第4話 作戦

 山の使いの兎が目を覚ますと、目に入ったのは見慣れた岩肌ではなく緑の天井だった。

「あっ、山の使い様が目を覚ましましたよ、琉葵様!」

 天井に突如現れる謎の男。

 誰? この人?

 ほっとしたように叫ぶ若い男の容姿は、よく知っている。

 明るい黄緑色の瞳、深緑色の髪。

 緑王りょくおうと呼ばれる妖魔の一族の特徴だ。

 そうか……ここは緑王の里……さては、あの姉さんに助けられたのだな……

 兎は記憶を蘇らせる。

 ……この子か……あの姉さんが言ってたバカ坊主とは……

 兎が真横を見ると、少年が一人床に伏せっている。

 確かに、あの姉さんが言っていた通りだ……このままではこの子はあのべっぴんさんに生命力を奪われてしまうな……

「おい、目が覚めたか!」

 乱暴な言葉と共に、琉葵の顔が視界に入る。

「うむ……すまない……すっかり世話になってしまった」

「いいよ……あんたは大事な情報源だ。それより薬が効いて良かった。山の使いに与えたのは初めてらしいからな、あいつらに言わせると」

 兎は嫌な予感に狭い額を曇らせた。

「あの……あいつらとは……」

 兎は横になったまま琉葵に訊ねる。

「あぁ、緑王うちのスプラッタ担当……じゃなかった薬担当、かずら家の双子だよ」

「スプラッタ担当? 緑王の王族にはそんなのがいるんですか?」

 兎は思わず想像する。そして、先程の琉葵の口ぶりだと、彼らが作った薬を気を失っているうちに摂取させられてるらしい。

 兎の全身の毛が逆立った。

「あの、その薬って何が入ってるんですか?」

 兎は恐る恐る訊ねる。

「アホ! そんなん秘密に決まってんだろ! 私だって教えてもらえないんだぞ!」

「えぇ……やだ、そんなの……」

 兎はしくしく泣き出した。

「泣くなよ……自然の恵みだろ……多分」

「しっ、自然の恵みの中にはああいったのやこういったのも入るんでしょう⁉ 気持ち悪い……」

 兎の脳裏には、昆虫や爬虫類などが次々と浮かぶ。

「まあ、元気になったんならいいじゃねぇか……それより、べっぴんさんをなんとか引きずり出さなきゃいけないだろうが! その策を練ろうぜ!」

 琉葵は明るい声で叫び、にこりと笑った。

 お腹は……痛くない……気持ちは……悪いけど……

 兎は涙を引っ込め、深いため息を吐くと再び横に寝かされている子供を見た。

 その息づかいは細く、上下する胸が止まりはしないかとハラハラする。

「時間がないんだよ……早くしろ!」

「姉さん……ところで私達はなんであの場から逃げられたんですか? べっぴんさんの幻術は強力なんですよ?」

「えっ? そこ重要?」

 琉葵は都合が悪そうに視線を泳がせる。

「重要ですよ、もの凄く……それが解決の糸口になるかもしれません」

「あっ、そう? いや、緑王うちの王族にもいるんだよ、幻術使うのがさ」

 琉葵は脳裏に不敵な笑みを刻む璃蘭を浮かべる。

「あっ……なんか、無性になにかを破壊したくなってきた」

「琉葵様! 家で暴れるのはおやめください! やるなら外でお願いします!」

 先程の若い男が真っ青な顔で琉葵に懇願する。

「姉さん、あれ誰?」

 兎が男を見やり、問う。

「ありゃあ、このバカ坊主の兄貴だよ。王族じゃない、一般人さ。王族うちらに助けてくれって言ってきた張本人」

「あぁ、なるほど……で、話を戻すとその幻術使う人のお陰で助かったと?」

「嫌だけどな! もんのすんごく! あのヘンテコな靄さえなけりゃ、私だけで十分戦えたよ!」

 琉葵は腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。

「いや……姉さんのプライドはどうでもいいんです……」

「なんだと!」

「無傷でした? その人?」

 兎からの問に琉葵は顎に手を当て考え込む。

「そりゃ……宙から攻撃仕掛けりゃ、無傷だろ? いや、あの時のこと詳しくは聞いちゃいないけど」

「そうですか……念の為に聞きますけど、若くて美形で性別は男だったりします? その人?」

「若い? 実年齢はアレだけど見た目は若いな。私は奴を美形とは思わんが、女がわんさか寄ってくる女好きのクズだぞ」

 あれが義弟とは……しかも璃蘭は琉葵より歳上だ。だから余計にからかわれると腹が立つのだ。

「よし! 解決策がみつかりました!」

「えっ?」

「餌で釣りましょう!」

 兎は黒いつぶらな瞳をつやりと輝かせた。

「餌……べっぴんさん、あぁいうのが好みなのか? いや、餌にするのは大賛成だが……いっそ食われちまえばいいくらいなんだが……」

「若くて気品ある顔立ち、スタイルがよくてスマートな物腰……そんな男が私は欲しい……こんな老いぼれた爺じゃなくてな! ……と、べっぴんさんは常日頃から言ってる。だけど、うちの山には悪い噂しかないから、そもそも滅多に人が寄ってこない……つまり、餓えてるんだな」

「よし! 決まりだ! それで行こう! もし璃蘭で食いつかなかったら、バカ坊主の兄貴もいるしな! あはは!」

「ひ、ひどいです、琉葵様……」

 楽しげに笑う琉葵を見、少年の兄は震えが止まらなかったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る