たぬきの婿選び

夏伐

あまいっ!

 環境破壊だの、文明の発展だの、そういったので人でないものの住処はどんどんと奪われていった。

 何とか適応しようと人間社会に乗り込んでいった結果、その家の者はなんと大きな会社の社長となっていた。


 それもこれも、たぬき、きつねなんて種族を越えて協力しあってきたからこそだった。長年の努力の末の勝利であった。


「たぬきの、そろそろお前の娘たちも年ごろだ。婿をとったらどうかね」


 糸目の男が、となりにいるぽんやりとした男に声を掛けた。二人はピシリとスーツを着こんで向かい合うように座っている。


 綺麗な窓からは暖かな日差しと、そして広がるビル群が見えた。高層ビルの最上階で二人は真剣に話をしていた。

 糸目の男は『きつねの』。ぽんやりとした男は『たぬきの』。それぞれが化けた姿である。


 もちろん人間としての名前はあるが、身内ばかりの時はあまり使わないようだ。


「上の娘たちはもう自分で相手を見つけているんですが、末の娘が困りもので」


「ああ、あの子は変わっていたなぁ」


 二人がしみじみと言っていると、たぬきはため息を吐いた。


「どうしても人間と結婚したいと言って聞かないんだよ」


「人間と?」


「どうにも、大昔に人間と結婚した大蛇のやつから馴れ初めを聞いてあこがれてしまったらしい」


「それは……お気の毒に」


「もう今さら金や地位だとか、そういうのはいらないんだよ。きちんと人間として生活するための基盤はそろっているから。でも、ほら、うちは……何と言うか」


 言葉を選ぶたぬきに、きつねは呆れたように笑った。


「まあ化け物屋敷だわな」


「そう! そうなんだよ――あ……」


「気にするな。俺もお前もお互いその化け物じゃないか」


 せっかく言葉を選んでいたのに、とショックを受けるたぬき。きつねは頭を指でコンコンとたたいた。


「どうせ人間ならば、肝が太いのが良いな」


 きつねとたぬきはそれぞれが代表を務める会社で末娘のための婿探しを始めた。

 社長令嬢との逆玉の輿だと、社員たちは浮足立った。自薦他薦問わず、さまざまな人間の釣り書きがたぬきの元に届いた。彼らには一つの試験を設ける。

 きつねの会社からもいくつか独身社員のプロフィールがサーバーにアップされていた。


 社会勉強と人間社会の勉強のためにこっそりとコネ入社していた末娘は社長室で写真を見ながら「趣味がどうの」「顔がどうの」と吟味して、どうにか十人まで候補をしぼった。


「この人たちとお見合いすればいいの?」


「いや、これからきつねのと一緒に試験をする」


「試験?」


「私たちが認めた人間でないと結婚は認めない」


「かぐや姫みたいで素敵ね!」


 そうしてきつねのの会社で二人、たぬきのの会社で八人が試験を受けることになった。


 彼らは一人一人会議室に呼び出された。そこには不釣り合いな冷蔵庫と、テーブルが用意されていた。


 たぬきときつねたちの身内、『ねこの』『だいじゃの』『むじなの』の一族がそれぞれ料理人と召使いのような恰好で会議室で待ち構えていた。

 椅子に座らされた婿候補は、状況に困惑していた。


 彼らが眺めていると、ふいに冷蔵庫の扉を開けて大きな塊がテーブルの上にどかりと運ばれた。


「――ひっ!?」


 それは人の手足だった。


 ここで数人の人間が会議室から逃げ出した。逃げ出した人間は待ち構えていた化け物どもに囲まれて数十年ぶりの『化かし』を堪能された。きっと悪夢だと思うだろう。


 残った婿候補たちは、手足が丁寧に切り分けられていくのを見つめることになった。さらに一人がその場で卒倒した。


「お召し上がりください。お食事が終わりましたらお戻りください」


 そうあたたかなお茶と共に手足の刺身を差し出された婿候補たちは、ほとんどがそれを食べることが出来ずにお茶だけを飲んで帰っていった。

 一人の男は「食べられないものを差し出したりはしないだろう」と刺身の一枚を恐る恐る口にした。


 それはとても甘い。砂糖で出来ていた。


 ただのお菓子だと分かった男は、差し出された手の刺身を手首の辺りまできれいに食べた。


 その様子を見ていた化け物たちは、とても喜んだ。末娘の結婚相手が決まった、それもとても肝の太い人間に!

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