KAC20234 近所迷惑だから静かにして!

星都ハナス

😷

 深夜二時。寝付けない私は散歩することにした。


 月明かりの下、電柱に寄りかかるようにしゃがんでいる人を見つけた。


「気分でも悪いのですか?」


 三月中旬とはいえまだ夜中は寒い。後ろ姿からコートを着た長い黒髪の女性だということが分かり、私は話しかける。


「ご親切にありがとうございます」


 女性は律儀に頭を下げながら、ゆっくりと立ち上がる。貧血でも起こしたのだろうか、少しふらついている気がした。


「どこかでお会いしたことありますか?」


 細身でギョロっとした目元に私は懐かしさを覚える。同級生のお母さんだろうか? そう問いかけようとしたが、まだ四十手前に見える彼女に失礼だろう。

 

「……あの、私、キレイ?」


知らんがな。正直そう思ったが、平和主義の私はキレイですよと頷く。


「これでも?」

私の返事に彼女は白い指で、掛けていたマスクを外す。


───キャー! 思い出した!


 私はあまりの懐かしさにその場で飛び跳ね再会を喜ぶ。私の声に反応して犬が吠えた。彼女は慌てて唇に人差し指を当てて静かにと、私を嗜めた。


「ごめんなさいね。もう懐かしくて、嬉しくてつい。ここ数年、大変でしたね」

「あっ、ありがとうございます」


「流行病のせいで、マスク外せなかったでしょ? 貴女の専売特許だったのにね」


「聞いてくれます? 一応、今日まで活動してきたんだけど、ほら世界中がマスクしちゃったでしょ。私の個性が丸潰れだったわけ。少しでも外そうとすると、マスク警察っていうのかしら、すぐ飛んできて怒られちゃうのよ」


「真面目なんですね。けど、貴女ご存知かしら? 13日からは任意だけど外せるのよ」


 

「本当に? すっごく嬉しい。また人間を脅かせるわね」


 彼女は歓喜のあまり奇声まであげて喜んだ。近所の犬が再び吠える。


「口裂け女さん、近所迷惑だからシッ」


今度は私が嗜める。


「けど貴女、花粉症は大丈夫?」


1970年代は少なかったから心配だ。


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