僕は一休みした。

 今日は納品日ではない。


 ないが、あのムーなお坊さんがバーンとやって来ていた。


 乗ってきたバイクはエスカルゴみたいなフンコロガシみたいな、フランス製のバイクだった。全然バーンじゃなかった。可愛い感じだった。


 なんでも近くで仕事があったようで、顔を出しに来てくれたのだと言い、コーヒーを出し、お土産のお菓子を摘みながら雑談することにした。



「え? 和尚って一番偉いんじゃないんですか?」


「そうだよ。コンビニの店長くらいかな」


「ええ…?」



 初耳だった。


 しかも宗派によって読みが違うと言う。おしょう、かしょう、わしょうなどだと言う。


 僕が無学なだけかもしれないけど、知らない人は多いと思うんだけど。


 にしてもコンビニ?



「うーん。わかりやすく言うと、テーマパーク内のメリーゴーランド責任者くらいかな」


「余計わかんないすよ…」



 ちなみに、住職はそのテーマパークの代表らしい。



「住む職って書くでしょ、だから住む権利のある人だよ。マイ寺持ちさ。メリーゴーランド責任者は家に帰るだろう?」



 彼はそう言った。


 ふむ。なんとなくわかった気がする。


 それから彼はまたもや雑学モードになっていった。



「例えば一休みさんってあるじゃない?」


「ひとやすみさん…ああ、はい」



 橋の端を渡る小坊主ね。はいはい。



「おかしいと思わなかったかい? あの幼い女の子や、てるてる坊主に、そして何よりただの小僧のくせにひとやすみし過ぎていることに」


「え? いやそんなものかと…確かに下っ端だとしたら頻繁にひとやすみ…出来ないでしょうね。というか言い方」


「あはは」


 

 ただの小僧かどうかも、そもそもわからないが、丁稚+キツい修行の身、と考えると確かに一休みしている場合ではない気がする。


 実際にはキツい修行が描かれてないだけかもしれないが、作中では割と自由にしている感じがする。


 あまりというかあまりにも覚えてないが。


 でもそれは時の陛下の妾の子だからでは?


 そう言うと、まずは状況整理だと彼は言った。



「あの和尚さんがたまに出掛けるだろう? その時何に乗っているか知ってるかい?」


「なんか…うろ覚えですけど、飛脚みたいな。籠?」


「そう、爺さんは歩かない。つまりあれは運転手さ。しかも二人」


「はあ…そうだったかな? あんまり詳しくは覚えていませんが。でもあの時代ですし、そんなものでは?」


「いやいや。自分で歩かないということは、徳の高い…いわば仏の世界では有数の権力者ってことさ」


「え?」


 あの爺様が?



「あの寺の大きさはともかく、寂しい山寺が不思議なくらい、位の高い地位にいる人だよ」


「そうだったんですか?」


「ああ、現代で言うと…ロールスロイスくらいに乗ってるかな」


「まじかよ」



 途端に和尚のイメージが変わるんだが。


 

「まじまじ。そうなるとおかしいんだ。あの若い侍は馬を降りてお寺に入るだろ? あれは四つ足…つまり獣は寺に入れないからだけど、そうなると幼女とはいえ、女人禁制も守らないとおかしい。ましてやてるてる坊主など以ての外だよ」


「てるてる坊主ってそんなにまずいんですか?」



 というかそれ言っちゃうと作品の何というか芯が細るというか、根が揺らぐというか。


 ん? てるてる坊主って、てるてるな坊主だから…いや、途端に日照りを嘆いた首吊りの人身御供に思えてくるな…由来は知らないが、そんな感じかも。



「まずいなんてもんじゃ無いよ。例えるなら、うーん。超有名なおっきなお寺とか神社とかあるじゃない」


「はあ」


「そこの入り口にクリスマスツリー飾る感じ」


「まじっすか?」



 そりゃ…衝撃だろうな。参拝客も困惑するし、檀家も離れそうだ。



「そう。しかも幼女が出入りしているのを許している。いくら当時の陛下の妾の子とはいえ、権力から切り離されてあの山寺にいるはずなんだ。つまり小坊主からは絶対に出世出来ないのに、ひとやすみしている」


「そう言われると…そうすね」



 というか一休みって単語が怖く聞こえてくるんだが…


 休んだ後何をする気なのか。



「しかも和尚はかなりの高僧だ。それこそ鹿苑寺みたいな寺ならわかる。何せ、ロールスロイスに乗ってるくらいだし」


「その例えなんかやめてください」



 和尚が急にフィクサーみたいに感じる。



「はは。お寺さんに車好きが多い理由なんだけどね」


「なんか、そんなイメージありますね」


「ま、みんな否定するだろうけど、僕はしないかな。例えば、スポーツカーとか見てもへーって感じ。ああ、自分の収入なんかじゃ買えないよ? あくまで、権威として見て、だね」


「権威ですか…ちなみにそのスポーツカーを一休み風に例えると?」


「んー時代で違うけど、馬一頭に二輪馬車ってイメージ。商人だね。現代なら…うーん、お医者さんクラスかな。だって自分で運転してるし、それほどだね。そう見える」


「まじすか」


「ふふ。乗り物は権威を表すのさ。その権威ってのはつまり歴史だからね。ほら、例えばどこぞの国とか100年とかで大騒ぎだろう? 馬鹿にするわけじゃないけど、京都のお店さんにも勝てないよ。ちなみに、陛下で言うと、馬八頭に御者が二人、四から八輪馬車クラス。最高峰だね」


「おお、それを現代に例えるなら?」


「ゴーストかな」


「すげぇ」


「だから皆この国が憎いのさ。日本ほど続いた国なんかないしね。次いで長く続いていたエチオピアの王家でも800年。もうなくなったけどね」


「…憎い、ですか?」


「ああ、憎い、がおそらく適切だと思うよ。日本の男系が続く限り、絶対に地球上で一番にはなれないからね。権威とはつまり覇権だね。欲しい人にとってはそりゃ憎いよ。消えて欲しいに決まってるよ」


「なら女性や女系論って…」


「例えば女系とか女性とか選ぶとするじゃない? ま、王朝断絶に繋がるよね。二千年がパー。権威もパー。他の国は大喜び。嬉々として戦争しかけるさ。でも本当に怖いのは、それって国を二分することに繋がること。内紛だね。どこの国もそれで滅びてきた」



 愚者は経験、賢者は歴史、みたいな話を思い出すな。



「この日本って国が好きなら、まず選ばないよね。存続させたけりゃしない方がいいよ。そのための万世一系なんだし。そんなの歴史見たら一発なんだけどね。ま、女性の権利ガーとか言ってるのに乗るくらいの教養なら仕方ないけどね」


「辛辣ですね」


「ははは。だってあれは女性を守るためなんだよ。辛い修行とかお祈りとかお勤めとかさ。多分無理だよ。例えばたまにお伊勢さんとかで宮司が歩いてるんだけど、痺れるよ。履き物見てごらん。あれで頭がブレずに歩くなんて一般人にはまず無理さ」


「はぁ…」


「靴の中で足指がどうなってるか知るとね、とてもじゃないけど、女性にはさせたくないなぁ」



 そうだったのか? 今度見てみよう。



「あと古けりゃ偉いのかってたまに言う人居るんだけどさ、そりゃ偉いに決まってるんだよね。この国の民が争わずに話し合いで二千年続くなんてこの星の奇跡だから」


「そうですね、それはそう思います」


「あとそう言う人ほどブランド物が好きだったりしてさ。例えば伝統あるイギリスの〜とかに弱くてさ。有り難がるのもおかしくてさ」


「そう…なんですか?」


「ま、たまに出くわすんだよ。そんな人。王室はたかだか400年だよね。しかもドイツの血だよ。その人、イギリス人に何言ってんだこいつ、って言われてたよ。はは。ブラックジョークのように感じたみたい。ははは」



 それ、めっちゃその人馬鹿にしてない?



「いや、もちろん僕だってイギリス車や音楽、デザインは好きだけど、風土も文化も違うんだから、違うものが出来上がるのは当然なんだし、リスペクトならわかるけどね。ああ、何の話だったか。そうそう、一休みさんが一休み出来るには一つだけ方法がある」


「…なんですか?」


「和尚×一休みさん。あれはつまりBL成り上がり物語さ」


「…」


「ははは。だって爺さんを籠絡しないとあそこまで自由にはできないよ。なら動機は、となるんだけど、一休みさんは狙ってるのさ」


「…何をですか?」


「仏教界の掌握をさ」


「ええっ」


「あの寂れた山寺からのどん底スタートだね。どうだい、ざまぁを狙う成り上がり物語だ。素直が燃えて痺れるだろう?」



 そう言って、彼は帰っていった。


 いや、ちょっと僕、一休みさん見れないわ。


 でもとりあえず…一休みしよ。

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僕は朝日が昇る前まで散歩した 墨色 @Barmoral

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