おぼろ月 深夜の散歩で起きた出来事

京極 道真  

第1話 おぼろ月 深夜の散歩で起きた出来事

「ガヤガヤ。」TVを付けたまま僕は作業をしていた。23:58。番組終了。CMに入る。日付は3月4日から3月5日に。気づくと僕は忙しすぎて夕食を食べるのを忘れていた。冷蔵庫を開けて「パタン」と閉めた。僕は窓の外を見た。月がみえた。「腹減ったなぁ。」机の本を段ボールに詰めこんだ。ガムテープで「ビリビリ。」しっかり箱を閉じた。狭い部屋の玄関脇に5個の段ボールが積み重ねてある。もう少しだ。もうすぐ卒業。引越しの荷造り中だ。三日後にはここを発つ。だがやっぱり”腹減った。”キャンパス近くはラーメン屋が多く深夜でもやってるところがある。しまってたらコンビニへと。僕は携帯を手に部屋を出た。ドアを「ガチャ。」春の夜風が僕に突進してくる。”黄色の春草野の匂い”とともに。”痛くはない。”少しひんやりはするが、寒くはない。ジャージのコートに手をつっこみながら階段を軽めの「パタパタ」と駆け下りた。マンション前の細い通り。右手に曲がれば神田川の大きな橋を渡り住宅街。通り2本も越えればバス通り。すぐだ。”早く”食べたい。と思いながらもやめた。僕は左手の道へと曲がった。こっちの道は、川沿いの狭い道だ。普段は小さな子供やランニングの人たちがよく通る道だ。少し遠回りだが、僕はゆっくりと歩き出した。顔を上げた。輪郭のぼやけた丸い月がまだ浮いている。当たり前だが、月は僕をゆっくりと追いかけてくる。逃げてもどこまでも追ってくる。ふっと立ち止まり、僕は小さな橋を渡ることにした。桜にはまだ早い。満開の頃は、この橋からの景色は最高だ。川沿いの桜が川に映りピンクの花びらが川を埋め尽くす。「ビューン」と、なま暖かい風が吹いた。”黄色の春草野の匂う”がした。橋向こうから人が来る。「まず。」僕の本能が言葉しる。『やっぱりまずい。着物の女の子だ。まずい。間違えない。春の境界線の番人。菜だ。』ネットの都市伝説的では聞いていた。『梅の季節が終わり、桃、桜へと季節が虚ろう頃に菜に出くわすと。おぼろの世からこちらの世界に現れる。気まぐれな子らしい。菜は、ちいさな女の子の姿で着物を着ている。目を合わせず、声を出さなければ何も起きずに無事に橋を渡り切れる。しかし、その逆で目があったり声をだしたら境界線へ連れていかれるらしい。どうやら橋の真ん中に境界線があるらしい。僕は、橋を渡るのをやめて、引き返そうかとも思ったが、菜の後ろからカップルが歩いてくるのも見えたし、側面の道路は車も走っていて人通りもまったく無いわけではなかった。逃げようと思えばいつでも逃げれる。逃げ道はある。僕はさっきまで見上げた月のことも頭の中の満開の桜のこともすべて消して頭の中をクリアにした。菜の後ろからのカップルが菜を追い越し「えっ。」僕は思わず声を出してしまった。菜をすり抜けた。「えっ。」逃げられない。菜が僕の目の前まで来て立ち止まった。目もバッチリ見ている。僕は腹をくくった。「こんばんわ。子供がこんな時間に一人で歩いちゃいけないんだよ。」菜は黙ったままだった。僕は少しひるんだが、間を開けると恐怖が倍増しそうだから。「菜、何か返事してくれ。」突然、菜はケラケラと笑い出した。「何百年ぶりかしら人間と話したの。」そして、菜は僕の顔をマジマジと覗き込み「なんで君は私の名前知ってるの?」僕は「えっ?と思いながらも。君は菜?菜でしょう。ネットで君のことは知ってたんだ。まさかほんとに存在しているとは。ねえ、質問してもいい?」僕はあと3日後には、この街を出ていくし、異世界にも興味があったし、なんだか自分でも不思議なくらい気が大きくなっていた。菜はまたケラケラ笑いながら。「いいわよ。でも歩きながらね、そうしないと君、一人で橋の上で話している”やばい人”って言われるわよ。」僕は「ありがとう。そうするよ。僕、ラーメン食べに行く途中だったんだ。」「へーえ、ラーメンね。私も食べたい。」「えっ。まあ、いいか。じゃ、一緒に行く?」「うん。」菜はうれしそうだった。僕は菜に聞いた「菜、君は現実世界じゃないところの人?」「そうよ。この世界とは時間、空間も違う。もちろん価値観もすべて違う。たまに春の、おぼろ月の夜に境界線が曖昧になって行き来できるの。過去には何人か私の世界に来た人がいた。彼らは、あちらで楽しく暮らしているわ。時間の観念がないから死ぬこともないの。ただしこちらには戻れない。それだけ。得るものがあれば失うものもあるってこと。不老不死にはそれ相当の対価がね。」「ところで菜、まさか僕を境界線に連れていくんじゃないだろうな。僕は嫌だからな。まだ荷造りも終わってないし、腹減ったし。そうそう、ラーメンもまだ食べてない。」菜は真面目な顔で「別に連れて行かないよ。ネット情報がどうだか知らないけど。こちらにも条件があるわ。行きたい人で、

ちゃんと対価を払ってくれる人は連れてくし。対価を払ってくれない人は連れてかない。これ商売の常識よ。」「おい、菜、お前は境界線への渡し船の元締めか。」「そうよ。所詮、君のこの世界も私の境界線の世界もそのあたりは同じ。かな。あと、境界線へ連れて行って対価が払えない人は食べたし。昔よ。昔ね。」「えっ。まじかよ。」僕は引いた。「菜、ラーメンおごるから僕のことは食べないでくれよな。それに境界線なんか僕はいきたくなしね。」「ちょっと境界線なんか。なんかってとこ、引っかかるんだけど。そこが私のホームグランド、家なんだから。」菜の顔は真っ赤に怒っていた。「これは、悪かったごめん。ごめん。」そう言って歩きながら僕らは大通りのラーメン屋に着いた。もちろん店員には菜の姿は見えない。僕は「すいません。大盛り味噌ラーメン一つ。あと取り皿も。」店員は首をかしげたが、間もなくして大盛り味噌ラーメンが湯気をたてながら、取り皿とともに運ばれてきた。「ズルズルズルー。」音を立てて僕も菜もラーメンを夢中で食べた。

「おいしかったー。」菜がうれしそうにニコニコしている。ラーメンが気にいったようだ。少し風が吹いた。菜が月を見た。おぼろ月の雲が少しずつ流れ出している。菜が「そろそろ、時間だ。ラーメンご馳走様。何か一つ願いを叶えてやるぞ。」少し偉そうに菜が言った。「特段願いはなかったが、引越しの前にもう一度、神田川の満開の桜並木みたかったかな。」強い風が吹いた。菜の姿はない。携帯の時間は、0:48。"48分の菜とのデートだな。" 帰りにコンビニでガムテープを買った。残りの段ボールに必要だ。そして3日が過ぎ、「ピーピー。」引越しのトラックが止まる。玄関のドアが大きく開く。暖かい春の風が”黄色の春草野の匂い”ともに入ってくる。そしてピンクの桜の花びらが一枚部屋の中へ。もしかして、僕はそのまま玄関を出て顔を出した。桜が桜が満開に咲いている。”菜、ありがとう。ラーメンのお礼、もらうよ。”




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