第16話 振りは誤解の元


 俺、坂口悠。昨日土砂降りの雨の中を走って来て結局靴の中や下着までずぶ濡れになってしまった。

 その時は、直ぐに風呂に入り熱いシャワーを少しの間浴びていたので、夜になっても寒気が来ることは無かった。


 だけど…。夏服とは言え、学生ズボンの替えがない。偶に土日を利用してクリーニングに出しているので、一本でも困っていなかったが、流石に週中に濡れてしまっては、どうしようもない。


 仕方なく、担任の加藤先生に電話して今日は休むことにした。理由は風邪だ。まさか学生ズボンが濡れたから登校出来ないはかっこ悪い。授業日数は足りているし、問題はない。


 ズボンは今日中にコインランドリで乾かしてアイロンでもすればいいだろう。




 その頃、学校では2Aの生徒が加藤先生から坂口の欠席を伝えられていた。


「坂口君は本日風邪で休みます」


 えっ!。もしかして坂口君昨日の雨が原因?そうよ。そうに決まってる。あの時、傘持っているって言い直せば、どうしよう。

それに彼は一人暮らし。風邪なら色々困っているだろうから。でも彼の住んでいる所を知らない。

 そうだ、友坂さんに連れて行って貰えば良いんだ。彼女だったら知っているかもしれない。


 私、友坂絵里。悠の欠席を聞いて工藤さんが動揺している。彼の風邪と彼女なんか関係あるのかしら?



 一限が終わった中休み、工藤さんが私の所にやって来た。

「友坂さん、お願いが有るの」

「なに?」

「友坂さん、坂口君の住んでいる所知っているんでしょ。私を連れて行ってくれないかな?」

「知っているけど、工藤さんに教える理由はないわ。そもそも何で知りたいの?」

「実は…」


 私は昨日坂口君から傘を借り、彼が雨の中を走って帰って行った事を話した。勿論自分のバッグの中に傘が有ったなんて言わないけど。


「呆れた。悠らしいわね」


 でもあいつが雨に濡れた位で風邪引くか?帰って直ぐに熱いシャワー浴びれば良い事だし、中学の頃の武道場の寒稽古だって、夏合宿の滝打たれだって風邪なんか引かないって自慢していたから。でも元気なら元気で行って見るのは良いかもしれない。でも工藤さんとは一緒に行きたくない。


「そういう事なら私が悠の様子を見て来てあげるわ。プリントも出るかもしれないし」

「えっ、でも原因作ったの私だし、私が行く責任があります」

「いいのよ工藤さん、彼とは中学からの仲、私が行って来る」

「いえ、私が」


 予鈴が鳴り、中休みが終わってしまった。どうにかして友坂さんと一緒に行かないと。



 二限目の後の中休み。


「ねえ、友坂さん、私も坂口君の所に行きたい。心配なの。だから」

「その気持ちは悠に伝えておくから。貴方は来なくて良いわ」

「でも…」



 結局、工藤さんを押さえて私一人で悠のマンションに行く事にした。実を言えば、クリスマスの時、始めて来たのが本音だ。


 一応、本当に風邪かも知れないのでスポドリと風邪薬をドラッグストアで買っていく事にした。食べていないなら悠のキッチンでおかゆを作ってあげればいい。むしろその方が嬉しいけど。


 マンションの下に来たので部屋番号を押す。


 …出ない。もう一度押す。…出ない。もしかしてそんなに悪いのか。私は最後の手段で悠のスマホに連絡を入れた。



 ルルル。ルルル。


 えっ、後ろから聞こえる。振り向くと悠がスッキリした顔で立っていた。


「何か用か絵里?」

「あんた風邪じゃ無かったの?」

「ああ、これが理由で行けなかったんだ」


 悠が手元にある学生ズボンを見せた。

「なにこれ?」

「見ての通りだ。学生ズボン一着しか持って居なくてな。普段着で行く訳にもいかないから、コインランドリで洗濯と乾燥していまからアイロン掛ける所だ」

「はぁ、そんな理由で休んだの?」

「別に構わないだろう」

「そりゃ、あんたならその理由は成り立つけど。ねえそれより中に入れてよ。スポドリと風邪薬買ってきちゃったんだから」

「要らないからこのまま帰ってもいいぞ」

「悠、せっかく来たのよ。その言い方は無いでしょ」

 確かに絵里の家は学校から見て俺のマンションの方向とは逆方向だ。


「分かった」

 ふふっ、まだアイロン掛けていないって言ったわね。私が掛けてあげるか。


 部屋に行くと

「入ってくれ」

「お邪魔しましまーす」

「俺以外誰もいないの知っているだろう」

「礼儀でしょ。ところでアイロンは何処にあるの?私が掛けてあげる」

「ああ、ズボンプレッサーが有るから要らない」

「ええーっ。せっかくやってやろうと思ったのに」

「悪いな。ところでスポドリと風邪薬の代金払うよ。いくらだ?」

「良いわよ別に。それより…」

「それより何だ?」

 何でこんな時にもよおすのよ。家まで我慢出来ないし。


「悠、そのトイレ貸して欲しいんだけど」

「ああ、いいぞ。そこだ」


 私は急いでトイレのドアの前に行くと

「開けないでよね」

「誰が開けるか。早く入れ」


 ふーっ、何とかなったわ。でもこんな時。それに私の匂いが…。


 洗面所で手を洗うと

「悠、その…絶対十五分は入らないでね」

「入らねえよ。全く」

 女の子だろ、もう少し言い様が無いのかこいつは。



「ところでさ悠。お昼一緒に食べない」

「どうしたんだ。別に一人で構わない。それにお前は友達がいるだろう。なんで俺にそんな事言って来るのか分からないけど、一人の方が落着く」

「そうなの」


 すっかり前の悠に戻っている。でもあの事件の後の様な悲壮感はない。それに今のままならこいつに声を掛ける子はいない…。

あっ!工藤さんがやたら悠に接近したがっている。理由は分からないけど。あの子は頭もいいし、とにかく可愛い。スタイルも私と同じ位いい。要注意かも知れない。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

次回以降をお楽しみに。


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