真夜中に出会ってはいけないもの

佐倉ソラヲ

※夜中に読まないでください。

 私は真夜中の散歩が大好きだ。

 特に夏の涼しい夜にする散歩が好きだ。

 真昼の肌を焼くような日差しなんて嘘のように感じられる夜は、真夏の間のわずかなオアシスを感じられる。

 今日の風は少しばかり生暖かいが、真夏の暑さを考えれば快適なことこの上ない。

 今日はどの道を通って行こうか。

 半袖半ズボンの部屋偽のまま、私は夜の街へと繰り出す――――


 散歩の途中でコンビニに立ち寄るのもいつもの日課だ。

 普段は昼間に立ち寄るコンビニも、真夜中になればまた違った顔を見せるのだ。

 深夜シフトの店員が、気だるげに商品を検品している

 こんな時間まで働いてるだなんて偉いなぁ、と思いながら、私は菓子パンを眺めていた。


 適当な菓子パンをいくつか選ぶと、私はレジに並ぶ。

 ――と思いきや、店員がバックルームにいるせいで私がレジに並んでいることに気付いていないらしい。

 取り立て急ぎの用事があるわけでもない。夜は長いのだから、私は気長に待つことにした。

 ふと、レジのそばのカウンターに他の客がいた。

 黒いシャツを着た中年の男性だ。

 ややぽっちゃり体型で、額は油を塗ったかのように光っていた。

 彼のその手には、未開封のカップ麺が握られていた。

 ――夜食かぁ。ここで食べるのかな。

 べりべりべり、とカップ麺のフィルムを剥がして蓋を開けると、彼は手元に置いていたあるパッケージを開けた。

 薄黄色の食材が踊るそのパッケージの正体は、とろけるチーズだった。

 正方形の、フィルムの中に閉じ込められたそれは、高い熱を加えることによってドロドロに溶ける。それは、肉やパンなど、あらゆる料理にアクセントとして利用される食材だ。

 彼はそのチーズを小さく千切ると、惜しげもなくカップ麺の中に入れた。

 溢れんばかりのチーズの海。お湯をかけて3、4分待てば、とろとろになったチーズとお目見えだ。麺にしっかりと絡みつくチーズの鼻を抜ける香りとのど越しは何にも代えがたいことだろう――――私はうっとりとその味を夢想する。

 しかし、私のその思考は浅はかだったと知る。

 彼の手元には、まだ別の食材があった。

 生卵である。

 器用な手つきでそれを手早く割ると、カップ麺の中になめらかな腕で放り込む。

 まるで、高級レストランのベテランシェフかのように鮮やかな手つきだった。

 ここがどこにでもあるコンビニの一角であることを忘れさせるかのような手際のよい調理に、私は思わず心奪われていた。

 ハッ、と、私は顔を上げる。

 チーズと生卵、そしてカップ麺という組み合わせ。

 ただでさえカップ麺という炭水化物の塊だというのに、そこにチーズと卵という食欲をこれでもかとそそる食材をそろえた夜食――そんなものを食べてしまえば、今の彼のようなぽっちゃり体型まっしぐらでしかない……!!

 いや、――だからこそだ。

 そんな夜に食べてはいけない禁断の夜食だからこそ、そそられるのだ。

 人は、禁じられれば禁じられるほどに惹かれてしまう。

 例えば、身分違いの恋。

 そう。これはロミオとジュリエットなのだ。

 人間と夜食。決して結ばれてはいけない二人だからこそ人は燃え上がり、人は大いに求める。

 こぽぽぽぽと音を上げて、ポットのお湯がカップ麺に注がれる。

 あぁ、あと少しすれば、そのカップの中はシャングリラ。

 そしてそれを食すは人。つまり、そのシャングリラを胃袋という小さな檻に閉じ込めてしまうのは、夜食という禁忌に自ら溺れる欲深き人間なのだ。

「すいませーん、お待たせしましたー」

 店員の気だるげな声に私は現実へと引き戻される。

「あの、どうかしたっスか」

「ちょっと待っててください」

 私は即座にカップ麺売り場に急ぎ、カップ麺を手に取った。続いてチルドの棚の前に向かうとチーズと卵のパックを手に取るとレジに急ぎ戻った。

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真夜中に出会ってはいけないもの 佐倉ソラヲ @sakura_kombu

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