未来へ

 見知らぬ天井がある。

 横たわった身体から伝わってくるのは固いコンクリートの感触。

 ゆっくりと身体を起こして辺りを見渡す。

 そこは、張り巡らされた地下通路から繋がる倉庫のような部屋だった。

 それなりの広さはあるけれど、無限に続いているわけではないし、薄暗くても光がまったくないわけじゃない。

 私が持っていたランプに加え、部屋には二つのガス灯があった。


「……キャロ!」


 私の少し先で倒れていた彼女に気が付いて、私は這うような形で彼女に近寄った。

 撃たれたはずの右肩に痛みはなく、そもそも撃たれたような痕跡もない。


「キャロ。しっかりして、キャロ」


 軽くゆすりながら声をかける。

 閉ざされていたまぶたが幾度か震えたかと思うと、ゆっくりと開けられ、私はほっと息を吐いた。


「アリス……?」


 ぼんやりと私の顔を眺めてから彼女は上半身を起こした。

 床にペタンと座って、周囲を見渡す。少しの間、寝ぼけているような顔をしていたが、すぐに彼女は状況を呑みこめたらしい。

 眉を困ったように下げて、目を少し伏せた。


「随分と迷惑……かけちゃったわね」

「ううん。迷惑なんかじゃない。キャロのためだもの。私は、キャロのためだったら何でもするわ」

「そういう面倒見が良い所は貴女の美徳だけど、度を過ぎると自分の身を滅ぼすことにつながる。そう言わなかったかしら?」

「そうかもしれない。でも、例え私は私を滅ぼすことになったとしても、貴女を失いたくなかったの」


 私の返答に困ったようにキャロが笑って、私は想いのままに彼女を抱きしめた。

 温かい。

 今傍にいてくれる彼女は幻でもなんでもない。

 正真正銘、本物のキャロだ。


「ごめんね、アリス……」

「ううん。謝らなきゃいけないのは私の方。キャロに甘えてばかりで、ずっと、キャロが苦しんでいたことに気付いてあげられなかったんだから」


 キャロの体温を十分に感じながら目を閉じる。

 トクントクンと確かに鳴っている鼓動の音は私のものか、キャロのものか。それとも、二人のものか。

 しばらくの間そうやって互いの温度を交換し合ってから、キャロが周囲を見渡した。

 冷静になると、やっぱりまだちょっと恥ずかしい。


「そ、それより、ミスタ・ホームズは?」


 照れ隠しのような言葉に、私も同じように探して見るけれど倉庫の中に彼の姿はなかった。

 そこで、自分の外出着のポケットに違和感を覚えた。何だろうかと手を入れてみると、折りたたまれた紙が入っていた。


「何かしら、これ?」


 つい先ほどまでは入っていなかったはずだ。

 何回かに折り曲げられたそれを広げる。

 黒のペンで書かれたと思われるそれは、パッと見た感じ神経質な人が作った迷路のような印象を受けた。


「これ、地図じゃないの? 今私たちが居る場所の」


 私の肩越しにのぞきこんだキャロが言った。


「ほら、ここ」


 そう言って指し示した所には黒く丸が描かれ、小さな文字で『Here』と書かれている。

 そして、細い通路が巡らされた先に、出入り口と思われる場所が何ヶ所かあって、そのひとつに『Goal』と書かれている。


「……なんだか、思ったより悪い人じゃないみたいね」


 そう笑ったキャロに、私は「どうだか」と苦笑をもらした。

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