真夜中の朧月夜

蓮水千夜

真夜中の朧月夜

 ――夜が好きだった。

 

 皆が寝静まり、明かりが消え、道には誰もいなくなる。

 そこはまるで別世界のようで、まるでこの世に自分一人しかいないようなそんな不思議な気分になれるから。


 学校にも家庭にも不満があるわけじゃない。器用な方だし、人間関係も上手く築けてる。


 ――だけど、なにか。


 なにかがいつも欠けているような気がして、もやもやして。


 別に不良ってわけではないけれど、そんなときはよく夜中にこっそりと抜け出しては、夜の道を散歩していた。


 少し暖かくなってきた別れと出会の季節。空には霞がかった月が――、朧月が浮かんでいる。

 その、わずかな月明かりを頼りに見慣れた公園まで辿り着いた。


 公園のさらに奥の小高い山の中、そこに寂れた小さな時計塔のようなものが建っている。そこから町を見下ろせる場所に座るのが、いつもの定位置だった。


 いつもと同じようにただただ、町を眺めるだけ。


 ――この日も、それだけのはずだった。


「おんやぁ、先客がいるなぁ」


 どこか間延びしたようなその声に振り返ると、フードを被った小柄な人物が立っていた。


「おっと、こりゃえらい別嬪さんだ」

「……べっぴんって。男相手にになに言ってんの」


 明らかに怪しい人物なのに、思わず返事をしてしまった。


「いや、美しいものに男も女も関係ないからなぁ」

「……そういう君も、綺麗な顔してると思うけど」


 仄かに輝く月明かりに照らされた、フードの隙間から見えるその幼さの残る顔が、とても神秘的なのものに感じた。


「おぉ、嬉しいことを言ってくれるなぁ。じゃあ、オレたちは今日から別嬪仲間だ!」

「なに、それ……」

 意味のわからない言動に思わず笑みがこぼれる。


 ――こんなに自然に笑ったのはいつぶりだろうか。


「オレはハルキだ! お前さんは?」

「……千野」

「セノか。いい名前だな!」


「よし! オレと友だちになろう!」


 その差し出す手に、気づけばこの手を重ねていた。


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