千年ぶりに深夜の散歩でもしようじゃないか

五色ひわ

お題は『深夜の散歩で起きた出来事』

 俺様は暗闇の中で歓喜した。聖女と名乗る女に浄化されて千年。ずっと、復活を夢見てきたのだ。辛い修行に耐え、コツコツと力を蓄えてきた。


 人間の世界では聖女の代替わりが行われたらしい。誕生したばかりの聖女は力が弱い。人間界を侵略し、俺様の支配下に収めるには絶好の機会だ。


 俺様は夜空を切り裂いて、人間界へと一歩踏み出した。


【千年ぶりに深夜のさん……】



―数分前―


 俺は第三王子であり、勇者の肩書きも持っている。本来ならば、皆から尊敬され、華やかな生き方をしていることだろう。しかし、残念な……素晴らしいことに、我が国はここ十数年、平和そのものだ。


 勇者であるにも関わらず、役立たずのような扱いを受けている。今日なんて聖女まで押し付けられて女装をして式典に出る羽目になってしまった。神秘的なドレスだったからか、珍しく令嬢方に憧れの眼差しを向けられたが喜べる訳もない。


「こんな夜中に何しているんですか?」


 書斎で本を読んでいると、先に寝たはずの雑用係が扉からひょっこりと顔を出す。甘い香りのするバスケットを持っているので、深夜にも関わらず調理場から何か物色して来たのだろう。相変わらず食い意地が張っている。


「これを読んでいたんだ。今日から使えるはずだろう?」


 俺は持っていた本の表紙を雑用係に見せる。雑用係は向かいのソファに座りながら、本をじーっと見つめた。


「千年前に書かれた聖女様の日記ですね。この聖女様は聖女の力が弱かったと聞いたことがあります。それなのに、魔王と対峙したんですから大変だったでしょうね」


 雑用係はサラリと古語を読み取って言った。能力を持て余しているという意味では、雑用係と俺は似ている。


「力が弱い聖女だったからこそ、色々と工夫をしたみたいだぞ。俺も引き継いだばかりで聖女の力は弱いから、参考になるんじゃないかと思ってな」


「へ〜。でも、王子には勇者の力があるじゃないですか」


「まぁ、そうだな。だから、実戦で使う事はないだろうけど、覚えておくに越したことはないだろう?」


「ふ〜ん。そういうものですか?」


 雑用係は返事をしながら、マフィンを口に運んでいる。すでに本への興味は失せたらしい。尊ぶべき聖女がマフィンに負けたと思うと、何となくモヤモヤしてしまう。


「お前でも驚くようなものを見せてやるよ」


 俺は思わせぶりに言って扉を開け放つ。バルコニーに出ると、雑用係もマフィンを持ったままついてきた。千年前の聖女は力が弱かったが、空から聖女の魔法を降らせることで効果を高めたらしい。俺はその聖女の魔法の術式に勇者特有の火魔法をほんの少しだけ混ぜ込む。


「王子も食べます?」


「ああ」


 俺は雑用係からマフィンを半分受け取った。俺は勇者なので、この程度の魔法の制御くらいなら、マフィンを食べながらでもできる。


「輝け!」 【千年ぶりに深夜のさん……】


 俺が一言発すると、パンッと小さな音を立てて、真っ暗な夜空に大輪の花が咲き誇る。


「わぁ〜! 火魔法で花が作れるなんて思いませんでした。とっても、綺麗です」


「だろう? これが聖女の魔法だ」


 聖女の浄化の力で空がいつも以上に澄み渡っている。だが、それを感じ取れるのは勇者である俺だけだろう。この国は平和そのもので、淀んだ空など知る者の方が少ない。


「さすがは王子ですね」


「褒めても何も出ないぞ」


 俺は素っ気なく言いながらも、内心では喜んでしまう。夜空に咲く花を見せれば、他の者も少しは敬ってくれるだろうか?


 俺はそんなことを考えながら、平和な空を見上げた。



 終

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