだから二人を連れ出したようだ。

 無計画もいいところである。


「ないわよそんなの。普段は部活だし、終わったら疲れてさっさと帰ってるわ」

「部活? あ、そういえばフェンシングやってるんだっけ?

 ラティは? どっか普段行くところとかある?」

「あるわけないでしょう。

 だいたい、庶民の町なんて、ワタクシのような上級貴族が来るところではありませんわ。せいぜい、授業の参考書を買いに本屋さんへ寄るくらいですわね」

「よし、じゃあ、本屋さんいこう! そうしよう!」

「あ、ちょっと?」


 またも歩き出すアーティア。

 アリスはラティと一緒に慌てて追いかける。

 放っておいたら、一人で迷子になりそうだ。


「あの子、なんであんなに元気が有り余ってるんですの?」

「知らないわよそんなの。アンタとデートできるのが楽しいんじゃない?」

「ちょっとやめてくださらない!?」


 ラティと話しているうちに、本屋に巡りつく。

 ちょうど、アーティアが店の扉を開いたところだった。


「いらっしゃいませ。

 あら、アーティアちゃんじゃない」


 出迎えたのは、店長の老婦人。

 普段、アーティアはこの本屋でバイトをしている。

 働きぶりはいいらしく、こうしてバイト外の時間に訪れても歓迎はしてくれている。


「どうしたの? 今日はバイトじゃないでしょう?」

「ちょっと遅くなっちゃったんで、みんなで遊びに来ました!」

「このお店じゃ遊ぶようなものはないと思うけど……あ、そうだわ。少し待ってて」


 が、遅れて入ったアリスとラティの顔を見たかと思うと、奥に引っ込んだ。

 そして、すぐ小さな包みを手に戻ってくる。


「ほら、預かり物よ? 学園の先生から、三人にって」


 そういえば、実験の失敗の原因を作った先生から、埋め合わせにお礼を用意した、書店で受け取ってくれ、って言われてたっけ?

 終わらない掃除のせいですっかり忘れていたが、先生の方も多少は罪悪感を感じていたらしい。


「えっと、開けますわよ?」


 代表して受け取ったラティが、包みを開いていく。

 出てきたのは、白い箱。

 大きさからして、お菓子か何かだろうか?

 が、開けてみると、封筒がポツンと一つ。

 まさか現金か、と思いきや、中から普通に便箋が出てきた。

 ラティが広げる。


「ええっと、読みますわよ?

『反省文

 この度は、私の指導する錬金術の授業で、ぬいぐるみが爆発するという事態が起こった事について、深くお詫び申し上げます。

 教師の監督責任を問われかねない言語道断の事態であり、極めて遺憾であります。

 さて、このような事態に陥った原因ですが、やはり学生特有の知的好奇心ではないかと考えます。

 もともと、爆発したぬいぐるみは、過去の資料的価値を持った遺産として、この学園に赴任する前から私が個人的に保管していたものです。が、ミートソースをこぼしたり、間違って掃除機に吸い込んだりしたため、いつの間にかボロボロになり、結果、あまりのボロさにまさか盗み出すものがいるとは考えておりませんでした。学校に教材としてもってきた際も、適当に放置してしまっており、誰でも持ち出せる状態でした。

 そんな中、知的好奇心を持て余した生徒が、このような素晴らしい授業で使われる教材は何だろう、ぜひとも調べてみたい、と、行動に移しても、仕方がないことと思われます。

 つまりは不可抗力ということで、今回は面倒を避けるためにも、穏便に済ます方向でご検討いただければと思います』

 なんですのこれ!?」


 微塵も罪悪感のない文章に、叫ぶラティ。


「なんでぬいぐるみが爆発したんですの!

 なんで盗まれて平気なんですの!

 ソースこぼしたようなものを授業で使うんじゃありませんわ!

 自分で自分の字授業を素晴らしいとかいうんじゃありませんわ!

 資料的な価値をもったものならちゃんと扱いなさい!

 それから――」

「ま、まあまあ。ほら、まだ底にもう一枚引っ付いてるよ? えっと……

 『この反省文は読み終わったら爆発します』……?」


 閃 光 !

 爆 発 !


 アリスの目は死んだ!



 # # # #



「ひどい目にあいましたわ」

「こんどあったらせんせいにせつめいしてもらおううんそうしようついでにばくはつおちさんかいとかせつめいしてもらおう」


 本屋を出て、再び夜の街。

 キレる余裕もないのか、げんなりしたラティに負のオーラを纏うアーティア。

 アリスはため息をついて二人に向き直った。


「はあ、もう、しょうがないわね。

 夜のお散歩、もう終わりにする?」

「いや! ダメ! なんか知らないけど、ここで帰ったらなんか負けた気がする!」

「珍しく気が合いましたわね?

 で、どこか行く当てはありますの?

 今なら、ワタクシをエスコートしてもいい権利を差し上げてもよろしくてよ?」


 おい、そんな絶対失敗するギャンブラーみたいな思考は止めろ。

 どうやって止めさせようかと思ったが、その前にアーティアが目を輝かせ始めた。


「エスコート! お嬢様をエスコート! ついにこの日がキター!」


 そして、ラティの手を取って顔を近づける。


「お嬢様! どこかご希望はございますか!?」

「え? ええっと、では、疲れたのでどこか休めるところへ……」

「お任せください!」


 先ほどの負のオーラはどこへやら。

 嬉々としてラティの手を引く歩き始めるアーティア。

 アリスはアーティアとは反対の手を取って、一言。


「よかったわね、デートできて」

「やめてくださらない!? 二回目ですわよ!?」


 そんな会話を交わしているうちに、アーティアが立ち止まった。

 小さなレストランだ。


「お嬢様! ここで休憩しましょう!」

「え? ええ、まあ、入ってあげてもよくってよ?」


 何か愉快な会話をしながら入っていく二人。

 アリスも仕方なく後に続く。


「いらっしゃいませ」


 出迎えたのは、大柄な店員。

 時間にしては、結構な人であふれている。

 どの客もテーブルに大量の料理を並べており、案内された座席のメニューにも、ボリュームのある料理が並んでいる。

 小洒落たレストランというより、定食屋に近いようだ。

 どう考えてもお嬢様をエスコートしてくる店ではない。


「なんでこの店選んだの?」

「えっと、バイトがないときはここでごはん食べるんだけど、その、他に思いつかなくて……」


 聞いてみると、実に歯切れの悪い返事が返ってきた。

 どうやら、お嬢様をエスコートするシチュエーションにはあこがれていたが、現実に案内するシミュレートはできていなかったらしい。


「ま、まあ? ちょっとワタクシが入るにはグレードが低いようですが?

 たまには庶民の生活を知るのも勉強ですし?

 許してあげてもよくってよ?」

「まあ、おんなじお嬢様でもラティは偽物っぽいしね」

「何かおっしゃいまして?」

「いや、別に? それより注文しましょ?」


 これでも必死にフォローしているであろうラティを横に、店員を呼ぶ。

 アーティアは慣れた様子でよく分からない定食セットを注文し、ラティは紅茶を、アリスはコーヒーを頼んだ。


「っていうか、よく分からない定食セットって何ですの?」

「え?

 店長のお勧めで、正式名称ミートソーススパゲッティハンバーグ定食だけど?」

「……そ、そうですの。しょ、庶民の間ではそんなものが食べられているのですね。知りませんでしたわ」


 いや、食べられてないよ?

 アリスが突っ込む前に、オーダーが届いた。

 五キロはありそうなプレートを嬉々として受け取るアリス。

 ビールジョッキになみなみとつがれた紅茶とコーヒーに絶句するラティとアリス。

 恐る恐る、声をかけた。


「これ、いつも食べてるの?」

「うん。バイトのない日はいつもこれかな?」

「そ、そう。よく太らないわね」

「んー? このくらい大丈夫だよ? アリスとラティはいらないの? デザートにアイスとプリンもあるよ?」


 不思議そうに聞いて来るアーティア。


 アリスとラティの目は死んだ!



 # # # #



 わずか20分でデザートまで平らげたアーティアと、たっぷり20分使って何とか紅茶とコーヒーを飲み切ったラティとアリス。

 三人は、初めの広場に戻ってきていた。


「ふう、楽しい時間はすぐ終わっちゃうね」

「はあ、まあ、気分転換になったのは確かですわね」


 若干引き気味なラティに首をかしげるアーティア。

 そんな二人と一緒に、アリスは寮への帰路を歩き始める。


「じゃあじゃあ、また三人で遊ぼうね?」

「今度は食事に夢中になる前に、ちゃんとエスコートしてほしいものですが?」

「う。じゃ、じゃあ! お店探しとくよ!」

「いえ、それは結構!

 今度はワタクシが貴族としていくべきお店にご案内させていただきます!」

「え? いいの!?」

「ええ! 貴女は、このワタクシが! 直々に! 貴族としてのマナーをお教えして差し上げますわ!」


 そんな会話を聞いているうちに、分かれ道に。

 左は上級貴族の、右は下級貴族の寮に続いている。


「では、また明日。ごきげんよう」

「うん、またねー!」


 綺麗にカーテシーを決めて去っていくラティと、手を振って見送るアーティア。

 そのまま、アーティアはアリスの手を取る。


「じゃ、帰ろ?」

「ん? そうね」


 同じ寮に向かって歩き出す。

 しかし、隣同士の部屋に入る直前。


「ねえ、アリス。機嫌、直った?」


 そんなことを聞いてきた。


「え? ああ、そんなこと気にしてたの?」

「だって、掃除のときから、ちょっと怒ってたし。

 私もラティも、アリスをお助けキャラみたいに頼りすぎかなって」


 だからごめんね?

 そう謝ってきたアーティアに、


「いいのよ、別に。

 割と楽しかったし、世話を焼くのも好きでやってるんだし」


 素直に応じた。

 アーティアは安心したように頬をほころばせると、「おやすみなさい」と、自室の扉を開く。


 アリスの目は、少しだけ生き返った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜の散歩と死んだ目のアリス すらなりとな @roulusu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ