第4話

「…エ?」

手紙を開いたR.B.ブッコローは固まった。

「エ?何?なんで…?」

有隣堂伊勢崎町本店、6階のYoutubeスタジオ、その片隅で、ブッコローは混乱していた。

手紙の1文目はこう書かれていた。


“WATASHI HA KAKUYOMU NO MASUKOTTO TORI DESU.”


「えっ…?へ、あ。ローマ字?」

アルファベットだらけだから一瞬暗号文かと思ったわーと一人呟きながら読み進める。

「わ、た、し、は、か、く、よ、む、の、ま、す、こ、…あ、マスコット、か。と、り、で、す…あ、これトリちゃんからの手紙なのね?それでシーリングスタンプが鳥だったんだあ、おっしゃれ!」


“KYOU HA TOTUZEN OJAMASITE GOMENNASAI.

OAIDEKITE TOTEMO TANOSHIKATTADESU.

BUKKORO- SANNO HANE, TOTEMO SUTEKI DESUNE.”


「あらまー!ありがっとう!」

だんだん慣れてきたブッコローは機嫌よく相槌を打ちながら読み進める。


“MATA OAI DEKIRUYOUNI GANBARIMASU.

KAMEREON TO ITSUMO MITEIMASU.

SUKI DESU. ”


「あらあら、愛の告白までされちゃったよ。うれしいねぇー!」


“OUEN SHITEIMASU. GANBATTE KUDASAI.

TORI”


「あ、ラブレターってよりはファンレターかな?」

自意識過剰で恥ずかしいじゃんかよォ…と羽角の裏を爪先で掻きながら、ブッコローは再度手紙を眺めた。

「きっれいな青だなこれ…いいインク使ってんなー」

そう呟くと、ブッコローは黙り込んだ。しばらくそのまま考え込む。

そして、突然ばさりと翼を広げると、手紙をくちばしにくわえて、スタジオを飛び去った。




「え、岡崎さん、徹夜したんですか?大丈夫です?」

「だいじょうぶですよー。2時間くらいは寝たので」

昼休み、岡崎と渡邉は二人で会社近くの食堂でランチを共にしていた。岡崎がほかほかと湯気の立ち上るうどんをすする。周りのテーブルもほぼ埋まっている、昔ながらの人気の定食屋だ。

「そんなに時間かかったんですか?」

「いえ、書くこと自体はそんなに時間かからなかったんですけれど。インクの色選びがちょっと大変だったんですよ」

昨晩、トリと岡崎は共同作業で手紙を書いていた。それが今朝、トリの背中に貼られていた封筒の中身である。

「で、結局なんの色になさったんですか?」

渡邉が定食の付け合わせのサラダを箸でつまみながら聞くと、眼鏡を湯気で曇らせた岡崎の口が可笑しそうに弧を描いた。店の引き戸がカラカラと開いて、ちょうど2人組の新しい客が入ってくるところだった。

「それがね、」

「ザキィー!」

言葉をさえぎって、大きいミミズクが岡崎の顔めがけて突進してきた。

「ちょっ、なっ、なんですか!」

「ブッコロー!?」

驚いた岡崎の声と、慌てた渡辺の声が重なる。その足元にひらりと便箋が落ちた。

その間にも、ブッコローは肩に爪を立てて踏ん張りながら、岡崎の頭をつつきまくっている。完全に衆目の的となっていた。

「アナタ、いい年して恥ずかしくないんですか!トリちゃんの名を騙って、あんなお手紙!」

「いたたっ、違いますって!」

「なぁーにが違うんすか!説明してみなさいよホラァ!!できないでしょうが!」

岡崎が必死に抵抗するも、ものすごい速さでつつかれている。

「や・め・な・さ・い」

岡崎の背後に回り込んだ渡邉がブッコローの羽角をつまみ上げた。いてててて!と今度はブッコローが悲鳴を上げる。

「他のお客様に迷惑になります。ブッコロー、特にあなたは鳥類なんだから、飲食店での振る舞いは気を付けてくださいと以前から注意してますよね!?」

羽が飛び散るとお店の人にも迷惑です!と言われ、ブッコローの動きは止まった。

「…すんません」

ブッコローがしおらしくなると、岡崎が涙目で渡邉を振り返った。

「郁さん、ありがとう…」

「いえ、どう考えてもブッコローが非常識でした。で?なんなんですか?」

渡邉はブッコローを問いただす。

「いや、ほら、今朝郁さんにもらった手紙あったでしょ?あれをさっき読んでたんですけど…ほら、コレ」

言いながらブッコローはテーブルの下に落ちていた便箋をくちばしで拾うと、渡邉に差し出した。

「ちょうどいま、その話をしていたところですよ」

岡崎が言うと、ブッコローが思い切り顔をしかめる。

「え?趣味悪すぎません?僕に偽物ラブレター送った話を二人でしてたってわけ?」

それを聞いた渡邉は、眉間に皺を寄せながらはあーっと大きな息をついて言った。

「勘違いですよ」

「はぁ?」

声を跳ね上げたブッコローに、渡邉から便箋を受け取りながら、岡崎が説明を始めた。

「これはね、昨晩私が書いたものです」

夜なべして、と疲れた笑みを見せる。

「ほぉーらみろ!」

「そうじゃなくて。…トリちゃんの気持ちなんですよ。本当に。私は代筆しただけです」

「は?代筆?だってあの子、喋れねーじゃん!」

「だからですよ」

「イミフですっ」

「だから、ローマ字表を使って、順番に示してもらったんです」

「ローマ字表って…なんでローマ字…」

あきれたように呟くブッコローに、岡崎は恥ずかしげに答える。

「昔、パソコン入力を覚えた時に使ってたローマ字表がたまたま机の引き出しに入ってたのを思い出して、それで…」

2人と1羽のテーブルに沈黙が下りる。

ブッコローがはーっとため息をついた。

「だから…この色のインクだったんスね。コレ、僕が岡崎さんにあげたやつでしょ?ファーバーカステルの」

「よくわかりましたねえ」

ぱあっと岡崎の顔が輝いた。

「トリちゃんね、とっても迷いながら、でもやっぱりこれがイイ!って顔でこのインクを選んでくれたんですよ」


『これもね、ブッコローさんがくれたインクなの。ブッコローさん、これをガラスペンで書いたとき、「きれー!」って何度も言っていて、おもしろかったの』

インク瓶の棚の前で、それぞれのインクの説明をしていた時、岡崎がそう言うと、トリはピッと背筋を伸ばして、くるりと岡崎を振り返った。

まっすぐな瞳が、少しうるんでいた。


「しゃべれなくても、気持ちを伝える方法はあるんだよって、トリちゃんに教えてあげたくなっちゃって」

言いながら岡崎は困り笑いの顔になる。

「私は言いましたよ、トリちゃんに。やめておいた方がいいよーって」

なんでよりによってこのミミズクなんでしょうね、と渡邉は床の上のブッコローを見下ろした。

「え、あれファンレターでしょ?」

二人を見上げたブッコローが、まじめな声を出す。

女性二人の顔がすっと真顔になった。

「郁さん、私ごはんの途中だったわ」

「私もです。ブッコロー、出て行って」

「え?え」

突然冷たくあしらわれて、ブッコローは戸惑う。

「どゆこと?俺なんかした?」

「サイテーです」

「だからやめておいたらって言ったんですよ私!」

ブッコローを断罪する岡崎に加勢する渡邉。ブッコローは三度、渡邉に羽角を引っ張られてずるずると店の外まで引きずられていく。

「ちょ、いててててて!やめてマジでイクさん!!」

「先に社に戻っていてください」

ぽいっとブッコローを路上に放り出すと、渡邉はさっさと店内に戻っていく。入れ替わりに岡崎が出てきたのを見て、ブッコローはほっとした声を出した。

「ザキさぁん…」

「これはあなた宛ての大切なお手紙ですよ。ちゃんと持っていってくださいね」

棒読みで言うと、岡崎は二つ折りにした便箋をブッコローのくちばしにくわえさせた。

「じゃあ。また」

ぴしゃりと店の扉が閉まる。

「な、なんなんすか二人して…」

呆然と呟くブッコローのくちばしの先で、便箋が風に揺らされて、さわやかな青色の文字がひらひらと踊った。

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名もなきトリはミミズクに恋をした もりや33 @ugen1117

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