夜の知らない道

歩弥丸

光る光るぜ

 飲み屋を出る頃にはすっかり夜遅くになってしまっていた。飲み屋が開いてたくらいなのでまさか12時を回ってることは無いはずなのだけど、しかし宿に戻って開けて貰えなかったらどうしたものか。

 どの道飲み屋も閉店時間なので、宿に帰る以外の道は無いのだけど。


 この温泉地は石畳が道に敷いてある。それは風情があっていいのだけど、流石に夜露で少し濡れた感じで、足下が滑る感じがする。

 街灯は余り多くない。ぼんぼりに似せたカバーがしてあって、少し柔らかい感じの光り方をしている。

 側溝からは湯気が立っている。掛け流しの源泉が、どこかでそのまま捨てられているんだろう。

 空を見た。高く澄んだ暗闇に、星がきらめいている。星とぼんぼりに照らされて、道も、側溝も、少しずつ光っているように見えた。


 ――側溝も?


 いやおかしいだろう。側溝の中まで外の光が届いてるとも考えにくいのに、何故か側溝の蓋の光が見える。

 腹這いになるようにして、側溝の蓋の隙間をのぞき込んだ。やっぱり中からだ。ぬるま湯の排水の中で、何かが光っている。

 蓋を持ち上げてみようとも思ったけど、酒が入っていて力が入らないし、コンクリの蓋は土や苔で固まってて持ち上がりそうにない。


 どこまでも、光ってるんだろうか?


 気になって側溝沿いに石畳を歩く。点々と、側溝の隙間からぼんやりと光が立っている。坂を下り、登り、光を追うようにして歩く。足下がだんだんふわふわしてくる気がした。踊るように歩く。


「あら、おかえりなさい」

 気がついたら宿の前にいて、女将さんに迎えられてしまった。

 知らない道なので、いつの間にか一周してしまったらしい。


 ※ ※ ※


「側溝が光る?」

「そうなんですよ。何があったんでしょうね、女将さん」

 僕は朝食を持ってきた女将さんに尋ねてみた。

「夢でも見てたんじゃない?」

「いや酔ってはいましたけど、夢では無かったと思うんです」

 白米が湯気を立てる。

「夢じゃ無いんだとしたら……ひょっとしてアレかしら、『温泉ほたる』」

「温泉ほたる?」

 なんだそれは。遺伝子改変でもしたのか。

「ええ。何でも温泉の湯でも育つホタルの幼虫だとか。死んだ息子わかだんながね、『大学で分けてもらった』って言って持って帰ったことがあったんですよ。流石に返してきなさいって怒鳴ったんですねどね……いやまさかね……」

 本当だとしたら立派なバイオハザードだ。そのうちその大学と若旦那(故人)が悪いニュースに載りかねない話だ。

「そりゃあ無いでしょ……無いですよね……?」

 愛想笑いを浮かべるほか無かった。


 

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