真夜中の自由人たち

澤田慎梧

真夜中の自由人たち

 友人の隼人の家に泊まった時のことだ。

 深夜に二人で駄弁っていると、突然、窓の外からバリバリファンファンと、凄まじい騒音が響いてきた。


「わっ!? 何の音!?」

「ああ、暴走族だよ」

「ボーソーゾク!?」


 漫画の中でしか聞いたことがない単語に、思わず目をパチクリしてしまう。

 ――なるほど、確かに神奈川辺りの海岸線には、昔からよく暴走族が現れていたと聞く。隼人の家は鎌倉の海の近く。奴らが現れてもおかしくないシチュエーションだ。


「親父の子供の頃には、もっとうるさかったらしいよ」

「へぇ。昭和、平成を経て、令和になっても生き残ってるなんて、逆に凄いなぁ」


 俺の言葉に、隼人が苦笑いで返す。それもそうだろう、彼にとっては他人事ではなく、身近な騒音問題なのだから。

 ――とはいえ、俺には他人事なのだ。隼人には悪いが、湧いてきた好奇心は抑えきれない。


「なあなあ、ちょっと見に行っても大丈夫かな?」

「ええっ? やめとけよ。いいことなんてないぞ」

「遠巻きに見るだけだからさぁ」

「……仕方ないなぁ」


 俺の無邪気な提案に、渋々ながらも隼人が頷いてくれる。

 そうして、俺達は深夜の散歩がてら暴走族見学に行くことになった。


 ――海を臨む丘にある住宅街は、ひっそりと静まり返っていた。

 そのせいもあって、海岸沿いから聞こえてくる暴走族の騒音がひと際うるさく聞こえる。

 隼人の案内で海に続く坂道を下っていくと、騒音はますます大きくなり、いくつものヘッドライトの筋が見え始めた。


「実物見て、がっかりするなよ」

「大丈夫だよ。ヤンキー漫画と現実の区別は付いてるから。暴走族に変な理想は持ってないよ」

「そういう意味じゃ、ないんだけどね」

「?」


 隼人の言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 そうこうしている内に、海沿いの県道を見下ろせる場所まで辿り着いていた。


「ほら、丁度来たよ」


 言いながら、隼人が何かを手渡してくる。オペラグラスだった。

 わざわざ用意してくれていたらしい。


「サンキュー」


 礼を言いながら、オペラグラスを覗き込みピントを合わせる。

 スポーツ観戦用なのか倍率は低いが視野は広いタイプで、やや離れた県道の様子がばっちり見えた。

 ――と。


「お、来た来た」


 隼人の言葉通り、数台のバイクが爆音を轟かせながら視界に飛び込んできた。

 その数、十台弱。確かに小集団だが、割れるようなマフラーの音は迫力があり、肌にビリビリと響いてくる。


 だが――。


「んん~?」


 何か違和感を覚える。

 明らかに法律違反のマフラー。

 「宇宙戦艦かよ!」とツッコミたくなるようなバカでかいフロントカウル。

 対向車線にまではみ出した蛇行運転。

 どれも、漫画やテレビで見知った暴走族のそれだ。


 バイクの車種がビッグスクーターばかりなのはちょっとカッコ悪いと思ったけれども、違和感を覚えたのはそこではない。

 問題は、そのバイクを駆っている暴走族の連中そのものにあった。


 ――でっぷりと太り、布袋様みたいになったビール腹を風になびかせている奴がいた。

 ロマンスグレーのリーゼントをおっ立てた奴がいた。

 頭頂部の髪が殆ど無くなり、磯野●平ヘアーになっている奴がいた。


「……なにあれ?」

「なにって、暴走族だよ」

「いやいやいやいや! あれ、!」


 そうなのだ。

 威勢の良い爆音を響かせて暴走する彼らは、全員が全員、オッサンばかりだったのだ。

 若い奴は一人もいない。いや、いるかもしれないが圧倒的少数派だろう。


「暴走族も高齢化が進んでいるのさ。ちなみに、老眼が進んだ人は危ないから夜じゃなくて昼間暴走する」

「暴走する中年!?」


 ――頭がくらくらしてきた。

 自分でも言ったが、別に暴走族に理想や憧れを抱いていた訳じゃない。

 ただ、自分よりも年下の青少年が暴走している姿を、「若いなぁ」等とニヤニヤ眺めたかっただけなのだ。


 それがまさか、自分よりも歳上の連中の「若さゆえじゃない、ただのあやまち」を見せられることになろうとは。


「……帰ろ」

「うん」


 二人してとぼとぼと、隼人の家へと歩き始める。

 俺達の背後では、未だ鳴りやまぬ爆音が尾を引くように轟いていた。


(おわり)


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