殺し屋と夜半の硝煙【KAC20234】

銀鏡 怜尚

殺し屋と夜半の硝煙

 ここは、マフィアやギャングやテロリストが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする危険な国。夜風に当たるのは好きだが、真夜中に街を散歩するなど、みすみす命を狙われに行くような自殺行為に近いものがある。


 しかしながら、俺も殺し屋だ。やっていることは、夜の裏通りで蔓延はびこっている破落戸ごろつきどもと大して変わらないかもしれない。そんな俺は、ある人物から依頼を受けて、こんな夜更けに外を歩かざるを得なくなった。


 一張羅のインバネス・コートと鹿撃帽ディアストーカー・ハットを被り、葉巻をくゆらせながら通りに出る。今回の標的のアジトは、ここから徒歩で10分もかからぬ場所のはずだが、運悪く5分くらい歩いたところで、3人くらいのギャングどもに声をかけられる。


「おい、兄ちゃんよ! おめぇ、いいもん着てんじゃねぇかよ! 命が惜しかったら黙って身ぐるみ置いてけよぉ!」

 見るからに卑屈で下劣な連中だ。悪いが俺は、依頼を受けている身だ。破落戸こいつらにかまけている暇はない。


「先を急いでる。他を当たれ」

「あんだとぉ! お前! 誰に口聞いてると思ってんだ! この界隈じゃ有名な『ヴァイオレット・ブラッズ』だぞ!」

 『ヴァイオレット・ブラッズ』と言えば、都市一帯で暗躍する比較的に大きなギャング集団だ。でも、こいつらはその末端のチンピラたちだろう。

 もっとも、こいつらが誰だろうと、俺は先を急ぎたい。

 しかし、無視が通用するような話の分かる相手でもない。

「シカトしてんじゃねぇよ! このチャカが見えねぇのかよ!」


 くっ、ただのふんどし担ぎかと思ったら、面倒なもんを持っていやがった。俺もアングラ人間の端くれだ。気が進まないが、売られた喧嘩は買うしかないのか。

「何か言えや! ぶっ殺すぞ」

「俺は『硝煙しょうえん使い』と呼ばれている。痛い目をみるのは貴様らだ!」

「あんだと!」

 見た目通り短気で単細胞な破落戸ならずものどもは、すぐに引鉄ひきがねを引いた。静寂に響く乾いた2発の発砲音。しかし、百戦錬磨の俺は、研ぎ澄まされた感覚で弾道を見切る。

 1発目は身体を屈めて紙一重でかわし、2発目は屈めた反動で脚を蹴り上げ、防弾性能のある革靴の厚底で、銃撃を防いだ。

「この俺の銃撃が効かねぇだと!?」

「俺は殺し屋だ! 死にたいか?」

 そう言うと、俺も拳銃を構え応戦の姿勢を見せた。


 ギャングは恐れをなしたが、銃を向けられているため逃げられない。

「命が惜しくば、黙って俺に協力しろ」

「兄貴、何でもしやす!」

 さっきの勢いはどこへやら。相手が自分より強いと分かるや否や、掌を返すように態度を変えた。まぁいい。標的に逃げられないように、こんな奴らでも協力者がいた方が都合が良い。


 そして、歩くこともう5分。ようやく敵のアジトに到着した。すっかり遅くなってしまった。

「遅かったじゃないのよ!?」

 アジトから、ネグリジェを着た娼婦しょうふのような婦人が、開口一番俺に文句を言った。

「悪い。標的ターゲットはどこだ?」

「この奥に……」

 そう言うと、薄汚れたキッチンとその奥にある扉の方向を指差した。

「逃げられないように窓を閉めてくれ」と俺は、ギャングに指示する。

 俺は黙って、赤くて短い円筒形のチャカを取り出す。

「兄貴、これは……?」見慣れないのか、ギャングは首を傾げている。

「まぁ、見てろ」

 こいつの扱いには慣れている。チャカから発砲音なしに煙が立った。

「俺は『瘴煙しょうえん使い』だ」

「兄貴! これを吸ったら、俺たちも……!」

「大丈夫だ、心配するな!」

 すると、婦人が指差した方向から、漆黒のが動いた。

「標的発見!」

 俺は、先ほどギャングに向けた拳銃を向けて、一気に引鉄を引く。放たれたのは銃弾ではなく、無色の液だった。

 すぐに黒いブツは動きを止めた。


「婦人。もう大丈夫ですよ」

 ギャングは呆気あっけにとられ、ブツを始末する。

 ジパング日本国から仕入れた愛用の『バルチャン』と、食器用洗剤『マジカョ』を装填した拳銃型水鉄砲を鞄に仕舞い、殺し屋『瘴煙使い』は、アジトを辞去した。

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殺し屋と夜半の硝煙【KAC20234】 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet

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