Gontopia

Aiinegruth

第1話

「あなたは異世界に転移します」

「いや、デートまであと1時間しかないんですが」

「その前に、知っておいて頂きたいことがあります」

「ねえ!」

 夜道を待ち合わせ場所に向けて歩いていた俺は、いきなり謎空間にぶっとばされた。薄い暗闇のなか、目の前にはきつね耳を生やした女が浮いていて、女の頭の上には一匹のきつねが乗っている。

 相手は話し始めた。知っていたので、まともに取り合わないつもりでも内容が分かってしまった。ごんぎつね。いたずらの罪滅ぼしのために食べ物を届けに来たきつね――ごん――を、猟師――兵十――がそうと気付かずに撃ち殺してしまう話だ。

 それがどうしたと顔を向けると、謎のきつね女はこう続ける。後悔の果てに、兵十は異世界に転生した。彼は執念でごんを蘇生、繁殖させ、ごんたちの楽園を作った。

「Gontopiaの危機なのです」

「Gontopiaじゃねえんだよ」

「増えすぎたごんぎつねに規律を取り戻させられるのは、兵十の子孫であるあなたしかいない。このままではごんが異世界からせり出してこの世界とごんとなりみんなGONEしてしまいます」

「やかましいわ」

「2,500億匹のごんぎつねを捕獲して、世界を守ってください。勇者、ソルジャー25」

「多い多い多いあと50分しかない」

「46匹のネームドごんを手に入れれば、残りのもぶごんは自動的に付いてきますので大丈夫です」

「何が」

「Gontopiaで活動する間、あなたの活動速度を200倍にしておきました」

「身体に負担がかかるだろ!」

「それでは、どうぞ!」

「あぁああああ!!」


 こうして、俺はGontopiaなる世界へ放り出された。

 山も、海も、砂漠も、都市もあるのに、ごんぎつねしかいない。

 数分歩きまわって、悟った。

 帰れないなら、――やるしかない。

 46匹、捕まえてやる

 うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 ・・・・・・


 アポローンごん

 てかてかに照り輝くごんぎつね。サングラスをして捕獲した。


 威力業務妨害いりょくぎょうむぼうがいごん

 あばれて仕事を邪魔するごんぎつね。仕事をはじめるふりをして捕獲した。


 うべなるかなごん

 もっともだという顔をしているごんぎつね。頷くと頷き返すので、しばらく続けて油断させて捕獲した。


 エリンギごん

 頭からしろいきのこが生えているごんぎつね。醤油をこぼすと舐めに来たので捕獲した。


 オルソケラトロジーごん

 最近ちょっと目が良くなってきたごんぎつね。細かい文字を見せると、まだだめかも、と近付いてきたので捕獲した。


 槐門棘路かもんきょくろごん

 政治的に非常に高い地位を占めるごんぎつね。臣下になったら懐いたので捕獲した。


 銀盾ぎんたてごん

 チャンネル登録者数10万匹のごんぎつね。コラボ放送をしたあとに捕獲した。


 クリスマスエディションごん

 きらきら冬の装いのごんぎつね。雪玉をぶつけると楽しくなって走り回るのを、上手いこと捕獲した。


 ケセラセラごん

 なるようになるさといった様子のごんぎつね。追いかけても逃げないため、捕獲は一番楽だった。


 坤輿こんよごん

 大陸サイズのごんぎつね。小さくなるライトの力で捕獲した。


 最弱スキルで成り上がり! 世界平和のハーレムライフごん

 魔王を討伐しメスに囲まれているごんぎつね。威嚇してきたが、抱き上げると普通に大人しくなったので捕獲した。


 Sic et non ごん

 万有の原因としての神はあらゆる肯定と否定の彼岸にある――と豪語するごんぎつね。しばらく問答を続けたら満足して捕獲できた。


 砂丘の生命体ストランド・ビーストごん

 風を受けて動く巨大な木製のごんぎつね。大きめの扇風機で崖においつめて捕獲した。

 

 聖騎士ごん

 神威に満ちた剣を咥えた凛々しいごんぎつね。うっかり差し出された油揚げと剣を交換してしまい、ピンチになって震えているところを捕獲した。


 SOUL BLAZEごん

 魂を燃え上がらせるパンクロックを歌うごんぎつね。対バンして勝利し、捕獲した。

 

 タンスにゴンごん

 棚に入って虫を蹴散らすごんぎつね。虫のおもちゃを棚の前に置くと、張り合って出てきたので捕獲した。


 地租ちそごん

 固定資産税と呼んでください! と芸名のリニューアルを図るごんぎつね。家を建てるための土地を買った際に重く圧し掛かってきたので捕獲した。


 字一色つーいーそーごん

 必ず役満を叩きだすごんぎつね。何回も卓を囲んだ末に、ようやく打ち負かし、捕獲した。 


 ティタノフォビアごん

 おっきいものが怖いごんぎつね。すごく身体を縮めてゆっくりと近付くことでなんとか捕獲できた。


 トトかしら? ごん

 かまぼこを魚だと勘違いしたふりをしているごんぎつね。抱き上げて捕獲したが、性格の悪さのためにみみでぺちぺち叩かれた。


 №1ごん

 自分こそが原初の個体だと言い張るごんぎつね。原初の個体は撃たれて死んだだろ、と返すとしょんぼりしたので捕獲した。

 

 ニンジン(根)100本分のビタミンCごん

 健康が売りのごんぎつね。目の前にパプリカを並べてみたところ、ちょっと張り合っていたが、4個めであえなくひっくり返ったので捕獲した。


 ぬとねの区別がつかないごん

 FXで全財産とかしたごんぎつね。捕獲した手から伝わってくる絶望でとても悲しい気持ちになった。


 星雲ネヴューラごん

 雲のようにふわふわで鮮やかなごんぎつね。祭りのわたあめ売り場にまぎれていたので捕獲した。


 のろりごん

 のろりのろりとしたごん。正しく読むと祟られるので、のろりのろりと網をかぶせて捕獲した。


 hihiAはいはいえーごん

 高音が自慢のごんぎつね。SOUL BLAZEごんの協力のもと、地の揺れるような低音も良いのだぞということを理解してもらい、捕獲した。


 樋門ひもんごん

 水を止めたり流したりするごんぎつね。威力業務妨害ごんに邪魔されて加減を誤り、危うく自身が海に流れていくところを捕獲した。


 華氏ふぁれんはいとごん

 ちょっと大げさに熱さに反応するごんぎつね。氷をくっつけてやると、32度……と、ひんやりした笑顔になったので捕獲した。


 ヘルマンヘッセごん

 詩文が得意なごんぎつね。車輪の下にテレポートしてくるのを捕獲した。


 奉納待ほうのうまちごん

 神社に納められそうになっているごんぎつね。代わりの供え物を置くことで、回収し、捕獲した。


 真秀場まほろばごん

 自分のいるところを、とっても素敵な場所に変えるごんぎつね。周囲の景色を変えるので、発見しやすく、捕獲は簡単だった。

 

 ミゼリコルディアごん

 起立が基本とされるミサや典礼式典の際に、足の悪い、あるいは老いた聖職者のごんぎつねのために、自ら小さな椅子になるごんぎつね。あいたたた、といいながら膝を折るとお尻のところに来てくれるので、捕獲した。


 無制限誘導弾むせいげんゆうどうだんごん

 狙った標的のもとにぶっ飛んでいくごんぎつね。サッカーゴールに導くことで動きを止め、捕獲した。


 メルマガ配信はじめました! ごん

 アフィリエイトで信じられないほど稼ぐごんぎつね。銀盾ごんとお互いを毛嫌いしていたが、オフ会で誤解を解き、仲を取り持つことによって捕獲もできた。


 盲愛もうあいごん

 ほかのごんぎつねを訳もなく好きになるごんぎつね。ぬとねの区別がつかないごんを好きになり、流石に現実を見て正気を取り戻したところを捕獲した。

 

 Ураやぱーごん

 キリル文字をラテン文字と勘違いしているごんぎつね。参考書で学んだうえで、教室を開き、詳しく教えると、懐いてきたので捕獲した。


 ユビキタスごん

 いつでもどこでも遍在するごんぎつね。遍在するので、捕獲されていてほしいときには、しっかり捕獲されている。


 ヨグソトースごん

 機嫌が悪くなったときのユビキタスごん。捕獲されていてほしいときに限っていないし、見たら発狂する。しばらくすると通常の遍在状態に戻る。


 来援らいえんごん

 ピンチだと助けに来てくれるごんぎつね。字一色つーいーそーごんとの麻雀バトルで勝てる気がしなかったときに現れたが、ダブロンを食らって吹っ飛んでいったので追いかけて捕獲した。


 リレハンメルごん

 環境を重視するオリンピックをひらくごんぎつね。全種目制覇したところ、金メダルの代わりに小さくなって首にかかったので捕獲した。


 類焼るいしょうごん

 家からほかの家に火を燃えうつらせるごんぎつね。うだつを高めに設計すると観念して捕獲された。


 黄金伝説レゲンダ・アウレアごん

 たくさんのごんぎつねたちの伝説を記すごんぎつね。探し続けていたらしいティタノフォビアごんについての情報を渡すと、お礼に捕獲された。


 RoHSろーずごん

 危険な物質を判定するごんぎつね。自身も巨大化して六価クロムなどをぶちまけることがあるため、めちゃくちゃ除菌してあげると捕獲できた。


 ワごん

 大勢を乗せられる車に変形して爆走するごんぎつね。運転席に飛び込み、崖まで数メートルのギリギリで急ブレーキを踏むことで、運転士と認められ捕獲できた。

 

 をこつるごん

 ほかのごんぎつねを騙して誘う、わるいごんぎつね。運命の丘の上で、聖騎士ごんと協力して成敗し、捕獲した。


 んまわしごん

 んから始まる言葉をいうことで、田楽を貰うごんぎつね。わざとしりとりで誘導するとこで、田楽を与えまくり、お腹いっぱいで寝たところを捕獲した。



 ・・・・・・


「やったぜ、46匹、かかった、90時間」

「おめでとうございます。向こうの世界で30分未満です。この世界から離れる特典に、一匹ごんぎつねを差し上げましょう」

「い、ら、な、い」

「選ばなければ帰れません。みんなついていきたいと必死なのを1匹だけと止めているのです」

「じゃあ、そいつで」

 戻ってきた始まりの黒い空間。無表情な女は、そこで初めて驚きを見せた。おれが指差したのはネームドごんではなく、そいつの頭にのっているもぶごんだ。当たり前だ。訳の分からん能力を持った異様なきつねを元の世界に持って帰れるか。

「いいのですか、選び放題なのですよ」

「はやく返してくれ、マジで走っても間に合わなくなるから」

「よいでしょう、どうぞ、最高の勇者、ソルジャー25」

「うるせえ! あばよ!」


 俺は走った。夜の街道を走った。着替える暇はなかった。初デートのために最高に整えてきたはずの服はボロボロで、髪はバサバサだ。何食わぬ顔で肩に乗っている一匹のごんぎつねだけが、あの無駄のなかで俺の得られたもの、全てだ。ばかやろー!!!!!!

 調べて見付けた洋食店。ドアの前で、立ち止まる。待った。待った。待って――。

ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッツ!」

 降る雪のなか、俺は叫んだ。

 手帳を見た。

 待ち合わせは明日だった。

 倒れた。

 足元にいたはずのごんぎつねが、クリスマスエディションになって通りのひとびとに可愛がられている。

「――ソルジャー25、あなたを信じ、善性を褒賞して、2,500億匹、全てのごんぎつねを引き寄せる力を与えました。あなたは最高の兵十の子孫です」

「うわぁあああああああああああ!」

 横に出現した頭にエリンギのごんぎつねをひっ捕まえ、クリスマスエディションのもう一匹を掴んで回収すると、俺は泣きながら帰路を急いだ。しかし、ダメだった。すごく呑気な顔をして出迎えてきたケセラセラごんを筆頭として、実家は大小さまざまなごんきつねで満たされていた。

「(こいつらを)異世界に転移させてくれぇ!!!!!!」

 思い空しく、言葉はほかほかになった家の空気に溶けていった。

 

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Gontopia Aiinegruth @Aiinegruth

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