第14話 リュー

「よぉ、俺っちを呼び出したのはお前かい?」

「誰だ?」

「俺っちはフリーズ、時間を止めることのできる精霊さ」

「フリーズ、今すぐ時間を止めてくれ」

「どうしよっかな」

「冗談言ってないで、頼む」

「っていうか、もう止めちゃってるから安心しな」


 確かに、テントを無理矢理開こうとしている何者かの手は止まっていて動いていない。


 俺は慌ててテントから飛び出し、その手の持ち主の正体を確認しようとした。


 黒い手袋に、黒いマント、黒いショートヘアの、黒ブチ眼鏡をかけた黒ずくめの女だった。自分よりも若く見える。高校生くらいだろうか、よく見ると可愛い顔をしている。


 ――いや、誰なんだこいつは。


「俺っちの能力は時間停止、停止出来る時間は六段階設定だ。今回は初回につき俺っちのサービスでここまでの時間停止を請け負ってやった。ここから先は設定次第だ」


 そう言うとフリーズは各設定の停止時間を説明し始めた。その間、俺の動きも止められていて、この場から逃げ出すことが出来なかった。


 設定1・1秒間

 設定2・5秒間

 設定3・10秒間

 設定4・30秒間

 設定5・60秒間

 設定6・24時間


「なあ、あからさまに設定6だけ優遇されてねーか?」

「世の中そーいうもんっしょ」

「んで、今回の設定はどれなんだよ?」


 フリーズは勝手にガチャガチャを回して白いハズレのカプセルを取り出した。


 ――なんだよ、勝手にガチャ回せんのか。なら普段から精霊たちで回して欲しいんだが。


「そのカプセルの中に入ってる紙に書かれてある設定の秒数、時間を止めてやるぜ、紙を取り出した瞬間に時間停止スタートだぜ」


 俺は渡された白いカプセルのフタを開ける。中に入っていた紙には「設定1」と書かれてある。


 なんてこった、相変わらず運が悪い。

 と思ったのも束の間、俺だけが自由に動けるようになり、そして一秒後に周囲の景色が動き出した。


 ヤバい、全然距離を稼げなかった。手を伸ばせば捕まる距離に、黒ずくめの女の子がいる。



「きゃあぁぁぁぁ」


 黒ずくめの女の子が俺を見て悲鳴をあげた。


 ――なんだよ、いったい?


「へ、へ、変態ぃぃぃぃぃ」


 彼女はそう叫ぶと、俺の顔面に向かって右ストレートを繰り出した。思いのほか鋭く速いそのパンチが、俺の頬にクリーンヒットした。


 いてぇぇぇ!!!


 俺は殴られた反動で地面に尻もちをついてしまった。

 ガチャガチャはテントの中に置き去りのままだ。全く、なんて不便な能力なんだ。


 普通に呪文唱えてもいけるだろうか?



『この命を賭して天に命ずるっ!』


 空からメダルが一枚降ってきた。


 ――ち、違う、そうじゃねーだろ?

 もしかして、もうガチャガチャ無しでは能力使えなくなったってことか。だとしたら、この場で俺に出来るのはメダルを作り出すことくらいしか残されていない。


「へ、変態……」


 さっきからこの子は何を言ってるんだ?

 俺が変態?

 初対面なのに失礼すぎやしないか??


 しかし、彼女の言葉は理解出来る。言葉の響きから日本語ではない気もするけど、直接脳内で翻訳されるような感じで、彼女が何を言っているのかが理解出来た。


「変態って失礼じゃないか?」

「変態っ!!!」


 黒ずくめの女の子は聞く耳持たず、といった様子で、俺の目を睨んで、次に俺の股間付近に視線をやるとすぐにまた俺の目を睨んだ。


 それを数回繰り返し、「変態」とさらに繰り返す。


 黒ずくめの女の子の目線に合わせて自分の股間を見ると、パンツ一丁姿だったのを思い出した。


 急に恥ずかしくなる。


「ご、ごめん、ちょっと、俺は変態じゃない」

「パンツ一丁、変態、変態っ!」


 埒が明かないが、こちらの言葉も、どうやら相手に伝わっているようだった。


「お、俺は雲外蒼天と言います。変態じゃなくて、異世界から転生して来ました。日本人です。あの、ズボンがテントの中にあるので穿いてもいいっすか?」


「ウンガイ? ソウテン?」

「そうそう、雲外蒼天です」

「と、とりあえず何か穿け、変態っ」

「お、襲わないで下さいね」


 黒ずくめの女の子は、コクリと頷き、俺から少し離れた。しかし、相変わらず変態を軽蔑するかのような眼差しで俺を睨んでいる。


 俺は慌ててテントに入り、ズボンを穿き服を着て、再び外に出た。


「ソウテン、こんな所で何をしている?」

「野宿です、ビルの中に入れないので仕方なく……」

「日本人とはなんだ? どこの民族だ?」


 パッと見、黒ずくめの女の子も日本近隣のアジア系の顔立ちをしているが、どうやらこの世界では日本という国の概念自体がないらしい。少なくとも彼女は転生者ではなく、元々の住人のようだ。


「あー、異世界です、異世界? 分かりますか? 俺は転生して来たんです」

「異世界? ウワサは聞いたことがあるが、ホントなのか。てっきり物語の作り話かと思っていた」


 こうして話してみると、悪いヤツではなさそうだ。何より可愛い。前世の俺ならまともに話しかけられないタイプの女の子だ。転生して、俺の性格も少し変わったのかもしれない。女の子を前にしても、スラスラ言葉が出てくる。とてつもない進歩だ。


「君の名前は?」

「ボクはリュー」


 ボクっ娘なのか。オタク心をくすぐられてしまう。

 俺の前世はギャンブルとオタクで形成されているのだ。可愛い女の子がボクっ娘ってだけで、白飯三杯はイケそうだ。






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ギャンブルーレット~a gambling addict~ 奇跡いのる @akiko_f

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