マンホールも恋も、落ちたって誰も気づかないんだろ?

紫乃遼

 近所だからって飲みすぎた。でもさ、酷くね? 付き合いたて1か月で呼び出されてウキウキ行ったら「吉次郎って名前ダサいから別れて」ってさ。じゃあ付き合うなよ、はじめからわかってただろって話だろ。名前で断られるのは慣れてっけど、フラれるのは初めてなんだわ。女子怖えー。

 とかグチグチ言いながら千鳥足で帰ってたら、踏み外した。コケたとか歩道から落ちたとか思ったけど、住宅街の車道ど真ん中で踏み外すもんって人の道くらいしかないんだよなって、妙に冷静に思ったのが最後。俺はマンホールに落ちてた。誰だよ開けてたやつ。

 近づいてくる下水のにおい。汚えなとかどうやって上がるんだとか助けてもらえるのかなとか、悲惨な末路で頭がごちゃごちゃになったよ。でも、そうはならなかった。

 気がついたら、なんか森? ジャングルみたいなとこにいた。一発芸的なネタを思い出した。地球の裏側ってほんとにブラジルなんだな。え、マジで? でも絶対、日本じゃない。日本でこんなカラフルな植物とかデカい虫とか見たことねえもん。

 そこでまあ、出会ってしまったわけだ。浅黒い肌の女のコ。煤っぽい汚れも付いてた。よく見る小洒落たギャルとは全然違う、清楚系。清楚系ってもっと白くて細い感じなんだろうけど、なんていうのかな、天然物? そんな感じ。同い年くらいに見えるけど、何しゃべってるのかは意味不明。

 ついてこい的な雰囲気に乗れば、小さな川まで案内されてさ。水飲めば? ってことらしい。気遣いパねえ。落下落下で喉カラカラだった俺はごくごく飲んだよね。んで横見たらさ、笑ってるんだよ、そのコ。名前ダサいって笑った歴代彼女(と彼女未満)とは全然違って、優しい顔だったんだよね。いつの間にか惚れてた。だってさ、どうせダサい名前の俺がマンホール落ちたって誰も気づかないだろうし、言葉通じない子相手に恋に落ちたって、誰も気づかないんだよ。

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