ちょっと、散歩しようぜ!

木曜日御前

散歩って言ったよな?


 9月頃の深夜1時。

 小学6年生の私は、こっそりと自分の家の玄関を出た。玄関を出ると、自分が住むアパートの前に見慣れた自転車が一台止まってる。


「ちょ、あずみ、こんな時間に何よ?」

「へへっ、別にいいじゃん」


 携帯メールで、書かれていたのは「今からちょっと散歩でもどうよ、そっちいくから」という文字。

 それがまさか、深夜0時頃越えたあたりで届くとは、私もびっくりした。


「で、なに、お前が呼び出すなんてロクなことじゃないでしょ」

「まあまあ、気にすんな、自転車後ろ乗れって」

「しゃあねぇな」


 私はあずみに言われるがまま、電車の荷台に乗る。サビつき、荷台もぐらつくオンボロママチャリだが、案外くたばらないものだ。私が乗ってあずみの両肩を掴むのを確認し、あずみは自転車をこぎ始める。どこに向かうかはわからない。

 私達が住む街は飲み屋街だけが光り輝きうるさい、そんな飲んだくれの街。


 たまに、同級生とすれ違っては、まるで悪いことを共有してるように、名前を呼んでは「お前まだくたばってなかったのか」と挨拶する。

 お上品な言葉な挨拶なんて、わたしたちの間には存在しない。

 子供が深夜徘徊していても、誰も心配することはない。


 友人の漕ぐ自転車は、夏の熱気がまだ残る温い風を感じる。それでも、どこに行くのかは教えてくれない。


 そして、暫くして、一つの建物が見えてきた。きらきらと異様に光る看板。入り口にはスモークガラスと、広い駐車場。私たちはその駐車場から少し離れた場所で建物を眺めていた。


「なんで、ラブホテル……」

「まあまあ、あれ見ろって」


 あずみが指した場所を誘導されるがまま見る。あのクラシックカーは、たしかあずみの父親の車だったはずだ。


「ありゃなんだ」

「浮気だよ、浮気。コソコソ出ていくからこの前尾行したらここ来てたんだよ」


 あずみはそう言うと、自分の携帯を取り出した。


「ここからなら、撮れるね」

「そ、そうだね」


 ニッコリと笑う彼女に、私はなんとも言えない、気持ちになる。彼女の家は、母親がアルコール中毒であり、お父さんが苦労してる話はよく聞いていた。でも、浮気を父親がしてるなんて、それはそれで嫌だろうとおもったからだ。

 私を呼んだのも、一人でくるのは嫌だったからに違いない。なんとも、悲しい気持ちになってしまった。


 暫くして、彼女のお父さんが出てきた。誰かが出るたびにカメラを構えていたが、やっとターゲットが出てきた彼女は楽しくカメラを向けている。お父さんの隣には若くて綺麗な女性。


 ああ、浮気か。人の浮気を見るのが初めてだった私は、他人の浮気現場をこのとき初めて見たのだ。

 自分の車へと入っていくあずみの父親。あずみは携帯のムービーにその姿を収める。先に去っていくあずみの父親。


 そして、一緒に出てきた女性はあずみの父親を見送ったあと、ホテル前まで迎えに来た車・・・・・・に乗り込み、去っていった。

 私は、その時、あれ? っと思い、あずみを見る。あずみもその異変に気づいたのだろう。携帯を握りしめて叫んだ。


「デリヘルじゃねぇか! くっそ! 浮気だって脅して、父親から金せびろうと思ったのに!」

「え、ええー……」

「あーもう、用心棒でお前連れてきたのに。もう、さっさと帰るぞ」


 私は憤慨するあずみに言われるがまま、また自転車の荷台に乗る。散歩がなんでこんなことになったのか。しかも、用心棒って何かあった時に、私を盾にする気だったなこいつ。


「でも、デリなら脅せるんじゃない?」

「いや、商売女ならうちの母親キレないわ。くっそ、無駄骨すぎ」


 逞しいあずみの愚痴を聞きながら、私は眠くなってきた眼を擦る。そして、誰も子供に気を止めない、そんな街の明かりを眺めていた。

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ちょっと、散歩しようぜ! 木曜日御前 @narehatedeath888

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