4月5日:今日は久々に部活がお休みの日なんだから

「ふう・・・」

「はぁ・・・」


慌ただしい一日も過ぎ去った今日

俺と母さんは、写真館の掃除をしていた

昨日の依頼を終えたら、入学式の日まで仕事はなし

来客もいないので、掃除には好都合な日だったりする


「・・・母さん、電球」

「はい。悠真」


元々、父さんがぎっくり腰になった原因は写真館の掃除中

展示スペースは滅多に使用しないので、掃除をしていなかったのだが・・・久々にしようとしたタイミングで昨日の出来事が起きてしまった


「電気つけてくれるか?」

「もちろん・・・つけたわよ、悠真。あれ?」

「・・・本体が壊れているのかな」


流石に専門ではないので、壊れているかどうかなんて判別できない

照明に電球がきちんとセットされていることを確認する程度だ


「電球はちゃんとセットされている」

「電球は買い置きのものじゃなくて、昨日買ってきたものだから・・・本体に原因があるかも。一度修理で見てもらいましょうか。ダメだったら買い替えを検討するわ」

「そうだな。工務店には連絡頼んでいいか?」

「うん。でも、ここを一通り見回ってからね」

「そうだな。修理箇所を全部確認してからにしよう」


母さんと二人、展示スペースを掃除しながら不備がないか確認していく

本来なら急ぎではないのだが・・・この前、母さんが五十里本家に呼び出された原因は、ここの手入れをしていなかったのがジジイにバレたからなのだ


朝は全然顔を見せていないので見せろという名目で、母さんはその件の説教で本家に出向いていた

・・・本当に、面倒だよな。あのジジイ


「悠真」

「なんだ、母さん」

「手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、本当にいいの?羽依里ちゃんのところに行きたがっておたのに」

「後で電話するから気にしないでくれ。それよりも家のことが優先だ。羽依里も今、うちが大変な事になっているって知ったら、こんなところに来なくていいから家のこと!って怒るだろうし。余計な体力とか使わせたくないんだ」

「そうね。じゃあ、早く終わらせて話す時間を作りましょう」

「ああ」


母さんと共に、家の備品確認を続けていく

そんな中、写真館と隣にある美容室を自宅へ繋げる廊下の扉が開いた

ここを開ける人物は一人しかいない


「お母さん、おにい。今日、私の部屋で百合と勉強会をしよ・・・何してるの?」

「「掃除」」

「それ、早く言ってよ・・・」


扉を開けたのは、俺の三歳離れた妹の「とも

その後ろには、朝の幼馴染な「高槻百合たかつきゆり」ちゃんもいた


「ごめん百合。家の手伝いが優先だ。二人だけじゃこんなところ」

「大変だよね。手伝おうか?」

「流石にそれは申し訳ないよ」

「大丈夫。おばさんと悠真の二人でやれるから。朝と百合ちゃん、勉強会するんでしょう?今年は受験もあるし、今日は久々に部活がお休みの日なんだから。こっちは気にしなくていいからね」


三歳離れている朝は、今年で中学三年生

部活はソフト部。副キャプテンをしているそうだ。ちなみに百合ちゃんがキャプテン

二人で一緒に頑張っているらしい


そんな彼女たちは今年、高校受験を控えている

百合ちゃんはまだ聞いていないが、朝は俺と同じ土岐山高校を志望していると聞いている

大学受験を控えている俺にも言えることだが、今年は踏ん張りどきな一年になるだろう


朝の成績は平均的な部類だ

土岐山高校なら問題なく合格できるだろう

問題は・・・俺に関することだよな

学校での俺は、自分で言うのも何だが周囲からの評価がメチャクチャ酷い

朝が入学する可能性があるのなら、その評価をある程度払拭しておかないといけない


「朝、私は構わないから、手伝っちゃおう」

「百合ちゃん、気持ちは嬉しいけど・・・」

「ちっちっち。流石に無償でってわけには行かないよ。おばさん、雑巾お借りしますね!」

「あ、ああ・・・うん。本当にいいの?」

「いいんですよ。終わったら、悠真君の時間をいただければ!」

「俺!?」


少し強引な押しの強さ

それが、百合ちゃんの長所とも言えるだろう

そんな彼女は、いつも人見知りをしやすい朝をこうやって引っ張ってきてくれた


「・・・相変わらず勢いがいいな。百合ちゃん」

「へへっ。あ、忘れないでね。悠真君。早く終わったら、私と朝の勉強見てね!」

「わかったよ」

「それだけじゃ足りないでしょう?後でケーキ買ってきてあげる。お掃除のお礼と勉強頑張ってねってことで」

「ありがとうございます、おばさん!」


ニコニコ笑顔で、嫌な顔ひとつせず掃除を続けてくれる

朝も、ふと視線を向けたら同じく掃除に入ってくれていた


午前中はずっと掃除

昼食を終えてから、俺は朝と百合ちゃんの勉強を見ることになる

うちの中学の進路指導はまだ変わっていないらしい

春休みの宿題に志望している進路ごとに、課題の難易度が代わる仕様・・・少し、懐かしささえ覚えた


朝のテキストはうっすらとだが覚えがある

三年経っても、かつて自分も解いた課題は覚えているものなのだろうか


「進路指導、まだ綿実先生だったんだな」

「うん。めちゃくちゃ厳しいよ・・・テキストも無駄に分厚い」

「俺達の時より分厚くなってるし・・・けど、綿実先生なら運はいいぞ。厳しいけど、進路のこと、しっかり一緒に考えてくれるから」


綿実先生は俺が中学三年生の時の担任で、進路指導も担当していた

厳しい国語教師だったが・・・誰よりも、将来を考えてくれていた先生だったな


「・・・あれ?」

「どうしたの、悠真君」

「百合ちゃんのテキスト、ひとつ上のランクのやつだよな?」

「覚えてるの?」

「羽依里が解いてたからな。中身も見たことがある」

「露骨に嫌そうな顔してるね・・・なんで?」

「今でこそ一緒の高校だけど、最初は羽依里、聖ルメール・・・あの名門女子高を第一志望にしていたんだよ」

「悠真君、いつでも羽依里ちゃんが一緒じゃないと嫌なんだね」

「嫌に決まっている・・・ま、そういうわけで覚えていたんだが、それを解いているということは、百合ちゃんも難関狙いなのか?」

「まだ、悩んでるところ。その悩んでいるところが、このテキストを配られる組だったから・・・」

「そっか。どこと悩んでいるんだ?」

「土岐山と聖ルメール」

「・・・」


なんで羽依里といい、百合ちゃんといい・・・その二択なんだ

でも、なんだろうか

悩んでいると言うけれど、心はもう・・・決まっているような感じに思える


けれどそれを指摘するのは俺の仕事じゃない

彼女のもやがかかった進路を鮮明に捉えさせるようにするのは、綿実先生の仕事だ


「おにい」

「・・・」

「おにい!過去を振り返らなくていいからこの問題教えて!」

「あ、ああ!」


朝に呼ばれて、意識は元の場所へ

再び、勉強を教え続け・・・三時になったら、母さんが先程の約束通り、ケーキを買ってきてくれた

二人がそのケーキを食べている間、俺は席を外し・・・羽依里へと連絡をとる


「もしもし、羽依里」

『もしもし、悠真。どうしたの?』

「いつものだよ。今日も明日も、明後日も・・・会いに行けそうにないからさ」

『そう、なんだ』

「寂しい?」

『べ、別に寂しくないんだから。平気なんだから』

「そっか。そういうことにしておく」

『本当に寂しくないからね?』


「はいはい。そうそう。今日はうちに百合ちゃんが遊びに来ていてな」

『朝ちゃんのお友達だよね?』

「ああ。二人も今年受験生だろう?進路の話になってさ」

『もうそんな時期なんだね』


「羽依里は、次はどこへ行きたい?」

『考え中。悠真は?』

「俺は、神栄芸大にしようかなって思っている。薦められているしな」

『誰に?』

「父さんとうちの校長。父さんは卒業生で、校長はあの写真のファンなんだ。何かと気にかけてくれていてな」

『あの写真って・・・夏の訪れ?』

「そうそう。羽依里がモデルになってくれたあれな」

『悠真が初めてコンクールで大賞を取った写真だもんね。覚えているよ。私もあの写真、大好きだから』

「今なんて?」

『その手には乗りません』

「ちぇっ。羽依里からの大好きだったのにな」

『作品が好きで、悠真のことは・・・うん、そんな風に思ってない』


決して嫌いとは言わないんだな、羽依里


「そういうところ、本当に好きだ」

『え、どういう思考・・・?』

「あ、いや、別になんとも思われていないことが好きなわけじゃ・・・」

『わかってるよ。それぐらい』


「・・・おにい。ケーキ、食べないの?」

「後で食べ」

「一緒に食べよ!電話なんてしてないで!」


朝が様子を見に来たから、食べ終わったかと思ったが・・・そうではないらしい

大きな声を出して、まるで電話を邪魔するように朝は俺の腕を引いてくる

いつもは何をしていても無関心なのに、なんで・・・


「羽依里。朝に呼ばれているからそろそろ切るよ」

『うん。またね、悠真』


電話を切り、朝が引っ張ってくれる方へ歩いていく


「・・・おにいは、私のおにいだもん」

「朝?」


少し不貞腐れた朝が、何を言ったかは・・・聞き取ることができないまま、俺はケーキが待つリビングへと戻っていった

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