第6話 YouTudoの長

「マジかぁ。マニケラトプスに私の唇はうばわれたことになんの? まだトリ君の方があーだ、こーだ、文句言いながらもイチャコラできますよ」


 目の笑っていないブッコローの声は沈黙に吸収された。それをしばらくやり過ごし、ミミズクは再び問う。


「で、トリ君が何者かは貴方あなた次第なんですが? ラスボスか何か?」 


 いつも通り、話したつもりの口調にわずかな緊張がにじんだ。それを相手はみ取ったか、揶揄やゆにも聞こえる口振りが返る。


「君自身が言ったろう。『天は自分が何者かは教えない』。私が知っているのは私の能力が理由でYouTudoのかみに据えられ、世界の維持に貢献していること、そして本来、自分が秩序や正気の天敵なことかな」

「随分、矛盾むじゅんしてますね、それ」

「危険分子に地位や特権を与えて懐柔かいじゅうするのは定番だよ。お陰で紙も筆記も私が役立つ限り私には許される。保護区YURINDOを知り、間接的に関わることも」

「保護区?」


 不意にマニケラトプスが呼ばれた様に立ち上がり、何歩か歩いた。ブッコローが気怠けだるい体を動かし追おうとすると、それは振り向きざま威嚇いかくする。そして、暗がりの奥へと去った。


「『聖地』はYouTudoにとっては取り込めない危険な生態を切り離す保護特区。中で彼らの生活は守られていただろう? 越境は許されないが」

「じゃあ、YURINDOを去ったって話は……」


 こぼれかけた言葉をブッコローは飲む。彼らはYouTudoに迎えられることなく人知れず命を落としたのだ。


「住む数が減ればYouTudoは保護区の大きさを再計算する。しかし、それではYURINDOは保てない。だから、私はYURINDOを豊かにできる君の様な者を探してる」

「なんで私?」

「私は万能ではないんでね。手順的な事情があるんだよ。でも……」


 合成された声に揺らぎに似たものが宿る。


「君がいた宇宙のYouTudoとYURINDOの一体感が気に入っているから、目についてしまうのかな。ついはバランスが崩れると対ではなくなってしまう。見ての通り」


 その時、闇の向こうからマニケラトプスが帰って来た。初見の巨大さを得て遥か上より見下ろす姿からは愛嬌あいきょうが失せ、ブッコローは思わずつばを飲む。そこに先刻と打って変わり、淡々とした合成ボイスが降った。


「君は優秀だ。OKミューズコットンとガラスペンを初期値で与えられるなど天文学的確率。運の良い君を選んで正解だった。彼等と接触できたのは君が初めてだよ。YURINDOは今、失われた技術ロストテクノロジーを復活させる意欲にあふれている」


 聞きながらブッコローは警戒を増す。語りは賞賛するには熱がなく、何より「初めて」の語を彼は聞き逃さなかった。それは前任者がいたことを意味する。では、何故、自分が呼ばれたのか。彼等はどうなったのか。


「君はあれをもたらしただけで充分、有益だった。でも、今、こうしてここにいるなら、君の役割はそこまでだろう。君の運でこの先はひらけないらしい」


 ――来た。

 ブッコローは予測していた不穏な言葉に足場をった。狙いはマニケラトプスの前脚だ。あの短足に短い首では、そこに取り付いた小柄なブッコローをむことは難しい。すきを見て死角に回れば時間を稼げる。

 すると、マニケラトプスは尖った口を開き、霧状のものを吐いた。毒や熱を覚悟し、羽で目を守りに入ったブッコローは思いがけず、それが物理的ダメージを与えないことに驚く。

 しかし、次第に脚はもつれ始め、ミミズクはたたらを踏んで倒れ込んだ。その小さな体をマニケラトプスの足裏が上向うわむかせる。


「大丈夫。君の残した足跡は後の誰かが継ぐ。安心して良いよ。君はYouTudoの仕組みの中、最高身分として扱われる。エネルギー生産の労働は免除され、酒も飲み放題だ。もうR.B.の重荷は下ろし、唯のブッコローになって良いんだよ」


 合成ボイスの宣告する間にもマニケラトプスは再び霧を吹く。間近にぐ慣れた刺激臭にその正体を見抜きながら、ブッコローは意識を失って行った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る