怪人と俺

どくいも

怪人と俺


「あ」


「あ」


それはとある深夜の出来事であった。

初夏の生ぬるい気温の日。

時計の針は深夜2時をしめしていた。

だからこそ、そんな時間におきた停電は、世間ではあまりニュースにならなかった。


そんな時間だからこそ、せっかくだし散歩でもして見よう思い、いざ外に出たらこのざまである。


「……え、あっと、その……これは……」


そんな深夜に出会ったのは、巨大な体格の存在。

辺りが死んだような暗闇が包む中、うごめく黒き影。

巨大な角に、悪目立ちする圧倒的毛量、さらには羊を模した顔に、悪目立ちする蹄。


「確かお前は……爆毛怪人、ゴワプシーだっけか?」


「おぉ、お、おおお???

 おまえ、その名前を知っているとはまさか、元関係者か!?」


嬉しそうに叫ぶその人外に向けて、こちらは溜息を吐きながら、腕を上げる。

流れるような動きと足さばきだけを見せてみる。


「ん!おおおぉぉ!お前は、その動きはまさか、元我らが怨敵、カイテン戦隊のシャリ・スカイブルー!?

 ふはははは!こんなところで出会うとはなぁ」


目の前で大声を上げるそれに対して、はぁと溜息を吐く。


「……まさか、お前が生きているとは思わなかったぞ?

 たしか、お前らのいた組織バカツダーはすでに滅んだんじゃないか?」


「ああ、貴様らのせいでなぁ!

 ……いや、別に恨んでいないし、組織の復興とか考えてないからな?

 今は、ちゃんと人間社会に溶け込んで、日本国籍を習得し、一般人として生きているからな。

 悪いことはしてない、ほんとだぞ?」


焦りながらも彼はその剛毛の中から在留証明書を取り出して、こちらにその書類を見せてくる。

もっとも、その書類に映る写真はあくまで彼の人間形態の写真なので、無罪証明としてはいろいろと台無しだが。


「安心しろ。

 別に今更お前らを捕らえるつもりはねぇよ。

 ……それに今はもう、カイテン戦隊は解散済、だからな」


「むぅ~、だよなぁ。

 ま、俺様達バカツダーを滅ぼしたのだからな!

 世界を俺様たちの手から救い、そして人知れず、日常へと戻ると。

 う~~ん!流石我らの怨敵、なかなかにかっこいいな!」


怪人はうんうんとうなずきながら、こちらを称賛する。


「お前……俺たちはお前らを妨害し滅ぼしたんだぞ?

 それに対して何か思うところとかなかったのかよ?」


「まったくないかといわれれば、違うが、あんまりないな!

 あの時は全力を尽くしたし、ボスもその上でやられたのだろう?

 ならばただの部下であった俺様が口出しするのは違うだろう!

 ……それに、すでにこれも10年も前の話だ。

 今からここでいがみ合うのは違うだろ」


「……そんなもんか?」


「そうだ」


当たりの暗闇が嫌に心にしみる。

何時もならば当たり前にある都市の電灯は消え、家先に浮かぶはずの外灯すら沈んでいる。

むき出しの体に、生暖かい風が吹き攻めてきた。


「……ところで、今のお前は何をしているんだ?」


「む?それを言うなら、お前からいうのが筋ではないのか?」


「バーカ、元怪人相手に正義の味方が自分の正体を言うと思うか?」


「……それもそうだが、なら俺も言う義務はないぞ?」


「……赤は映画俳優、桃はアイドル、緑は作家で紫は若社長……こんなところでいいか?」


「なんで今、お前は仲間を売ったんだ?

 いやまぁ、いいけどさぁ」


怪人はポリポリと、頭をかきながら溜息を吐く。


「今俺様がやっているのは、プロレスのレフェリーだな。

 こう見えても、ローカル番組では結構な数テレビ映ってるんだぜ?」


「……」


「あ!おまえ、その顔はなんでも怪人のくせにレスラーやってないんだって思ったな?

 怪人がレスラーやると、人間相手に危な過ぎるしフェアじゃない。

 それに好きなんだよプロレスが!だからせめて一番近くで見るために!

 すっごく頑張ったんだぞ!」


怪人形態のままぷりぷりと怒るゴワプシー。


「……ところで、結局お前は今は何を……」


「……バイター」


「え?」


「だから、ただのアルバイト、フリーター。

 主な仕事は荷出しや運搬」


「そうだ、俺以外はみんな立派にやっている。

 昔の夢がかなって、なりたいものになれたらしい。

 ……でも俺は、俺だけはなれなかった」


「……どうだ、元ヒーローがこのざまで、がっかりしただろ」


その声は震えていなかったか?

俺はまるで吐き捨てるかのように、そいつに自分の状況を語った。

こんなことをしても何の意味もないのに、このようなことをコイツに言っても何の解決にもならないのに。

こちらの叫びをそいつは無言で聞き続けた。

圧倒的暗闇の中に浮かぶ、まぶしすぎる月。

停電という都市の光がなくなった中でも、星すら消し飛ばすほどのまぶしさを感じられた。

そうして一通り、話し終わった後、いやな沈黙が空間を支配。

そして、こちらが口を開こうとすると……。


「ほ~~!!つまり貴様は、我らを倒すのに全力を尽くし過ぎてしまったと!

 はっはっは!残念だったな」


「え?」


その怪人の口から出た言葉は、あまりにも予想外であった。


「うんうん!お前はメンバーの中でもことさらに俺たちの殲滅に真剣だったからな!

 ならば、今は燃え尽きていても仕方ないな」


「……おまえは、もっと頑張れとかは言わないんだな」


「おいおい、貴様は俺たちのボスを倒したんだろ?

 ならもう、十分頑張りはしていただろ。

 むしろ、ほかの奴らが気に食わん!

 社長とか他の職を探す必要があるなら、ちゃんと俺たち残党でも監視しとけよ!」


怪人の言葉にも思わずふっと、笑いが出てしまう。

その後、どうしようもない金や女の話をつづけるも、残念がら時が来てしまった。


「あ……」


「あ、停電が治ったか。

 ……なら、流石に姿は戻したほうがいいな」


その言葉とともに、怪人の体がシュルシュルと小さくなり、人間と同じものになる。


「流石に戻るんだな」


「まぁ、あの姿は深夜の停電中だからってことで、行ったものだからな。

 ……それに、ここは人間の世界なので、ね」


怪人の口調も変わり声質も変わる。

まるで先ほどの停電も、あの闇も会話も、怪人そのものが消えてしまったかのように錯覚する。


「それでは、機会があれば」


「ああ……」


どちらから言い始めずとも、離れていく人影。

おそらくは、この影は二度と交わらない会合ではあるだろう。

しかしそれでも、この会合は確かにあったものであり、それは俺の心を揺れ動かしたのは間違いない。

だからこそ、俺はポケットに入れていたスマホを取り出し、バイト先へと連絡。

そして、こう告げるのであった。


「ええ、ええ。やっぱり、今日をもって退職させていただきます。

 ……ですね、やっぱり俺には無理だったみたいです。

 悪の組織の怪人昇格試験は、なかったことにしてください」


相手の返事をまともに聞かず、スマホの通話をきり、そのままスマホを握りつぶす。

わずかな電撃と、破壊音が今は心地よく感じる。

更にはそこからこぼれるオイルと血の痛みすら心躍るものに感じられた。


空は相変わらず暗く、まばゆい満月が夜空を支配している。

しかしそれでも、わずかながらに瞬く星が見え、思わず大笑いをしながら帰路に就くのであった。





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怪人と俺 どくいも @dokuimo

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