第7話 優先順位

「バカ坊主、回復すんの早くねえか?」

 呆れる琉葵の目の前では、長く床に伏せっていた少年がキャッキャッと元気よく走り回っている。

「はい! これもすべて琉葵様のお陰です! ありがとうございました!」

 正座した依頼主である少年の兄が、表情かおを輝かせて深々と頭を下げた。

 琉葵は得意げに不敵な笑みを浮かべる。

「まあ、どうってことないよ! あははは!」

 その脳裏には、穏やかに微笑む妹、陽葵の姿が浮かんでいる。

「ほんっと怖いわ、あいつ……これからも怒らせないようにしないとな……じゃあな、もう変なもんに触るなよ、坊主!」

 琉葵は、再び頭を深々と下げる兄弟に別れを告げた。

「璃蘭への貸しは当番一回だからな……ちょろいもん……ん?」

 上機嫌で歩く琉葵の背に、ぞわりと悪寒が走る。

 この気配は、よく知っている……妹、陽葵のものだ。

「なっ、なんで怒ってんだよ!」

 琉葵は振り向きざまに叫ぶ。

 その視線の先では、いつものように穏やかに微笑む陽葵がいた。

「思い当たる節がないとでも? 琉葵姉様?」

『五回は多いだろ……一回でいいじゃん。色気あるべっぴんさん、お前大好きだろ……それを拝めるんだぜ……陽葵ひきに内緒で』

 あ、あった……心当たり……

 琉葵から血の気が引いていく。

「一度ならず、二度までも……」

 陽葵はゆっくりと琉葵に近づく。

「二度? あっ!」

『べっぴんさんは男に餓えている、お前は女に餓えている。こりゃベストマッチングってやつだ!』

 二度だ……二度も心当たりがある……

「お前はっ! なんでいつも璃蘭には制裁しないんだよ!」

 琉葵は後退りしながら叫ぶ。

「なぜって、私の愛しい旦那様だからですよ」

 陽葵はにっこりと微笑む。その右手には、苛立ちのエネルギー弾が込められている。

「そっ、それを言うなら、私は尊敬すべき姉上様だろ!」

 チュイーン!

 鋭く細長い茎が、琉葵の頬を掠め背後の幹に突き刺さった。

 琉葵の額に冷たい汗が浮かぶ。

「琉葵姉様は、私の大事な方リストの上から五番目ほどですから、それなりに手加減して差し上げます」

「げっ! 順位低っ!」

「琉葵姉様だって、私など優先順位が下でしょう……なにせ桜花姉様しか眼中にないのですから」

 ブワッと針状の茎が数十本飛んでくる。

「くそっ、逃げるが勝ちだ!」

 それらを全て叩き落とし、琉葵は身を翻す。

 昔から幾度となく妹から逃げているので、逃げ足は鍛えあげられているのだ。

「ツケにしておきますわよ……琉葵姉様……」

 雛菊を連想させる、素朴な愛らしさ。

 そんな笑顔を浮かべながら、陽葵は脳内の閻魔帳にさらりと数字を書き足す。

「いやあ~危なかったぁ……」

 逃げる琉葵はそれをつゆとも知らず、安心したようにほっとため息を吐いた。

 その視線の先に広がる青空を見上げ、琉葵は瞳を細める。

 いつか桜花姉様が戻るその時まで、この里の民は私が守る!

 けして桜花本人には届かない健気な気持ちを胸に、琉葵は走り続けたのだった。

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山頂に咲くその花に触れてはいけない 鹿嶋 雲丹 @uni888

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