第3話 羽ある尊い者

 元仏壇ぶつだんかしこまつられる、数量限定R.B.ブッコロー文庫カバーをミミズクは微妙な面持ちでながめた。これを最初に仏壇に上げたのは誰か、あばきたい気持で一杯である。

 その時、幼い丸い手がブッコローの脇から卓上のスパウトパウチへ伸びた。


「いけません! これは使者様のですよ」

「やぁぁぁ!」


 抱きかかえられた子供は手足を力任せに暴れさせ、泣き出す。長老は顔をくもらせた。


「申し訳ありません。今は野菜の皮や根から作る『飲む野菜ファースト』も充分には製造できず。その子ももう三ヶ月、それを口にしていないもので」

「それって、私が子供の食料を奪っちゃってますよね」


 ブッコローの顔が引きつる。それに返る長老達の笑みが恐ろしく見えた。彼らは貴重な食料以上のものを期待している。それが何かは救世主の語で察しがつくが、どれ程の困難かは想像できなかった。

 しかし、子供を見るとブッコローの心は痛む。一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩。彼は意を決した。


「なんで私を『使者様』って呼ぶんですか?」

「羽ある尊い方々は天の使者様ではないのですか?」

「あー、天は自分が何者かは教えないんで。まぁ、有隣堂の使者はやってましたが」


 長老達は歓喜の表情を浮かべる。


「やはり! 実はYouTudoの最高身分も羽ある容姿らしく、それで私共も貴方様を警戒し、YURINDOに荒野を生み出して頂いたのです。以前にも使者様風のお姿ながら得体の知れない方もありましたし」

「え? 前にもいたんですか? 私みたいなの」

「はい、私も初めて使者様に似る方を拝見したのですが、貴方様の様にOK兄弟の紙は持ちませんでしたので、あれはYouTudoの最高身分だったのでしょう」


 ブッコローは首を傾げた。


「なのに、ここ、何ともなかったんですか?」

「はい」

「ちょっと会ってみたいですね」


 この世界でトリ型が権力を持つなら、ヒト型がブッコローに危害を加えるのは容易ではない。鳥型の思惑とそれに応じた対策が肝腎だ。

 その時、彼のよく見える左目の視界に笛を持つ子が入る。その後ろからグレートピレニーズ程になったマニケラトプスが現れた。


「マニーが案内するって」

「マニーって、もしかして」

「うん、マニー」


 小さな手にでられ、マニケラトプスは目を細めている。しかし、長老が驚いて言葉を挟んだ。


「だが、邪心ない子供の笛がなければYURINDOに願いは届かないだろう」

「マニーはね、使者様ならば大丈夫だって言うの」

流石さすが、使者様!」


 盛り上がるYURINDOの民と異なり、ブッコローは都合の良さを怪しんだが、いずれにせよ、るかるかの状況である。身を屈めるマニーにブッコローは乗った。緑の本だけを小脇に抱え。

 ドアから出ると闇が広がっていた。部屋の灯りが途絶えるや、夜目のくミミズクにも辺りが見えなくなる。それがかつての世界の暗闇と違うことをブッコローは感じ取った。そこをマニーは迷いなく進む。それがYURINDOの意思に導かれるのか、ブッコローには見えない何かを見ているのかは知れなかった。

 ブッコローがうつらうつらし始め、どれ程か。突然、


<夜をめて鳥のそらははかるとも世に逢坂の関は許さじ>


 朗々と雅やかに歌う音声にブッコローは辺りを見回す。闇の先、前方に洞穴をふさぐ岩戸の様なものが感じ取れた。


「え、どゆこと?」

「歌を返してください」


 語り出したマニーに驚くことも忘れ、ブッコローの声は裏返る。


「歌!? 歌、って、そんな習慣ないから!」

「合言葉だと思います」


 しかし、ブッコローに三十一文字みそひともじは荷が重かった。応答できないことを確かめる充分な時が過ぎた頃、


<♪夢と知りせば覚めざらましを ♪思ひつつ寝ればや人の見えつらむ>


 遥か先まで通り抜けそうな高く細い合成ボイスがかなでられる。その美しい響きを耳にすると再びブッコローは耐え難い眠気に襲われ、マニーの背へと倒れ込んだ。


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