第3話 助っ人

「なっさけねぇなぁ、琉葵……お前それでよく緑王りょくおうの王族やってるな……」

 ぼんやりとする意識の中、腹立たしいことこの上ない台詞が聞こえてくる。

 うぅ……この声……ほんと嫌い……

 琉葵は青紫のもやに目を細めた。

 このもやはよく見知っている。大嫌いな声の主が持つ能力の一つだ。

「なんで、お前がここにいるんだよ……璃蘭りらん

 よろよろと立ち上がる琉葵の足は、どこも切れていない。

 次第にはっきりとしてくる意識の中足元を見ると、千切れた茎がだらりと転がり、その切断面から深緑色の液が溢れ出ていた。

「さっき感じたのはこれか……ったく、余計な真似しやがって」

 晴れていくもやの中に立つ人影に向かって、琉葵は悪態をついた。

 白い花は巨大化し、十センチほどだった丈が見上げるほどになっている。放つ気配も気品溢れるという形容から程遠く、禍々しい。

 これは、元を絶たないときりがないパターンだな……

 琉葵は巨大化した白い花を見上げ、黄緑色の目を細めた。

「お前な、それが命の恩人に向かって言う台詞か?」

 宙から甘ったるい男の声が降りかかる。

「うるさい! 黙れ! この女ったらしが!」

 琉葵は山肌から空中へと移動しながら、声の主を睨みつける。

 背が高くすらりとした肢体。小さな顔には形の整った美眉と切れ長の瞳。すっと通った鼻筋にきめ細やかな肌。不敵な笑みを刻む様は、多くの女性を虜にする。

 琉葵がリランと呼んだ男だ。

 琉葵は、右手に抱えている兎の姿をした山の使いをちらりと見る。

 兎は意識を失い、その体はだらりとしたままだ。

 こりゃ、手当してやんなきゃダメかもな……

「意識さえしっかりしてりゃあな、あんな花に遅れなんかとらなかったんだ!」

 生まれ里である緑王の住処に向かって飛びながら、琉葵は璃蘭に渋面を向けた。

「よく言うぜ……俺の術がなかったら、危なかったくせによ」

 その横を飛ぶ璃蘭の、緩やかなウェーブを描く深緑色の髪が風になびく。

 璃蘭の言葉は図星だった。

 琉葵は悔しげに顔を歪める。

「くそっ、私とあの花とは単に相性が悪かっただけだ!」

「幻術は蘭家うちのお家芸だからな……それでも俺が助けたことには変わりないじゃん。ほれ、言ってみ! かわいい義弟様ありがとうございますってさ! あはは!」

 勝ち誇ったように笑う璃蘭に、琉葵はますます怒り歯ぎしりした。

「なんでテメェみたいな軟弱野郎が、義理の弟なんだ! ふざけんな!」

「お前の妹の夫は義弟と呼ぶんだ、知らないのか?」

 琉葵は怒りのあまり、腕に抱えた兎を投げつけようとして我慢する。

 妹の陽葵ひきは夫であるこの男、蘭家の長男璃蘭を溺愛している。

 そして女ばかりの子を持つ葵家の婿養子でもあるのだ。つまりは、実家を継ぐ者なのである。

「桜花姉様にふられたくせに」

 琉葵は吐き捨てるように言う。

「あぁ?」

 ぴくりと璃蘭の白いこめかみに青筋が浮かんだ。

「落とせない女はいないとか言って! 桜花姉様にふられたくせに!」

「黙れ琉葵!」

 琉葵の力強い視線と璃蘭の苛立った視線とが火花を散らす。

 カッ! ガッ!

 幾つもの白い花弁が、緑の茎に打ち落とされる。

 花弁は璃蘭が放ったもの、茎は琉葵が迎撃したものだ。

「やめよう……そんな手に毎回乗るか、バカ」

 璃蘭が疲れたようにため息を吐いた。

「バッ、バカとはなんだ!」

「お前も俺もふられた者同志だろうが」

 しん、と張りつめていた空気が静まり返る。

 ぎりっ、と琉葵は唇を噛みしめる。

「お前みたいな女ったらし、桜花姉様には似合わない!」

「関係ねぇだろうが……俺達の関係にそんなことは……婚姻関係は家の主が決めることなんだから」

 璃蘭の口調は冷静だ。

「俺はあいつの代わりに桜花の許婚になり、あいつが戻ってきたからそれが解消された、それだけだ。それを振られたって表現するのもおかしいと思うけどな」

「いや……桜花姉様はお前を呆れた目で見てた。どうしょうもない奴だと言ってるのを、私は何度も何度も何度も聞いている」

「それは俺も聞いている。何度も何度も何度も言われたからな」

 ふっと璃蘭は不敵な笑みを浮かべる。

「俺が女好きで、女にもてるんだから仕方ない。だがお前は問題だ、琉葵。早くはすんとこに嫁に行けよ。いつまでも待たせたら可哀想だろ、珈蓮かれんがさあ」

「う……うるさい」

「葵の主が娘に激甘で、なおなつ蓮がおとなしい家だから、お前は突っぱねていられるんだ……他の家だったら問答無用だぞ」

 琉葵は耳が痛い話題から目を逸らすように、眼下を見た。

 深い森が視界に入り始める。

 妖魔、緑王一族の里。

「桜花姉様がちゃんと幸せになったのを見届けたら、私も考える……」

 琉葵は徐々に高度を落としながら呟いた。

「あっ、そう……そんなの、いつになるかもわからんのにねぇ……」

 その後に続きながら、璃蘭はぽつりとこぼしたのだった。

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