第2話 新しい職場

 マノリウス邸

 堅牢な城を思わせるマノリウス大公家の邸宅は山上に建っている。

 広大な庭園、騎士や使用人の寄宿舎、そして練兵場もあって、兵士達が声をそろえ剣の素振りをしていた。

 

「サラ、君がハイネルの侍女になってくれると本当に心強い。新たな職場になるが、これからもよろしく頼む」

「ありがとうございます。至らぬこともあるかと思いますがよろしくお願いします」


 ここはマノリウス邸の中にある広間。

 新人騎士、新人の使用人たちが一堂に会していた、

 ケンリック=リーベル隊長……いえ、今はケンリック=マノリウス伯爵だ。

 今までの功績が認められ伯爵の地位が与えられていた。

 マノリウス姓なのは、将来大公家を継ぐことになるから。

 多くの国は爵位は男であろうと女であろうと実子が継ぐのだけど、この国では婿養子が爵位を継ぐことが多い。

 大公邸宅内ではケンリック様と呼ばれ親しまれていた。

 普段は将軍の補佐として王城にいることが多いのだが、私を含め新たに大公家に仕える新人騎士達の顔を見にきてくれたのだという。


 不意に視線を感じ、そっちを見ると隣の青年がジロッと私を睨んでいた。

 え? 彼とは初対面の筈……私、何かした? ?

 その青年はよく見るとかなりの美男子で背が高い。きっと多くの女性に好意を寄せられているのだろうな。

 横顔も完璧に整っていて思わず見惚れそうになる。

 とは言え、初対面の人間を睨むような失礼な男とは、極力関わり合いになりたくないので、すぐに彼から視線を外した。

 ケンリック様がその青年に声をかける。


「ライデン。君にはとても期待している。王太子殿下も君を近衛兵として手元に置いておきたかったようだが」

「王太子殿下のご指名は光栄ですが、私はあくまでケンリック様の元で働くのが夢でしたから」


 ライデンと呼ばれた青年はケンリック様に声をかけられてとても嬉しそうだった。

 ……ああ、成る程。

 ライデンは自分こそケンリック様の一番の部下だと思っているのだろう。だから、他の新人より親しげに声をかけられている私に焼き餅を焼いたわけだ。

 ケンリック様は他の新人騎士達や使用人達にも声をかけている。他の新人達は鬼、悪魔と名高かったケンリック様の過去のことを思ってか顔が強ばっていた。


「サラ、今ハイネルは、義母上の実家に滞在している。ハイネルの護衛の仕事は彼女が帰ってからになる。それまで新人騎士達の指導を頼む」

「!?」


 ケンリック様の命令にライデンがギョッとした。

 他の新人騎士達もかなり戸惑った表情だ。

 何故、侍女が新人騎士の指導をするんだ? と言わんばかりだ。

 明らかに不満そうな表情を浮かべているライデンに、ケンリック様は苦笑する。


「ライデン=ストリーヴ。愛想良くしろとは言わない。ただ騎士たるもの心の中の気持ちを顔に出すものじゃない」

「……すみません」


 ストリーヴ……ああ、伯爵家の。

 確かケンリック様の実家であるリーベル伯爵家とは姻戚関係だったな。ということはケンリック様の親族になるのか。

 ケンリック様に諫められ、叱られた仔犬のようにしゅん、とするライデン。


「ここに仕える身分になった以上、実家の身分はないものと思え。互いの名も敬称で呼ばぬように」

「「「はい!」」」


 

 ケンリック様は身分を問わない実力主義だ。

 白狼騎士団は平民も多く、私も女性でありながら活躍できたのはケンリック様が上司だったからだ。

 ライデンはケンリック様にとって親族だけど、騎士として採用したのは実力があったからだろう。腕の筋肉や肩幅を見た限り日頃から鍛えていることは確かだ。

 まぁ、上司の親族であろうが、伯爵家の息子だろうが私には関係ない。

 ケンリック様の言われた通り、ライデンや他の新人達を徹底的に鍛え上げるのみだ。


 ◇◆◇


 翌日――


「ま……参りました」

「次」


 私に剣を突きつけられ腰を抜かした新人騎士が降参の言葉を漏らしたので、私はすぐに次の新人に向かいに立つよう顎でしゃくる。

 大柄なその新人騎士は見かけによらず気が小さいのか、がたがた震えながら私の向かいに立った。

 言うまでもなく、一瞬で勝負を決めた。

 隙だらけの腹に軽く木剣を叩きつけたのだ。


「次」


 倒れた新人を同期の騎士達が引きずるように運ぶのを見届けてから、私は待機するライデンを促した。

 ライデンは頷いてから私の向かいに立つと剣を構える。

 今にも噛みつかんばかりに、こっちを睨んでいた。

 こうしてみるとケンリック様にどことなく顔立ちが似ている。

 審判役の騎士が号令をかけた直後に、ライデンは突進し木剣を振り下ろしてきた。

 私は身体を翻しそれを躱してから、剣を振り上げる。

 ライデンは身体を半回転させ攻撃を避けた後、連続突きをしかけてきた。

 私はすべての攻撃を避けるものの、剣を突く速さや狙いの正確さに思わず舌を巻く。

 彼の実力は相当なものだ。

 今の時点で白狼騎士団の一員にいてもおかしくないくらいだ。

 剣と剣がぶつかり合った瞬間。

 目と目が合った。

 ライデンはケンリック様と同じ黒髪黒目の持ち主だ。

 でもよく見たら黒ではなく濃紺なのが分かる。

 髪も光の加減で紺色に見えた。

 彼の濃紺の瞳を見て、私は既視感を覚える。


 前にもこんなことがあったような……?


 彼と戦うのはこれが初めてじゃない。そんな気がしたのだ。

 でも、どう考えても昨日が初対面だ、 

 その時、ライデンの脇に隙が生じたので、私はそこに木剣を叩きつけた。

 彼は顔を歪め、思わずその場に膝を突く。

 私はすかさずライデンの喉元に木剣を突きつけた。


「右脇が甘い。敵はどこから攻めてくるか分からない。最後まで油断をするな」

「……くっっ」


 悔しげに唇を噛むライデン。

 だけど自分が剣を突きつけられている状況を認め、小さな小さな声で「参りました」と言った。

 私が剣を収めるとライデンは立ち上がり、すれ違いざま告げた。

 

「いつかあんたを倒す」

 

 生意気。

 でも今より強くなりたいという向上心は悪いことじゃない。

 私もせいぜいやられないように、鍛錬を積まないといけないな。



 

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